第9話

 天が陰った。

 太陽が侵食されるかのように欠けていく。


 日蝕だ。


 太陽が食われつくし、まるで夜になったかのように、世界に闇が舞い降りた。


 その瞬間、カグヤの聖痕が蠢き熱くなった。

 いままで体験したことのないほど熱く、身体の芯から燃えだすかと思った。

 それが頂点に達したとき、聖痕が光を発した。

 それは第二の太陽のように神々しく。すべてを照らしだすかのように輝きだした。


 カグヤはいつしか炎につつまれていた。

 まるで聖なる炎に抱かれるように。

 このとき、カグヤは確かに原初の火――太陽に捧げられたのだ。


 それは凄まじい感覚だった。

 この世のすべてを支配するかのような全能感。

 まるで、自分が天にいて、すべてを見おろしているかのようであった。


 そして、見てしまった。

 知ってしまった。

 自分のためにガゲツが必死に戦ってくれていることを。

 カグヤは呻くようにもらした。


 ――馬鹿者が。


 わらはおぬしを護るためにこうしているのに。

 気がつけば、カグヤは涙を流していた。

 だがそれもすぐに蒸発してしまう。

 ガゲツは傷だらけだった。全身から血を流し、手足は剣と槍で刺しぬかれて、――それでも爪を振るうことをやめなかった。


 ――馬鹿、ものが……っ。


 何千もの敵を相手にして勝てるわけがないではないか。もうすぐ自分は死んでしまうのだ。『灰』などくれてやればいいのに。わらを護ることなどないのに。それなのに……。

 涙が後から後から溢れてとまらなかった。


 ――ああ、ガゲツ。


 彼の名前は、我の月という意味だった。戯れにつけた名前だった。決して届くことのない月。それなのに焦がれてやまなかった。太陽に焼かれる身だからこそ、正反対である月に憧れた。


 だから、満月のような彼の瞳を見たとき、たまらなく自分のものにしたいと思った。だからこそ、我の月と名づけたのだ。

 自分の、自分だけの月という意味をこめて。


 ――ああ、ガゲツ。わらの月。叶うことなら、おぬしのもとに帰りたいよ。


 切望するように手をのばした。

 届かないとわかっているのに。そうせずにはいられなかった。


 この世でただひとり。彼だけが、カグヤに手をさしのべてくれた。

 それがどれだけうれしかっただろう。

 それでどれだけ救われただろう。


 この雁字搦めの世界で、おぬしだけがわらを救ってくれた。

 ありがとう。

 うれしかったよ。

 だから、おぬしには生きていてほしい。

 それが、この世界に残す最後の願いだから。

 ほかの願いはすべて持っていくから。


 だから、――生きて――


 その瞬間。

 炎が天にむかって迸った。

 闇が払われる。

 大地が呼応するかのように鳴動した。

 霊山が軋み、震えた。立っていられないほどに。

 そして、火口が赤々と燃え猛り、噴火した。

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