嘘も方便? それとも実?
サヴィ様を見送った私は、無意識にその足でダイニングへ向かった。
行けば、いつも通り「おはよう」と言って迎えてくれるサヴィ様やお父様お母様が居る気がして。でも、誰もいなかった。そこには、私の朝食がぽつんと置かれているだけ。
その後ろではイリヤを先頭にして、屋敷中の使用人が私の様子を伺うようについてきている。
「もしよろしければ、お部屋でお召しあがるようにすることもできます」
「……」
「お嬢様?」
要らないって跳ね除けることは、簡単よ。このまま部屋に引きこもって、泣いていることだって簡単。
でもね、そんなことして誰が喜ぶの? みんなが気を使うだけでしょう。サヴィ様だって、悲しむわ。
あの方は、私に「泣くな」と言った。
さっきは泣いてしまったけど、もう泣かない。私にできることは、泣かないことと、サヴィ様とやったお仕事を完成させてガロン侯爵に渡すことだけでしょう。
「ここで食べるわ。ザンギフ、炭酸水はある? レモンを浮かべて欲しいの」
「わかったわ! すぐ、お持ちします!」
「パンのお代わりも持ってきて! 今日は、溜まっているお仕事を全部終わらせる!」
「お嬢様……!」
お父様とお母様がついて行ったのだから、信じて待ちましょう。それに、アインスが安易にダービー一家を見殺しにするはずがない。
私は、サヴィ様の好きな飲み物片手に、朝食を平げた。お代わりもしたし、これで元気いっぱいよ!
そうよ。
お仕事を今日終わらせれば、明日にはミミリップにいらっしゃるガロン侯爵に直接書類を手渡せるかもしれない。確か、明日が定時連絡をする日で使いの方がいらっしゃるから。
私があちらに行けば使いの方の時間を使うことがないし、香料に加湿器のお話もできる。それに、他にも補佐できることがあるかもしれない。
侯爵のスケジュールもあるから、一旦イリヤに相談してみましょう。彼のお仕事を邪魔したら、それこそ申し訳ないもの。
「やってやるわ! みんな、よろしくね」
気合を入れるために言った言葉に、使用人一同が歓声をあげた。
私は無力な子供だ。
計算ができようがお仕事ができようが、お父様お母様の世界には入り込めない。それがわかっていない、子供なのよ。
だから、できることをやりましょう。そうすれば、そうすれば……。
***
「お嬢様、お客様です」
太陽の日差しが暖かくなった頃、イリヤの声に顔をあげると、すでに時計の針が10時過ぎをさしていた。朝食をいただいてから、3時間!? 時計、狂ってるんじゃないの?
でも、イリヤは普通にしているからそうじゃないみたい。
「……へ?」
「ぷっ! お嬢様、集中しすぎです!」
「だって、ガロン侯爵のところに持って行きたくて」
「その件ですが、是非お越しくださいと先程お返事が来ましたよ。手伝っていただきたいものがあるらしいです」
「嘘!? やった、嬉しいわ!」
これで、サヴィ様と一緒に作業したお仕事をお渡しできる!
私は嬉しさのあまり、立ち上がってイリヤに抱きついた。
サヴィ様の功績として、処刑は免れるかもしれない。ただの子爵のお仕事だけど、ほんのミリ単位でもプラスになると思うし。もちろん、嘘はつかないわ。そんなことしたら、サヴィ様は悲しむもの。
それに、手伝ってほしいことがある? 上等よ! 今の私は、立ち止まったら挫けそうだから。頭だけじゃなくて、手を動かしたいの。
「お、お嬢様、苦しい」
「わっ! ご、ごめんなさいっ」
「いいえ、お嬢様が可愛くて幸せです」
「イリヤったら、こんな時に冗談言って」
「冗談じゃないですよぅ。お客様が来てるのも冗談じゃないです」
「あっ! 忘れてた!」
イリヤに抱きついて顔を押しつけていると、なぜ彼女がここへ来たのかを思い出す。そういえば、客人だと言っていたわね。
私は、少し乱れた服を整えて、
「どなた? サヴィ様の判決が出るのはまだ早いわ」
と、落ち着いてイリヤを見た。すると、それが面白かったのか、なんなのか、再度吹き出し笑いをされてしまう。……な、なんで?
とにかく、もう一度真面目な顔になると、またもや笑われた。視線を見ると、私の顔を見ている。ってことは、顔を笑われた!?
恥ずかしくなった私は、イリヤに背を向けて今まで居た机へと向かう。
とりあえず、机上を片付けましょう。
お客様が来ているなら、香料の企画書を中断させないとね。ちょうど万年筆のインクもなくなってきたことだし、ちょうど良かったかも。次のインクの色は、群青色にしましょう。いつも使っている藍色がなくなってしまったから。
「……何よう」
「お嬢様の表情がコロコロ変わるのが面白くて」
「馬鹿にしてぇ」
「してませんよ。ねえ、クリス」
「はい、とても可愛らしいですよ」
「……!?」
インクを補充しないとなーと思いながらイリヤと会話を続けていると、突然第三者の声が耳に入ってきた。
びっくりして振り向くと、部屋の入り口に大きな紙袋を片手に持ったシャロンが、こちらに向かって手を振っている。しかも、とても良い笑顔で!
「な、な……え?」
「お嬢様、お客様です」
「シャロン!」
「はい、お邪魔しております。アリスお嬢様」
「……見てた?」
「なんのことか存じ上げませんが、イリヤと一緒にここまで来ましたので、お嬢様の七変化な表情は拝ませていただきました」
「見てるじゃないの!」
ガッツリ見てるじゃないの! 最初から最後まで!
抗議するためシャロンに近づいたのだけど、私が怒れば怒るほど彼女は笑っている。それも、とても楽しそうに。イリヤも一緒になってそんな表情をしているから、何に怒っていたのかいつの間にか忘れてしまったわ。
私も一緒になって笑っていると、シャロンが、
「急にお邪魔してしまってすみません、お嬢様」
と言って、後ろへ一歩行き頭を深く下げてきた。
「いえ、嬉しいわ。またお話したいなって思っていたし」
「ありがとうございます。大変な時にごめんなさいね」
「……私は大変じゃないわ」
私は、何もしていないし、何もできなかったし。全然大変じゃないわ。
一番大変なのは、サヴィ様でしょう。それに、ご両親。なぜ、ご両親はそんなことをしたのかしら。……いえ、決めつけは良くないわ。私にとっては良く知らないお方でも、サヴィ様のご両親なのだもの。何かの間違いに決まっている。……でも、逃げたのよね。逃げたってことは……。
いえ、今は、シャロンと会話しましょう。
私が考えたところで、未来が変わるわけじゃないもの。
「噂には聞いていましたが、まさかお嬢様の婚約者も関係者だったなんて」
「サヴィ様は、悪いことしてないわ。元老院にだって、無関係だって認められたし」
「ええ、存じ上げております。ただ、城下町の死者が3桁を超えました。罪が軽くなることは、絶望的な状況です」
「そんな……」
それでも、サヴィ様のことが気になって仕方ない。シャロンが陛下の付き人であるとわかっているから、なおさら。
少しなら聞いても良いかしら? 話すかどうかを決めるのはシャロンだし、私は聞くだけ。ええ、聞くだけ。
チラッとイリヤを見ると、コクッと頷いてるから少しなら良さそうね。
「ねえ、他に何か知ってることは? なんでも良いから、サヴィ様のことで」
「私が王宮を離れた時は、ダービー伯爵と夫人が別々の牢屋に入れられたのは見ました。ダービー伯爵の嫡男は、別室で侍女と待機中でしたね。元老院と王族側双方で事情聴取をして、今後のスケジュールを決めるそうです」
「……そう。じゃあ、すぐ判決が出るようなことは」
「これ以上死者が増えなければ」
「さ、とりあえずここで立ち話もなんですから、客間へ行きましょう。お嬢様のお作りになったハーブティもあるよ、クリス」
「え、アリスお嬢様のお茶がまた飲めるの!」
イリヤが口を挟んだってことは、これ以上は聞いちゃダメみたい。
もう少し聞きたいけど、やっぱり私が踏み入って良い場所ではないものね。……早く、大人になりたいわ。
なんて。
これは、欲ね。私がここに居る目的は、サヴィ様に関わることではない。
それに、私が大人になることはないでしょう? その前に、ベルにこの身体を返さないと行けないのだから。
「お友達からハーブの苗をもらってから、作ってくれるの。飲み放題」
「嘘でしょう! 羨ましすぎる! え、私も飲みたいわ。ああ、来てよかった!」
「クリスも好きなの?」
「大好きよ。元々、紅茶が好きだったし。私の時は何度か知識取得のためーとか言って作ってらしたけど。ロベール卿に代わった途端に定期的に作り出したって聞いて、嫉妬したもの。これは、自慢しちゃいましょう」
「でも、アレンってまだ気づいてないでしょ」
「あー……。今は、サレン様のことで手一杯だから」
「何それ! アレンに女!? ちょっと説教してくる!」
そういえば、ベルにいつ身体を返すのは聞いていなかったわね。次会う時にでも、聞いてみましょうか。でも、また変な場所に行っちゃったら嫌だわ。あの空間は、できればもう行きたくない。
過去に行くなら、楽しい場所が良いわ。シャロンとお庭いじりしてるところとか、アレンとお買い物を……アレン。アレン、か。
シャロンに言ったのだから、アレンにも私の正体を伝えても良いかしら。シャロンのように受け入れてくれる保証はどこにもないんだけど。拒絶されたら、流石に凹んでしまうわ。
それに、今までのようにロベール卿とベルとして話してくれなくなるかも。それは、ちょっとだけ嫌だわ。なんなら、得体の知れないものだと言って騎士団に捉えられてしまうかも! そうなったら、今まで仲良くして下さっていたアレンだって降格処分とかになっちゃうわ。
とりあえず、アレンには黙っていましょう。それが良い。
「……お嬢様、お話聞いています?」
「へ!? ど、どうしたの?」
色々考えていたら、いつの間にかイリヤが私の顔を覗いていた。びっくりした私は、勢いだけで返事をする。
その後周囲を見渡すと、イリヤだけじゃなくてシャロンも見てるじゃないの! どんな話をしていたの?
「お嬢様に許可をいただきたく……」
「許可?」
「あ、聞いてませんでしたね?」
「き、聞いていたわ! 許可? ええ、良いわよ。なんでもして良いわ」
でも、今更「なんの話をしてたの?」なんて聞ける雰囲気じゃない。
私は、とりあえず「聞いていました」アピールをするため、大袈裟に両手を振って2人へ見せつけた。でも、それが間違っていたみたい。
「ありがとうございます! では、お嬢様の作ったお茶を飲みましょう」
「嬉しいわ。また飲めるなんて」
「へ!?」
「え?」
「え?」
「あ、いえ。なんでもないわ……」
「では、参りましょう!」
次からは、知ったかぶりはやめましょう。
2人に注目されてしまった私は、そう心に誓う。
今回は私のお茶が振る舞われるだけだからまあ良いけど、……良くないけど! シャロンに嫌われたらどうしましょう。なぜ、私のお茶の話になったの? 不味いのに、無理して飲まなくて良いのに。
まあ、とにかく! とにかく、嘘はダメ!
そんな初歩的なことができないなんて、サヴィ様に顔向けできないじゃないの!
自らの失態に反省している私は、2人と一緒に客間へと歩いていく。
シャロンの紙袋は何かしら? 部屋に入ってから終始、大切そうに持っているけど……。
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