医療者として、フォンテーヌ家の相談役として



 サルバトーレ様が案内された部屋は、とても簡素な空間だった。

 ベッドが1つ、大きなテーブルが1つに6席の椅子。それに、日の光が差し込む窓辺が2つ。鉄格子がなければ、まあ牢屋よりは住めた部屋だとは思うが。それでも、「貴族」が住まうような場所ではない。


 それでも、サルバトーレ様は文句ひとつ言わず、今まで事情聴取をしていた元老院と王族代表のシン様相手に、立ち上がって深々と頭を下げている。

 今まで横暴だと思っていた彼だが、どうやらベルお嬢様に対してのみあのような態度だったらしい。きっと、好きな子はいじめて振り向かせたくなるタイプなのだろう。常識がないわけではなかった。


「アインスよ、こんなところまで来てくれて感謝する」

「それが、私の役目ですから」

「そうか。すまないな、巻き込んでしまって」

「私は、まだ傷口が塞がってない患者について来たまでです」

「……実は、先ほど元老院の背の高い人に押されて傷口が開いてしまったようなんだ。診てくれるか?」

「なんと! ベッドに横になれますか?」


 部屋に残ったのは、私とサルバトーレ様、それにクラリス殿の3人だけ。見た限り、盗聴器もないからサルバトーレ様自身の無実は完全に証明されていると見て間違いない。


 だが、城下町の死者は先ほど元老院の持ってきた情報によれば300人を越えたとのこと。これ以上増えるのであれば、裁判を待たずに処刑台に進むことになるらしい。

 無論、無実を証明されたサルバトーレ様も「お家」を背負って、共に断頭台へと向かう運命になる。


 しかし、まだ私の患者だ。この部屋の中では自由にして良いとのことだったし、私も自由に動くことにする。

 上着を脱ぎベッドへ横になったサルバトーレ様のワイシャツは、すでに腹部の半分が真っ赤に染まっていた。痛みが表情に出ないよう、必死になって耐えていたようだ。それを見たクラリスが、小さな悲鳴をあげる。


「よく耐えましたな。気づかず失礼しました」

「少しでも心証を良くしようと必死だったんだ。俺さ……私がやった行動で、父様母様にご迷惑がかかっては元も子もないだろう」

「いやしかし、我慢は身体に良くありませんぞ。……このワイシャツはもう使えないので。替えのものを手配しましょう。クラリス殿、お願いできますか?」

「……私は、部屋の外に行っても大丈夫なのですか?」

「先ほど、貴女は解雇されたでしょう? もう、ダービー家の使用人ではないので自由に動いて良いのです」

「……ああ、旦那様、奥様」


 クラリス殿にも、その意味がわかったらしい。


 彼女は、他のダービー家の使用人同様解雇になった。……というか、4日前の日付で全員解雇扱いになっていたらしい。

 先ほどの話し合いにて、今までの働きに対する報酬も退職金も、今後必要になってくる次の働き口への紹介状すらないことも同時に聞かされている。本人はサルバトーレ様の身が心配らしく、どうでも良いような口調で話に頷いていたが。


 しかしそれは、今日逮捕されたダービー家と「関係ない人物」であることを証明するもの。

 もし、そのまま今日も契約されていれば、処刑はされないものの罪を背負い生きていくことになっただろう。どうやら、ダービー伯爵とご夫人が逃げ回っていたのには理由があったらしい。……それに、うちの旦那様が便乗していたが、どこまで彼らと話し合っていたのやら。


 ダービー伯爵とご夫人が来られたあの日、旦那様はとある話を聞かされたらしい。私は患者につきっきりだったから聞いていないが、後で旦那様から相談を受けたのだ。

 私は、旦那様の決断をご立派に思った。何度も言うが、彼らは仕事面はからきしだが、こういう直感は誰よりも働く。人間、何かが劣っていると何かが秀でていると言われているが、それを形にしたのが旦那様と奥様だと思っている。


「では、ワイシャツをいただいてきます」

「頼みましたぞ。この廊下を真っ直ぐ行った突き当たりに、騎士団の待機室があります。そこに、ロベール卿がおられると思うので聞いてみてください」

「はい、ありがとうございます。サルバトーレ様、お待ちくださいね」

「……ありがとう、クラリス」


 彼女は、解雇と言われてもサルバトーレ様の側でお世話をすることを選んだ。元老院の人たちに「無給なのに、物好きな」と失笑されていたが、私は彼女の忠誠心に感心した。それがわからない元老院の奴らは、やはり好きになれない。


 クラリス殿の出て行った部屋の中、私は医療用カバンを開いて傷口の消毒と……これは、少々縫わないとダメかもしれないな。麻酔は持って来ていないし、どうしたものか。ワイシャツのボタンをゆっくりと取り、その奥にあった傷を見るも、少々途方にくれるレベルのもの。

 2日前に抜糸をして、昨夜までの経過は順調だったのだが……どれだけ、強く押されたんだ? 見ていればよかったな。


「サルバトーレ様、傷口が完全に開いてしまっております。これは、少し縫わないと失血し倒れるでしょう。痛みに我慢できるのであれば、2時間で麻酔を持ってきます」

「……情けないが、今寝てしまったからか起き上がれそうにない」

「まあ、そうでしょうな。今まで、立っていたのが不思議な傷です」

「首を切られれば、こんな痛みも感じなくなるのだろう? 今のうちに味わっておかねばと思ったんだ。それに、毒で死んでいった領民たちの痛みは、こんなものじゃない」

「……旦那様から、何も聞いていないのですか?」


 サルバトーレ様は、横になりながら両腕で顔を隠し、必死になって歯を食いしばっている。痛みで暴れてもおかしくないほどなのに、見た目によらず我慢強いのか。それとも、別のことで痛みをさほど感じていないのか。

 ここで、領民の心配が出てくるあたり、自身の立場は弁えているのだろう。ご立派だと思う。


 しかし、いくら彼がご立派とはいえ、本来であれば娘の婚約者だという立場の旦那様と奥様がここまで付き添いで来ることはありえない。伯爵と子爵の間柄であればまあ親戚みたいなものと言えるが、だからこそ一緒に居るだけで同罪と看做されやすいだろう? だから、こう言う時は無関係を決め込んだ方が飛び火してこない。

 なのに、旦那様と来たら、ダービー伯爵の事情聴取に付き添うだけでなく……。


「……なんの話だ」

「お嬢様との婚約破棄の話です」

「聞いている。もちろん、了承した」

「では、その後は?」

「断ったよ」

「なぜ?」

「……父様と母様が、俺様の家族だからだ。1人置いていかれたら寂しいだろう。それなら一緒に罪を償うし、そもそも、大罪を犯したお家の嫡男を拾ってもらえるなんて俺様には、虫の良すぎるはな、い゙っっ!!」

「おっと、失礼しました。痛みますよ」

「言うのが遅い!」

「ははは。それだけ元気があれば、心配はなさそうですな」


 旦那様は、サルバトーレ様にお嬢様との婚約破棄を申し出た。

 そこまでは、普通の貴族と同じだと思う。婚約にも手続きがあり、それを解消させないと娘までがなんらかの罪を背負ってしまうことも考えられるためだ。無論、旦那様たちも軽度だろうが罪を背負うことになる。


 しかし、そこで終わらないのがフォンテーヌ子爵なのだ。

 私が先日出した書類は、お嬢様の婚約破棄に関するものと、もう一種類。


「サルバトーレ・フォンテーヌ。良い名前だと思いますが」

「……提案はありがたいよ。だが、俺様は腐ってもダービー。ベルと婚約をする立場のお家に生まれたサルバトーレ・ダービーなのだ。その名に、俺様は誇りを持っている」


 そう。

 私はあの日、彼をフォンテーヌ家に迎え入れるため「養子縁組に関する書類」を窓口に提出していた。本来ならば本人の同意も必要なのだが、今回はダービー伯爵自らがサインしたらしい。ダービー家で雇っていた使用人の解雇と言い、息子を逃がす手段と言い、準備が良すぎるだろう? まあ、それになんとも思わず乗っかった旦那様の肝もどうかしてると思うが。


 だからこそ、私は今回の一連の騒動が本当にダービー伯爵のしでかしたことなのかわからない。

 陛下にはお話したが、私はダービー伯爵とロバン公爵が繋がっていた証拠を掴んでいる。なのに、現状起きていることを疑問視してしまうんだ。


 私の後任である宮殿侍医が居なくなり、サレン様の毒が明らかになり、さらに、モンテディオの放火も起きている。被りすぎだろう。

 こう言う時は、裏で何か動いていると見た方が良い。陛下も同じ考えでおられた。

 そういえば、お嬢様にモンテディオの放火に関して教えてなかったな。これは、どうすべきか……。時期が悪すぎる。

 まあ、今はサルバトーレ様か。


「こんな言い方したらアレではありますが、貴方様が断頭台に消えて一番ショックを受けられるのはベルお嬢様ですよ」

「……わかってる。わかってる! だが、父様と母様を止められなかった俺様にも、責任があるだろう!? これで、養子に逃げたら俺様は一生自分を許せない」

「困りましたな。書類は提出しましたが、本人にその意思がなければ裁判で破棄されてしまいます」

「それで良い。俺様は、ダービーの名を背負って……アインス」

「なんでしょうか、サルバトーレ様」


 これは、説得に時間がかかるかもしれない。


 どう説得させるべきか考えながら治療を進めていると、今までの勢いはどこへ行ったのやら、震えた声が耳に届く。

 見ると、顔を真っ赤にしながら涙を流しているサルバトーレ様と目が合った。こんな時なのに、このお方はお顔が整っていらっしゃるなあなんて思ってしまったよ。


「痛い……」

「そうですなあ」

「もう少しだけ、痛みを取って欲しい」

「今、そうしております。消毒は終わりましたから、後は針で縫って「縫わん! 縫わんぞ!」」

「縫います」

「縫わん!」

「縫います」

「縫わんと言ってるだろう!」

「はい、刺しますよ」

「ああああああ!!!」

「ははは、元気ですなあ」


 ……こんな時だからこそ、笑いだって必要だろう。私には。


 私は、これからのことで涙を流す……いや、痛いからだ。そう言うことにしておこう。痛みで泣いているサルバトーレ様を押さえ込みながら、腹部に容赦無く医療用の針を突き刺した。

 医療者は、そうやって痛がっている表情が好きなんだ。いくら暴れようとも、その表情を見るだけで元気が出てくる。麻酔が無くて、少しだけ喜んでる自分が居るよ。

 すみませんね、サルバトーレ様。クラリス殿が帰ってくるまで、そうやって暴れててくださいな。


 さて、牢屋に収容されたダービー伯爵とご夫人は、どうなさっているのかな。旦那様たちがついて行ったが……。


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