第4話

 日がのぼる。

 生命の父たる太陽。

 自分が聖なる力を捧げる――原初の火。

 カグヤはそれを見あげて空疎な笑みをうかべた。


「姫さま。失礼してよろしいでしょうか?」


 低いかすれた声が扉から聞こえた。

 カグヤは窓から眼をそらすと、それにこたえた。


「オキナか?」


「はい。食事を持ってまいりました」


 料理を盆にのせて現れたのは、部族の長老である老人だった。


「そこにおいておけ」


「はい」


 長老――オキナは食事をおいた。それでさがると思っていたのだが、彼をそこを動かなかった。


「まだ、なにか用か?」


「はい。なぜ、あの鬼を殺さなかったのですか?」


「ああ、あれか……」


 カグヤは一瞬だけ間をおき、気のないふりをして答えた。


「戯れだ」


「――姫さま」


 オキナの声は咎めるような色が含まれていた。


「なんだ?」


「あの鬼も、姫さまの『灰』を狙っている輩かもしれないのですぞ」


 カグヤはその言葉にわらった。

 名前も知らず、唄すら知らない、あの生きること以外なにもしらない可哀相な鬼が『灰』など狙うなどあるわけがない。その存在すら知らぬにちがいない。『灰』が意味することも。


「ありえぬよ」


「姫さま!」


 オキナは叱責するようにあとを続けた。


「よいですか。われらが一族は――」


「――オキナ」


 カグヤは年寄りのたわごとをさえぎった。


「その話はもう聞きあきた」


「姫さま」


 非難の眼差しに、ため息がもれた。

 カグヤは肩をすくめながら口をひらく。


「われらアゾルトス一族は、原初の火を祭る炎の民。火輪が力を失いしとき、炎の祝福を受けし巫女を捧げるものたちの末裔」


 何度も聞かされたきたため諳んじれるほどだ。


「炎に抱かれた巫女は、四百年かけて、祝福を余すことなく――捧げきる」


 それを謳うように、つむぐ。


「灰となった巫女は、輪廻に身をゆだね、ただ転生のときを待つ」


 カグヤはそう続けて、オキナを見あげた。


「もう耳にたこができておるわ」


 オキナは、さようでございますか、と頭をさげた。


「儀式は明日。準備は整っております」


 その言葉にカグヤは訊いていた。


「巫女は……」


「はい?」


「巫女は、役割を終えれば転生を許される――そうだな?」


「はい。伝承にはそうあります」


「だが、誰一人としてここに帰ってきた巫女はいなかったのだな。四百年前も、そのまた四百年前も……ずっと」


「はい。語り継がれるところでは」


 ならば、なぜ伝承はそれを伝えているのだ。巫女――生贄になるものへの気休めのためにか?

 だがカグヤはそれを問わなかった。

 それを訊いてもどうしようもないからだ。自分の運命が変わるわけでもない。


「そうか」


 それだけ言って、カグヤは再び窓の外へと眼をむけた。

 そこには燦然と輝く太陽しかなく、カグヤはため息をもらし、


「月が、見たくなったな」


 そう囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る