恋愛したい?(3)

 日菜子とイケメン女子は仲よさげに腕を組んだまま、駅を後にし、近くのショッピングモールに入っていきアイスクリーム屋の看板を眺めていた。日菜子が指を指しながら、隣のイケメン女子に話しかける。彼女は優しげな目付きで相槌をうち、二人は並んでレジへ向かっていった。

「はー……アイス、いいなあ。お腹減ってきたし……美奈氏、うちらも後でアイス食べよ」

「いいけど……」

 当初の目的を忘れつつある若葉の視線は、すっかりアイスの看板に釘付けだ。身を潜めながら日菜子たちの動向を確認すると、二人は二段重ねのアイスを持ち、きゃっきゃと楽しげな声を上げている。

 日菜子はピンク系のアイスを二つ重ね、イケメン女子はチョコレートと抹茶だろうか。近くに置いてあったベンチに腰掛けた二人は、それぞれのスプーンでアイスをすくい、相手の口元に持っていく。慣れた手付きで行われた動作の一連は、あまりにも自然な流れだった。

「……もういたたまれない!直接日菜子氏に聞いてくる!」

「えっ、若葉ちゃん!?」

 いつの間にか視線を二人の元に戻していた若葉は、陰から身を乗り出して日菜子に駆け寄ろうとする。若葉の服を掴むのが一瞬遅れ、わたしだけがその場に取り残されてしまった。遠くから「え〜若葉ちゃん!なんでいるの〜」と驚いた日菜子の声が聞こえてくる。自ら尾行を明かしに行ってしまった若葉に一つ溜息をつき、わたしも続けて日菜子のもとに駆け寄った。


「……という訳で、日菜子ちゃんが気になり尾行していました……」

「でも美奈氏を誘ったのは私だから!」

 全てを打ち明けたわたしたちを驚いたような目で見ていた日菜子は、ぱちぱちと瞬きした後、怒ることもなくいつもどおりの優しい笑みを向けた。

「やだ〜、見られてたなんて恥ずかしい。変なことしてなかったかな」

 照れたように髪の毛をくるくると指に巻き付け、隣のイケメン女子に視線を流した。

「蒼、この二人は学校のお友達で、こちらから美奈ちゃんと若葉ちゃん」

 日菜子に紹介されてしまい、慌てて姿勢をしゃんとさせる。イケメン女子はわたしたちを交互に見た後、「いつも日菜子がお世話になっています」と礼儀正しく挨拶をしてくれた。あまりにも穏やかな笑みを向けられてしまい、わたしはあたふたと手を振って「こちらこそ〜」なんて言うことしか出来なかった。

「で、こっちが作草部蒼。中学が同じで、今は東高に通ってるの」

「作草部蒼です。美奈ちゃんも若葉ちゃんも、よろしくね」

 作草部蒼が微笑むとサラサラの短髪が軽やかに揺れ、微かに清潔感のある爽やかな香りが漂った。顔も良くて、身長も高くて、県内有数の進学校である東高に通っているだなんて、あまりにも出来すぎている。

「で、日菜子氏と作草部さんはどういう関係なの!?もしかして、付き……」

 身を乗り出してセンシティブな情報に喰い付こうとした若葉の口を、慌てて塞ぐ。もし仮にこの二人が付き合っていたとしても、わたしたちは日菜子から何も聞いていない。それを勝手に暴いてしまって良いのだろうか。日菜子は隠したがっているかもしれないのに。

 目を真ん丸にした日菜子は、困ったように苦笑した。蒼と視線を合わせた後、「美奈ちゃんと若葉ちゃんならいいかな」と呟いて自らに言い聞かせるようそっと頷く。

「そうなの、わたし、蒼と付き合っているの」

 頬を染め、意を決したような日菜子は真っ直ぐわたしたちを見た。日菜子の小刻みに震える手を、蒼がそっと包んでいる。

「そうなんだ〜!めっちゃお似合いじゃん、日菜子氏ったらこんなイケメンな恋人がいるとか……どうして教えてくれなかったの〜」

「ご、ごめんね……女の子と付き合ってるとか言ったら、引かれるかと思って……」

「何言ってんの日菜子氏!今更うちらが引くわけないじゃんねえ?」

「そうだよ日菜子ちゃん!」

 若葉に視線を投げられてしまい、わたしは笑顔を繕って力強く言う。正直、驚いていないと言ったら嘘になる。いや、でもこれは日菜子の恋人が男であっても同じような反応をしていたかもしれない。わたしは、日菜子の恋人が女の子であったことに驚いているのではなくて、日菜子に恋人がいたことに驚いていた。

 同じ高校一年生で、同じ年の数しか生きていないはずなのに、どういう生き方をしていれば恋人が出来るんだろう?どうすれば、ここまで心を許せる人が出来るんだろう。

 わたしたちの反応を見た日菜子は、目尻に涙を溜めていた。横で蒼が、良かったねと囁いている。

 そんな二人の様子を見て、羨ましいなと思ってしまった。わたしにも、こういう風になれる人がいるのだろうか。

 ふと、カナデの横顔が思い浮かぶ。風に靡く黒い髪。どこか憂いを帯びたように感じさせる、意志の灯った真っ直ぐな瞳。その両手が大切に抱える、嫌になるくらい眩しい金色のトランペット。

 いやいやいやいや。待って。ちょっと待って、それはない。

 身体の芯がかあっと熱を持ち、わたしは慌てて頭を振るう。脳内に侵入してきたイメージを無理矢理消し去り、何事もなかったかのように自然な笑顔を貼り付けた。若葉と日菜子カップルは和気藹々と談笑している。適当に相槌を打ちながらも、頭の何処かがそっとその姿を思っていた。

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君の隣で奏でたい 朝海いよ @asm_iyo

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