第4話 何者だったのか

「きみ、いくつなの」

 ピアスが三つも付いた耳元を掻いた少年は腕組みをして答える。

「俺は19。学生だ。おばさんは?」

 見た目ではもっと若いかと思ったが、案外大人だ。小柄ゆえか、端正な顔がやや童顔に見えるためか、高校生もしくは中学生くらいのヤンキーみたいだった。

 女子高生に痴漢扱いを受けるくらいだから、流石に中学生はないだろう。

本人の言う年齢が妥当に思える。

「女性に年齢をきくもんじゃないでしょ。君よりは上なのは確かだけど、おばさんって呼ばないでくれるかな。」

「トシ聞いてきたのそっちじゃん。おばさんじゃなきゃなんて呼べばいい?」

「実莉お姉さん、と。」

「ハイハイ。ミノリお姉さん、ね。俺は、佳蓮か れんだ。」

 一瞬女の子の名前かと思ったが、耳にすんなり入ってきたその名前の音は目の前の少年に綺麗にはまっていた。きっと、相応しい意味が含まれているに違いない。

「カレン君。素敵な名前だわ。ご両親センスいいのね。親御さんが心配するからもうお家に帰りなさい。おばさんは一人で帰れるから大丈夫よ。」

「あんたは家に帰らねぇのか。それともホテル暮らしのリッチなお姉さん?」

「仕事の出張で来てるのよ。・・・これ以上は個人情報なので開示できません。お礼を言いに来てくれたのね。確かに謝辞は受け取ったからもう気にしないで。私が見てられなかっただけの、ただのお節介なんだから。」

「女に助けられたってのに、満足な礼も出来ないなんて男が廃る。・・・ホラ学生証。こっちは運転免許証。どう?俺の身分証明された?コピーとるかい?」

 ジャンパーのポケットから出して突き付けるように証明書を見せられる、余り無碍にも出来ない。

「・・・そこまでしなくても。」

 この地元出身ではない実莉でさえその名を知っている、有名大学の学生証だった。その事に少し驚いたが、それには言及しない。別に、見た目で馬鹿だと思ったわけでもないのだから。

 実莉が軽く手で証明書類を制するように押し返すと、少年はそれをしまう。

「好意を疑われたくないんでね。ヘルメットも持参してるんだ。俺のケツに乗れよお姉さん。ものの20分もあれば着くからさ。」

 そう言って少年は窓の外に駐輪している中型のバイクを指差した。歩行者ゾーンなのにいいんだろうか駐禁切られるぞ、と心配になり立ち上がる。

「とにかく行きましょう。あんなとこにバイク置いたらまずいから。」

「そうこなくちゃな。」

 実莉の腕を掴んだ少年は、また悪戯っぽく笑った。

 唇の隙間から覗く白い犬歯が、とても可愛い、と思ってしまう。立ち上がれば、実莉の方が少しばかり背が高いせいもあった。

 少しばかり強引だが、好意の押し売りと言うにはきちんとしている。見た目は派手だけれど、筋を通そうとする姿勢が誠実だ。

 この少年は何者なんだろう。

 そう思った疑問と好奇心を飲み込み、手を引っ張られるままに店の外へ出る。

 混雑する構内は相変わらずで、まだまだ学生服姿もちらほら見える。夜遊びなのか予備校帰りなのか悩ましい時間帯だ。社会人の群れに交じって見えたそんな若者たちの中に、見覚えのある少女たちがいたようないなかったような。

 だが、もう実莉には関係ない。

「ホイ、よ。」

 差し出されたヘルメットに、素直に手を伸ばす。

 佳蓮少年が軽く周囲を見渡したのは、警官の影がないかどうか警戒したのだろうか。何せ、駐禁を切られる恐れがある。

 車道を臨む公道へ向けて単車を押して歩き出す少年の後ろについて行った。

「ミノリ、お姉さんよ。若いのに子持ちなのかい?」

「・・・なんで?」

「電話で話してるの聞こえちまった。ダンナもいるんだろ?」

「・・・ええ、まあ、そうよ。」

 答えにかすかな躊躇があったことに、気付かれてしまっただろうか。

「そっか。でも、この土地には仕事で一人で来た、と。」

「そんなに長居はしないわ。」

「そっか。なら、まあ、やれそう。」

 ヤレそう??

 思わず足を止めてしまった。聞き捨てならない言葉だ。

 振り返った少年が、また悪戯っぽく笑う。

「あんたをどうこうって意味じゃねぇよ。安心しな。こっちの話さ。さ、乗れるか?」

「・・・本当に、大丈夫なんでしょうね?」

「心配しなさんな。女に不自由した覚えはねぇ。スカートじゃなくってよかったわ。」

 身軽くバイクの後部座席へ跨った実莉を見て、彼は安堵したように言った。

 運転席に座った彼は、実莉にしっかりと掴まる様に注意して、単車を発進させる。



 目的地のビジネスホテルに辿り着くと、エントランス傍に停車した。

 ゆっくりと単車を下りてヘルメットを返す。

「どうもありがとう。助かった。」

 エンジンを停止することも無いまま、少年もヘルメットをはずした。

 やや大きめの声で尋ねる。

「明日、また仕事に行くんかい?」

 その質問に、実莉は他意なく頷いた。

「そっか。がんばってな。ミノリお姉さん。じゃあな、お休み。」

 素っ気ないくらいの別れの言葉で、少年はそのままバイクで走り去った。

 夜のネオンに消えて行く単車の影をぼんやりと見送る。

 一体彼は、なんだったんだろう。

 本当に単に、実莉に礼をしたかっただけなのだろうか。わざわざ、自分を探して。義理堅いにも程がある、と思うけれど。

 もう会う事も無いだろう。

 そもそも世界の違う、若い少年だ。まだ大学生ではないか。子持ちの実莉が関わるような相手ではない。

  

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