蠕動する窟

 このとき平馬は、もう一つの事実に気がついた。

 ・・・・やはり伽紅耶かぐやとはなにがしかの因縁がある間柄であるらしい。

 このが、の体内であることをは知っていたのであったろう。いやむしろ、もとの西八条第にしはちじょうだいた光の輪は、おそらく、が大きく開いた口腔であったのだ・・・・。

 それを察して疾走はしれ、飛び込めと命じたの真意というものが、平馬にはなかなかつかめない。

 三人の若侍に安全であることを告げてから、平馬は後退あとずさって、かれらから離れると、耳朶にかくれたままのを右手でつかみ取ると、そっと離した。

 くるくると宙を舞いながら降り立ったは、平馬と同じ背丈になって、ジロリと睨み返してきた。


「さあ、事情を話してくれ」 


 かす平馬に、の反応は鈍い。それどころか、退屈げにあくびを二度繰り返した。


「おい、早く話せっ!」


 珍しく声を荒げて迫る平馬の表情の変化を眺めながら、は、ぼそりと呟いた。


《事情なぞ、あろうはずはない・・・・》


「ん?」


 思わず平馬が発する。まだ仲間ではない相手に、こちらの要望を伝えるには、言詞ことばと呼吸が足りないらしい・・・・。


「だが、おまえは、ここがどこかを知っていた?それは・・・・」


めよ!入り口が開いたから、そこに、飛び込めと申しただけじゃ・・・・平馬よ、そなた、まだ、解ってはおらぬようじゃ》


「な、なにを?」


《この世で、最も恐ろしきモノの正体を!ふふふ、ほら、口ごもったぞえ・・・・悪霊、亡霊、魔のもの、化け物、鬼、あやかし・・・・、呼び名はさまざまにあろうとも、ほんに怖ろしきは、無明むみょうぞ。“無明”こそ、われらの怨敵おんてき、われらの宿敵・・・・そこがわからぬでは、そなた、まだまだ、われらの仲間にはなれぬぞえ》


「・・・・・・?」


 これほどが饒舌だとは、平馬は知らなかった。

 それに。

 仲間にはなれない・・・・とは、一体、どういうことなのか。未知の生き物が蠕動ぜんどうしつつ地を這うかのように、おのれの躰がぴくぴくっとうごめいたのを平馬は感じた。

 それは。

 の正体の一端が平馬の頭裡に浮かび上がってきたからだ。

 を宿敵と位置づけるものは、すなわち、みょうの一族にちがいあるまい。

 アッと、平馬は悟った。

 ・・・・伽紅耶かぐやのその名に含まれる、“銅”を意味するカグの意味に、いま、ようやく思い至った。

 古昔こせき、カグとは、“光”そのものであり、つまりは“陽”であり、剣を生み出す鋼石はがねいしであり、かつまた、雷光いなづまをも暗喩あんゆさせた呪語であったはずである・・・・。


「あ、あなたは・・・・」


 急に口調を改めた平馬は、の前に片膝をついてこうべを垂れた。


「・・・・あなたは、みょうの御使者なのですね」


 平馬の躰の蠕動ぜんどうは依然として止まらない・・・・。

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平馬がゆく 嵯峨嶋 掌 @yume2aliens

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