思い込みの副産物


 サルバトーレは、ものすごい量の荷物を引っ提げて屋敷に来た。

 え、それってプレゼントじゃないかって? 私にしてみれば、荷物と同等よ。だって、こんな無礼なやつがくれるものなんて、無価値でしょ。


 でもまあ、今回はあのド派手な赤い服じゃなくて、翡翠の淡い色の服を着ているから目は痛くない。そこは評価してあげましょう。


「婚約者よ! 言われた通り、ちゃんと予定を先に伝えて来てやったぞ!」

「……ようこそお越しくださいました、サルバトーレ様」


 私は、客間で彼を迎えた。もちろん、車椅子なしで立ってね。だって、舐められたくないじゃないの。ソファにも、座りたくない。

 そんな私の隣には、不自然に笑みを浮かべたアインスが1人。その他の人たちは、「大人の対応」ができそうになかったから休憩をあげたの。

 特に、イリヤ。彼女、どこからか真剣を持ってきて「イリヤ、刻む」って真顔で言うから一番最初に下がらせたわ。


 唯一、「お屋敷に来た方は、誰であろうとおもてなしします」と約束してくれたアインスだけは側に残らせた。やっぱり、こう言う時は年長者を頼るべきだわ。……だから、その圧みたいな空気やめてね。背筋がいつもより伸びそうな勢いで怖い。


「ほら、貴様にプレゼントも持ってきたぞ! ありがたく受け取るのだ!」

「ありがとうございます。お言葉に甘えまして、1ついただきます」

「なんと、1つだけだと? 欲のない婚約者だ。全部くれてやる」

「……えっと」


 中身が何かはわからないけど、もらってもあまり嬉しくない。お仕事なら喜んでもらうのだけれど、まさかラッピングされた箱の中にそれが入ってるなんて可能性はゼロでしょう?


 そもそも、なぜこのお方はまた来たのかしら? 前回平手打ちしたから、しばらくは来れないと思ったんだけど。もしかして、またされに来たとか……?

 だったら、イリヤでも残しておけば良かった。喜んで引き受けたと思う。


 それに、山積みになるほどの量のプレゼントを持ってきた理由もわからない。まあ、恩着せがましくするためかもしれないけど。この人の性格的に。

 私は、いまだに次々と運ばれている荷物の山に、視線を向けるだけで精一杯だった。どれだけあるの? そろそろ客間が半分埋まりそう。


「こっちがアクセサリーと服、こっちが食い物だ。女はこういうのが好きなんだろ?」

「……そうなのですね」


 好きなんだろ? って言われてもね。装飾された箱の中身を透視できる能力なんて、持ってるわけないじゃないの。この人はできるのかしら。


 なんだかこの人と話していると、あの夢の中のベルみたいな性格になりそう。性格がひん曲がる前に、ご退出いただかなくては。


「ところで、ご用件はなんでしょうか?」

「俺様の婚約者の様子を見に来た、という理由じゃダメなのか?」

「私なんかご覧にならなくても、サルバトーレ様の側にはお美しいご令嬢がたくさんいらっしゃるではないですか」

「お! 妬いてるのか!? ははは、大丈夫だぞ。お前は俺様の婚約者だからな、うん!」


 なんでそんな嬉しそうな顔するのよ!

 ここは、「そんな卑屈なこと言って、お前は面倒な女だ」とか「昨日ベッドを共にした令嬢の方が可愛らしかった」とかなんとか言うところでしょう。そう言われるために言ったのだけれど……。

 戸惑ってアインスを見るけど……相変わらずサルバトーレを睨んでいて私に気づいてくれない。


 それに、やっと荷物が運ばれ切ったみたい。これで客間の扉を閉められるわ。隙間風がちょっと寒かったのよね。


「アインス、扉を閉めてちょうだい。寒いの」

「かしこまりました」

「なんだ、寒いのか。なら、これだな」

「……?」


 サルバトーレは、今まで荷物を運んでいた侍女を手でこまねき、何か指示を出している。でも、ここからじゃ聞こえないくらい小さな声だわ。何をされるの?


 怖くなって1歩下がると、その前に扉を閉めたアインスが入った。すると、それを見た侍女が大きなため息をつく。


「サルバトーレ様、このようなプレゼントは差し上げた本人が開けてはいけません。相手が開けるものですよ」

「そうか。じゃあ婚約者、この箱を開けろ」

「……アインス、開けてちょうだい」

「かしこまりました」


 寒さもあるけど、そろそろ足が限界だった。恥ずかしいのだけれど、緊張と急に立って歩いたこととが重なってね。でも、こんな人に弱みなんか見せたら、ずっと茶化される。

 お兄様もそうだったから、絶対にそんな姿見せたくない。

 早く座ってくれないかしら。彼が座ったら、私もすぐに座るのに。


「お嬢様、開けました」

「……これは?」


 気づかれないように足をさすっていると、アインスがプレゼントの包装を開け終えたみたい。箱の蓋を開くと、そこには……。


「赤い、膝掛け?」

「暖かそうですね。いかがいたしましょうか」

「……いただくわ」


 真っ赤な色をした膝掛けが入っていた。その赤は、前回サルバトーレが着ていた服と同じ色。……もしかして、「俺だと思え」とか? そうだったら、結構この人気持ち悪い人だわ。使いたくない。


 でも、アインスの表情を見る限り、それは危険なものではなさそう。それなら、開けたものはいただかないとマナー違反ね。

 私が中身を受け取ると、サルバトーレがものすごい真剣な顔をして見てくるの。……何か、仕掛けとかあったりする? びっくり箱みたいに飛び出てくる何かとか、カエルや虫が入ってたり。まあ、そんなものじゃ私はびっくりしないけど。


 なんて、そんな心配は不要だったみたい。

 触った瞬間、手のひらに羽根でも乗せているかのようにふわっとした生地が当たった。思わず撫でてしまうほどに、心地が良い膝掛けだわ。


「肌触りが良いわね。これは、綿?」

「クラリス、どうなんだ?」

「はい、綿の膝掛けでございます。サルバトーレ様が一番肌触りが良いものを、とおっしゃていたのでこちらに」

「おい、余計なことを言うな! ……今の、聞いていたか?」

「……いえ」

「そうか……」


 彼の侍女、クラリスが淡々と話し始めると、サルバトーレがこちらを睨みながら慌て出した。

 はいはい、自分で選んだものじゃないのね。言われなくたって、わかってるわよ。そんなことよりも、私は早くどこかに座りたい。


 そんなことを考えていると、サルバトーレがこちらに迫ってきた。驚いて身体を硬くしていると、手に持っていた膝掛けをサッと奪い取られてしまったわ。どうしたって言うの?


「貴様、まだ身体が弱いのだろう? 冷やすな」

「え……?」

「……以前より細くなってるな。もっと食え」

「……は、はい」


 そして、その膝掛けをあろうことか私の肩にかけてきたの。思ってもみなかった行動に、私もアインスもポカーンとするしかない。

 この人、ベルが言うように顔だけは良いのよね。事前情報がなければ、騙されるところだったわ。


 膝掛けを私にかけたサルバトーレは、そのままゆっくりと何かを伺うように後ろに下がる。まるで、ちょっとでも振動を与えたら膝掛けが落ちるとでも言うように。


「おい、婚約者の従者よ」

「はい、何か」

「貴様の家は、俺様の婚約者を太らせるほどの食料がないのか?」

「いえ、そのようなことはございません」

「では、なぜこんなに細いのだ? これでは、すぐに折れてしまうだろう」

「お言葉ですが、サルバトーレ様。お嬢様は、1年もの間点滴のみでお過ごしになられたのです。すぐ元の体型に戻るのは難しいかと存じます」

「……そうなのか、クラリス」


 完全に下がると、今度はアインスに向かって吠え出した。

 これで、マウントでも取っているつもりなのかしら? そりゃあ、子爵と伯爵じゃあ食べているものは違うわ。毎日パーティのような食べ物は食べられないけど、私は今の環境で満足しているんだから口出しして欲しくない。


 アインスの返答に納得行かないのか、サルバトーレはクラリスにも聞いている。


「はい。1年液体のみで生きながらえたのですから、必然的なことです」

「……そうなのか。じゃあ、前のようになるのはいつだ?」

「焦るものではありません。急に食べ物を摂取すると、身体が拒絶反応を示して発熱や嘔吐をする可能性もございますのでまだ当分先のことでしょう」

「……」


 クラリスの答えを聞いたサルバトーレは、考え込むように難しい顔になった。

 手でも出すつもりだったのかしら? でも、婚前にそれはタブーよ。遊び人の彼と違って、私はちゃんと守りたい。

 本音としては、こんなやつと婚姻したくないけど。


 でも、この流れはチャンスだわ。


「サルバトーレ様、お見苦しい姿を見せてしまいまして大変申し訳ございません。これ以上貴方様のお目を汚すのも忍びないため、私は下がらせていただきます。膝掛け、ありがとうございました。大切に使わせていただきます」

「え……」

「お仕事や今後のお話もありますでしょう。今、お父様をお呼びしますね」

「あ……」

「それまでの間、アインスを残すのでなんでもおっしゃってください。では、失礼します」

「え……」


 そうよ。相手がご退出しないなら、私が下がっても良いわよね?


 ごめん、アインス! 貴方を犠牲に、私は自分の部屋で足を休ませてもらうわ。もう限界なの。

 後で、埋め合わせはするから!


 私は、カーテシーをしてゆっくりとした足取りで入り口へと向かう。

 ゆっくり、転ばないようにね。右足がちょっと痺れてきてるの。サッとは歩けない。

 背中に視線を感じつつ、私は入り口まで歩くことに成功した。そこで、気を抜いたのがいけなかった。アインスが扉を開けてくれて、廊下を見た瞬間ホッとしちゃったのよ。


「あっ!」

「ベル!」


 私は、そのまま前のめりに転んでしまった。床の衝撃が怖くて目を瞑ったけど、それはいつまで経ってもやってこない。

 恐る恐る、目を開けると……。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「……イリヤ」


 そこには、イリヤがいた。

 私の胴体に腕を回し、しっかりと支えてくれている。だから倒れなかったのね。膝掛けも、かろうじて私の肩に引っかかっている。


「では、これで失礼します」


 イリヤは、そのまま私を抱きかかえ、サルバトーレのいる方へとお辞儀をし歩き出す。ここからじゃ表情は見えないけど、ちゃんと礼儀正しく挨拶してくれて良かったわ。乱闘でも始められたら、私じゃ止められないから。

 そんな彼女に向かって、アインスが「すまない。よろしく頼む」と小さな声で言っているのが聞こえた。私こそごめんね、アインス。


「イリヤ、ありがとう」

「いえ。お部屋に車椅子が置きっぱなしだったので、もしやと思い待機しておりました」

「……ごめんね」

「お嬢様は、やはり頑固です」

「だって、サルバトーレに弱みを見せたくなくて。本当、あの人って嫌味なお方だったわ。侍女に選ばせたプレゼントを持って威張り散らしたり、私に向かってなんで細いんだ? って聞いたり。元の体型に戻るのはいつなのかも聞かれたわ」

「……その膝掛けをいただいたのですか?」


 客間を出ても、イリヤは私を下さない。このまま、運んでくれるみたい。

 でも、なんだか機嫌が良くないわ。いつものきゃっきゃしたイリヤじゃないの。私が無理したから怒っているの?


「ええ。とてもふわふわしていて、気持ち良いの」

「……そうですか。旦那様のところへは、イリヤが行きます。お嬢様は、このままお部屋でお待ちください。フォーリーがいますから」

「え、ええ。お願いして良いの?」

「これ以上動いたら、明日のガロン侯爵とのお約束に響きますよ」

「そうね。じゃあ、夕食になるまでフォーリーと待ってるわ」


 これ以上無理したら、口を聞いてくれなくなりそう。


 私は、イリヤの首に腕を回し、彼女にギューッとして甘えてみた。すると、背中を支えている手に力を入れて反応を返してくれる。……怒っていないのかな。


「そういえばイリヤ」

「はい、なんでしょうか?」


 ふと思い出したことがあった。


 別に、深い意味はない。けど、気になったの。


「さっき、私の……ベルの名前呼んだ?」

「いえ、呼んでおりませんが……。何か?」

「転びそうになった時、誰かが私の名前を呼んだ気がして。気になっただけ」

「イリヤには聞こえませんでした。それよりも、お嬢様をキャッチするので精一杯だったので」

「そう」


 とても慌てたような声だったから、てっきりイリヤかと思ってた。アインスは、もっと落ち着いた声しか出さないし。

 近くにいたイリヤに聞こえていないのなら、きっと気のせいね。


 それよりも、今日のお夕飯は何かしら?

 ザンギフが、「この怒りを料理に込めます」って言っていたからものすごいものが出来そうなのよね。美味しいと良いのだけれど。



***



「お嬢様、失礼します」

「どうぞ」


 アリスお嬢様と再開した俺は、あの後待機室に戻った。シエラが茶化す中仕事を終わらせて、またここ……サレン様のお部屋に来たんだ。

 ノックしてドアを開けると、相変わらずそこにはサレン様の姿をしたアリスお嬢様が居る。ベッドの上で上半身を起こし、本を読んでいた。


「……どなたか、いらっしゃっていたのですか?」

「いいえ。どうして?」

「なんだか、甘い香りがしたので」

「そう? 私はしないわ」

「私の気のせいかもしれません」


 ベッドへ近づくと、フルーツ系の甘い香りがした。しかし、それはすぐになくなる。


 改めて彼女を見ていると、やはり仕草がアリスお嬢様のものなんだ。5年も前のことなのに、それは鮮明に思い出せる。笑った時少しだけ下を向くこと、片方だけ髪を耳にかけること。それに、話している人の目を真っ直ぐに見ること。

 なのに、俺はまだ警戒している。結構疑り深いのかもしれない。


「ふふ。この身体の持ち主の香りかもしれませんね。隣国では、香料が人気らしいので」

「そうなのですね。確かに、言われてみればそうかもしれません」

「それより、アレン。少しお話したいわ」

「ええ、何をお話しましょうか」


 お嬢様は、手の甲を俺に向かって差し出してくる。それに口付けすると、満足そうな表情になって本を閉じられた。……以前は、こんなことしないお方だったのに。でもまあ、気まぐれなところもあったからな。


 気まぐれで、俺の口にドライフルーツを入れてきたり、四葉のクローバーをくださったり。そうそう、俺の服に飴玉を入れてきたこともあった。

 でも、そういうレベルの気まぐれだ。今のような気まぐれはされたことがない。やはり、彼女は……。


「そうね。ミミリップ地方の、現在の土壌の種類を知りたいわ。今と5年前じゃあ、ちょっと違うでしょう?」

「……もっと、別のことはないんですか? 久しぶりのお話がそれって」

「いいじゃないの。そういうお話をしていないと、なんだか落ち着かなくて」

「なら、お話ししましょうか。大体ならわかりますので」


 いや。

 彼女は、やはりアリスお嬢様なんだ。こんな話をするご令嬢が、他にも居るなんて考えられない。

 俺が疑ってどうする。


 ただ、あの時のような胸の昂りがないのは、俺の気持ちの問題だ。そうに決まっている……。


 

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