2人と2つ
「……で、またここに来たって感じね」
「慣れたものじゃないの」
目が覚めると、私の顔を覗き込んでいるベルと目が合う。
相変わらず人を見下すような顔して、嫌な人。
目の前の彼女を睨みつつ起き上がると、やっぱり周囲は真っ暗で何もない。そして、私は私でアリスに……あれ?
「私、アリスじゃない……?」
「みたいね」
私は、ベルの姿のままだった。
なんなら、さっきまで着ていた洋服を着ている。それに、先ほど付けた青いインクの跡が指先にあるわ。
首を捻って見える範囲で身体を目視していると、それを座り込んだベルが無言で見てきた。その姿が余裕綽々って感じで、私の神経を逆撫でてくる。
「……驚いてないってことは、何か知ってるんじゃないの?」
「まあねー」
「教えてよ」
「んー」
絶対教える気ないでしょう!
ベルは、生返事をしながら明後日の方向を見ている。試しにそっちを向いてみたけど……まあ、当たり前に暗闇よね。
私は、一旦深呼吸をして落ち着くことにする。このままでは、ベルのペースに巻き込まれてしまうから。
「で、私のこと呼んだんでしょ? 要件は何」
「イリヤ、元気?」
「……元気よ。先日、私の肖像画を猛スピードで描いて、そこにサインを求められたわ」
「やっぱり、イリヤはすごいや。私もいつだったかサインしたわ」
「まさか、それを聞くために呼んだの?」
「違うけど」
ということは、ベルが私を呼んだのは間違ってないみたい。
ベルってば、「しまった」みたいな顔してるわ。これは良い気分。
私が笑うと、ベルがムスッとしだした。本当、子どもっぽい人。
なんだか、こんな性格のお方が近くにいた気がする。誰だったかしら?
「ねえ、アリス。……今もアリスで良いでしょ?」
「ええ。良いわよ、ベル。なあに?」
「……アリスって、好きな人居た?」
「は?」
似ている人を思い出しながら空間に座ると同時に、ベルが頬を染めながらそんなことを聞いてきた。
まさか、ベルからの初めての質問がそれだとは思わなくて空耳かと思ったわ。
「だから、好きな人居たかって聞いてんの!」
「……居たけど」
「誰?」
でも、空耳じゃなかった。
ベルは、恋バナをしたくて私を呼んだの? ここって、そんな気軽に呼べるものなの?
良くわからないけど、茶化すために聞かれているような雰囲気はない。
どちらかというと、真剣な感じでね。答えれば、今置かれている状況のヒントになる気がした。
「誰って……。お父様とお母様と」
「違う違う! ライクじゃなくて、ラブよ。ラブ、わかる?」
「わ、わかるわよ! 馬鹿にしないで」
「ふーん。じゃあ、誰?」
やっぱり、イラつく!
そうだ、この感じ。
お茶会で初めて会った、パトリシア様とそっくり! なんなの、今はこういう性格が流行りだったりするの?
ここで感情をあらわにしても、ベルを喜ばせるだけ。そう思った私は再度深呼吸をして、彼女の言う「ラブ」を考える。でも、該当者がいない。
「……居ないかも」
「ええ!? アリスって、周りに人が居なかったの?」
「そんな驚かなくても良いじゃないの。メイドと執事くらいしか居なかったわよ」
「じゃあ、その人たちで好きって思える人は?」
「なんで、そこを掘り下げるのよ」
「いいからいいから。答えてくれたら、良いこと教えてあげるから!」
ベルは、楽しそうに立ち上がったと思ったら、私の隣に馴れ馴れしく座ってきた。
こんなこと、現実世界でやったら「無礼だ」って批判をくらいそうだわ。まあ、そんなことで私は愚痴愚痴言わないけど。
ベルの肩が私の肩に当たる。けどそこに、人の温かさはない。
なのに、安心感を覚えるの。とても不思議な感覚だわ。
私は、好きの対象を懸命に頭に思い浮かべる。
男性で、好きな人と言えば……。
「……アレンは好きだけど、ラブでは」
「やっと名前が出てきた! アレン? アランじゃなくて?」
「違うわ。アレンよ」
「へー、どんな関係?」
「どんなって……。執事よ、執事。私の身の回りのお世話をしてくれてた。それに……」
そうだ。
アレンの謎も、私はそのままにしていたんだった。
アレンは、どうしてお父様の屋敷で執事をしていたのかしら?
それとも、執事をしながら領主とか社交界とかの勉強をして、騎士団に入団したとか? そういう人、実際にいるし。
聞いてみたいけど、そんなこと聞ける間柄ではないわね。
「それに、何? なんか面白そう」
「あなたねえ、面白いって理由だけでこんな質問してるの?」
「半分そう」
「もう半分は?」
「暇だから」
「ちょっと!」
「嘘嘘! ちょっと、本気で怒らないでよ」
やっぱりこの自由奔放な感じ、パトリシア様だわ!
いえ、まだ彼女の方がマシよ。ベルには、優しさってものがない!
隣を思いっきり睨んでやると、ベルったら両手を挙げて降参ポーズをしてくるの。だったら、初めからちゃんと話せば良いのに。
「はあ……。ベルになってから、アレンに会ったのよ」
「うっそ!? すごい。で、どうしたの? 好きですって言ったの?」
「だから、ラブじゃないんだって! それに、あちらには女性も居たし」
「あーあ、失恋か。ドンマイ」
「だからねえ……。アレンとはそんなんじゃ」
「でも、最初に名前が出た」
「……そりゃあ、また一緒に居たいなとは思うもの」
「アリス、顔真っ赤! 可愛い〜」
「!?」
違うの!
これは、ベルが私のことを茶化してくるから。別に、アレンのことを考えてとかじゃなくて……。って、完全に誤解されてるわ。
このにやけ顔、本当人の神経を逆撫でしてくるんだから。
「別に、そんなんじゃ……」
「はいはい、そうね。で? アレンと一緒に何をしたいの?」
「何って……。金属の含まれてる土壌に合う、肥料の配合計算を「はいはい、ストップゥー」」
「何よ、自分で答えてって言っておきながら」
ベルは、両手で大きくバツを作って私に見せてきた。
それだけじゃない。頬をプクッとふくらまし、なんだか睨まれてる気がする。
何がストップだったの?
「アリスって、色気とかないの?」
「はあ!?」
「うわ、純情」
「さっきから何よ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
「……私、好きな人が居たの」
立ち上がり大きな声を出すと、ベルが小さな声でそう言ってきた。
意外すぎるその言葉に、私の怒りが下がっていく。
「……」
「最初は、憧れだった。私が持っていないものをたくさん持っていて、いつも目で追ってたわ」
「……婚約者じゃないような言い方ね」
「違う、あんな顔だけが取り柄の女たらし! こっちから願い下げだわ」
そう言って、ベルは手で首を切るような動作をしてきた。表情は……うん、本当に嫌いみたい。
今、彼が目の前に居たら勢いで殺してしまうんじゃないかって思うほど、顔を歪めている。
私は、そんな顔を見つつベルの隣に座り直す。
「らしいわね。まだお会いできてないのよ」
「知ってる。会えば、もっと私に詰め寄ってると思うし」
「ってことは、サルバトーレがこの状況になったことのヒントを持っているのね」
「そうとも言える」
「あなたって、本当に煮え切らない人。……で、その好きな人って誰?」
「ねえ、私の衣装部屋見た?」
「見たけど……。それが何か関係してるの?」
どうしてベルって、はいかいいえで答えられないのかしら。
これじゃあ、会話が成り立たないじゃないの。……とか言うと、またへそ曲げそうだから黙っておこう。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んでいると、ベルが私の顔をジッと見てきた。
「赤」
「……え?」
「私とあなたの共通点。赤が好き」
「好きだけど、それがな……そういえば、衣装部屋に赤いドレスがあったわね」
「私の好きな人、赤がとても似合う人なの」
「ふーん」
「私も赤を着てみたけど、ダメね。あの人みたいにはっきりとした髪色じゃないから、ドレスに着せられてる感じしかしなかった」
「で、誰なの? その好きな人」
寂しそうに笑いながら、ベルが着ているドレスの裾を持ち上げてくる。それは、暗い場所にも関わらず光に当てられているかのように光沢があった。でも、何色なのかがわからない。
それを見ていると、急にどこからか光が差し込んでくる。
「あーあ、時間みたい」
「え?」
「時間。また呼んで良い?」
「いいけど……。でも、好きな人教えてから居なくなってよ」
その光は、この暗闇を飲み込むもの。
ベルとお別れする時間ってことね。
私が急いで質問をするも、いつも通りのマイペースすぎるベルだもの。答えてくれるわけはない。
でも、その代わり、
「楽しかったから、2つ」
と言って、手でピースサインをしてくる。そして、
「1つめは、イリヤがあなたを疑ってること」
「え?」
「さっき言ったでしょ。私もサインしたことあるって。私とあなた、筆跡が違うから」
「……まさか」
「勉強はしてたけど仕事はしてなかったから、私の筆跡はイリヤが持つ絵画のサインだけなの。きっと、イリヤは何かであなたが私じゃないって気づいたのよ」
「でも「2つめは、あなたの前世が大変なことになってる」」
「前世って……グロスター家が?」
「ええ。ここに来る前に、あなたのお父様と……あ、……ぃ……ぉ」
「ベル? 聞こえないけど」
「…………」
気づいたら、目の前まで光が迫っていた。
逃げることもできず、私はその眩しさに目を細めながら受け入れるしかない。ベルに続きをうながそうとするも、いつの間にか隣から姿が消えている。
「……ベル」
そして、今日も彼女は、ベルじゃないって言ってとは言わなかった。
***
「……イリヤ?」
「おおおおおおおおお嬢様あああああ」
目を覚ますと、そこはベッドの上だった。見慣れすぎた天井と、叫び声をあげるイリヤが視界に入ってくる。
そして、なんだか視界が曇るというかなんというか。
私は、疑問を持ちながらイリヤの手を借りて上半身を起こす。すると……。
「……これは?」
「お嬢様が咳をされながら倒れたので、加湿をしております」
「……そう、ありがとう。喉がとても潤っているわ」
見渡す限り……というか、床が見えないほどの鍋がずらりと並べられていた。しかも、全てに液体……多分、湯気が出ているからお湯ね……がなみなみと注がれている。前も思ったけど、よくもまあ、こんなに鍋があるわよね。
そのせいで、窓ガラスに結露がすごいの。
それに、なんだか布団が湿っぽい気がするわ。カビが生えたら、それこそ笑い事じゃなくなる!
「ふふ、ふふふ」
「お、お嬢様……?」
「ごめんなさい、もう大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「よかったです。アインスが帰ってくるまでは、横になられてください。欲しいものがあれば、イリヤがお持ちします」
「じゃあ、前お願いしたミミリップ地方の情報が欲しいの」
「それは、今調べている最中です。情報を取り寄せているので、もう少々お待ちください」
「わかった、待つわ」
「他に、何かございますか?」
いつものイリヤだ。
私は、それに安堵して思わず笑ってしまう。
彼女が私のことを疑ってる? そんなことないわ、ベルの考えすぎよ。
「じゃあ、いらないものがあるの」
「と言いますと?」
「ここにある鍋、全部厨房に返してきてちょうだい」
「ぴえ、お気に召しませんでしたか……?」
「こんなたくさん鍋を使っていたら、お夕飯が作れないでしょう?」
「なるほど! お嬢様はお優しいです!」
本当は、違う理由なんだけど。
部屋でキノコを栽培するようなことはしたくないってだけなんだけど。
イリヤってば、いたく感動したようでパアッと明るい表情になって近くにあった鍋を手に取った。しかし、そこで動きが止まる。
「……お嬢様」
「……なあに、イリヤ」
言いたいことはわかったわ。とてもよくわかる。
だって、床が見えないほど鍋が置かれているんだものね。
「イリヤ、どうやって移動すればよろしいでしょうか……」
奇遇ね、イリヤ。
私もちょうど、それを考えていたところだったの。
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