騒がしいから不安になる
この国のお茶会には、2種類あるの。
1つが立食のパーティー形式、もう一つが世間一般的な座ってお話する形式のものね。
アリスとして最後に行ったお茶会は、城下町に屋敷を構えるメルシエ伯爵家でやった立食形式だった。
サラ伯爵夫人が、子ども好きでね。社交デビューと言う名で、16歳の夏にお呼ばれしたの。他に来ていた人たちも、私の年代の子ばかりだった。
何度かお母様のお茶会の補佐をして作法は身に付けてたから、あまり意味はなかったけど。それでも、同年代の子と交流できると思うととても嬉しかった。
出掛けにお父様が、金目のものをもらってこいって言ってたな。まあ、大好きなワインで酔ってらしたし、本気ではなかったでしょう。
『この度は、ご招待くださりありがとうございます』
『あら、礼儀正しいわね。いいのよ、今日は主催者側へのマナーじゃなくて、お茶やお菓子を食べるマナーを教えるために呼んだのだから』
『それでも、お城にご招待いただいてますから』
そう言ってカーテシーをすると、驚いたような顔をされた。どうしてかしら。
『……噂は噂ね。今日は、ゆっくりしていって』
『……? ありがとうございます』
サラ伯爵夫人は、そう言いながら私の頬を優しく撫でてくれた。何を言ったら良いのかわからなくなった私は、そのまま下を向いてしまったわ。それでも、彼女は嫌な顔せず微笑んでくれる。
だから、「噂って何?」と聞けなくなった。
『私ね、子供ができない身体なの。だから、こうやってあなたたちと交流するのが嬉しいの。気負わないで、楽しんでね』
『お気遣い、感謝いたします』
サラ伯爵夫人の微笑みは、この晴天の空によく似合うものだった。思わず動きを止めて、見入ってしまうくらいのね。
本当に、子供が好きなんだ。お世辞とか裏があってとか、そういうのが一切感じられなかったし。どうして彼女には出来なくて、私のお母様には子供ができるの? 不公平だわ。
なんて考えながらボーッとしていると、
『あなた、グロスター伯爵の?』
『ええ。アリス・グロスターと申します』
真っ赤なドレスに、緑がかった髪色の女の子が話しかけてきた。手には、葡萄ジュースの注がれたグラスが2つ。
ニコニコしながら、ひとつ差し出している。
『私は、ミンス・シャラ・ド・ヴェーラー。お母様がカウヌ国の人だから、名前が2つあるの』
『美しいわ。カウヌの中央都市にある、シャラナ湖から取ったのかしら』
お礼を言って受け取ると、乾杯するためにグラスを掲げてくれたわ。とても良い子ね。
私がカウヌを知っているとわかると、表情が一段階明るくなった。
『そうなの! 貴女、カウヌに行ったことあるの?』
『いいえ。観光誌を読んだだけよ』
『嬉しい! 他国の文化なんてって言う人が多いのに。ね、アリスって呼んでも良いかしら?』
『ええ。貴女はシャラ?』
『うん! よろしくね!』
『よろしく、シャラ』
カウヌ国は、隣国だけど山をひとつ越えないといけないから、交流がないの。
珍しい楽器や民謡があって、ちょっと気になってる国なんだ。この辺じゃ、観光誌くらいしか情報がないから私も嬉しいわ。
『ねえ、カウヌって不思議な音楽があるのよね。あの、歌ったりダンスしたりしながら、物語が進む……』
『ああ! ミュージカル』
『みゅーじかる?』
『そう、ミュージカル! 私、あれって全世界共通のものかと思ってたの。こっちに来て、ないからびっくりしちゃった』
『そうなのね。最近こちらに来たの?』
『ええ。お父様のお仕事で。先ほど、パトリシアとアウラ、ナナリーとも話したのだけれど、貴女も領主のお家なのね』
『シャラも?』
『カウヌのね。土地が痩せちゃって、新しい肥料を探しに来たの。ね、何か知らない?』
シャラは、1回転しドレスを揺らすとそう聞いてきた。どうやら、ミュージカルのつもりらしい。とても元気で、明るい気持ちになるわ。私も、生で観てみたいな。
それに、彼女は私の他にもいろんな人と話したみたい。これだけ人懐こいなら、社交界でも愛されるわね。笑顔も、とても素敵で温かい。
私も、こうやって笑ってみたいな。……こんな無邪気な笑い方、どうやればいいのかわからない。
『土は何を使っているの?』
『石灰質のものよ』
『それなら、金属元素のものを使うと水の吸収が良くなるわ』
『金属元素……?』
私は、ちょうど先週やった肥料の調合についての話をシャラに聞かせた。
彼女、真剣になって聞いていてね。気づいたら、その手にはグラスじゃなくて紙とペンを握りしめていたの。こんな懸命な領主がいる領民は、住み心地良さそうだわ。
私も、領民のために頑張らないと。
それから、私はいろんな人と話した。
黒髪が印象的な子や、赤髪の子、……そうそう、私と同じ金色の髪の子も居たの! 髪の毛のお手入れ方法について、おおいに盛り上がったわ。
そんな私たちを、サラ伯爵夫人が温かい笑みで見守ってくれてた。その隣には、メルシエ伯爵も居てね。
なんだか、私の方を見て悲しそうな顔をしていたのだけれど……。きっと、気のせいね。
***
「お嬢様、お身体変わりませんか」
「ええ、おかげさまで」
私は、おばあさまの車椅子に座り寝室の窓辺に居た。
明日はお茶会だから、ちょっとでも身体を起こしてないとね。いつもベッドから太陽の光を見ているだけだったから、こうやって身体に浴びられることが嬉しくて仕方ないの。
声のする方へ首を向けると、イリヤが白湯の入ったいつものグラスを持って近づいてきていた。
「こちら、アインスからのプレゼントです」
「ありがとう。いただくわ」
白湯をプレゼントなんて、イリヤったら茶目っ気があるわ。なんて思いながら受け取ると、色のついた液体が目に飛び込んでくる。
「え……。これ?」
「はい。通常の2倍薄いですが、アッサムティーです」
「嬉しい! 飲んでも大丈夫ってことよね?」
「はい。その紅茶に合うケーキを作ろうとしたら、全力で止められました。イリヤ作りたかった」
「……アッサムティーだけでお腹いっぱいだわ」
全力で止めた人は、誰かしら。全力で感謝するわ。
ちょっと好奇心があるんだけど、明日もあるし今日はやめておこう。でも、いつかは1口は食べてみたい。1口だけ、ね。
私は、そのままグラスに口をつける。熱すぎず、ぬるすぎない紅茶。久しぶりの味だわ。
今まで、10倍粥にドロドロにしたにんじんやじゃがいも、スープしか食べてなかったの。胃に負担がかかるとかで味付けもないから、面白くなかったんだ。
だから、とても嬉しい。
「……美味しい」
「イリヤが淹れました。このアッサムティーは、黒糖や生姜と相性が良いのです。お嬢様の胃が跳ね上がるほど元気になられましたら、作ります」
「楽しみだわ。ところで、黒糖ってなあに?」
「黒糖とは、カウヌの家庭でよく使われているお砂糖のことを言います。茶色くて、とても甘いです。固形だと、黒くて石と間違えそうです」
「へぇ、知らなかったわ。黒糖、ね。後で見たいわ」
「そう言うと思って、持ってきました」
さすが、イリヤ!
イリヤがポケットを弄ると、ハンカチに包まれた黒々とした塊を取り出してくる。でも、石と間違えることはなさそう。どう見たら石なのかしら?
「一口……」
「ダメです」
「一欠片……」
「イリヤが殺されても良いならどうぞ」
「……むぅ」
そんな脅し文句言われたら、食べられないわよ!
無表情で言うあたり、イリヤはアインスのことを本気で怖がってるのね。でも、大丈夫よ。アインスはアインスで、イリヤの作った料理を怖がってるから。……ん? 何も大丈夫じゃないか。
にしても、イリヤは優しいな。
私の体調気遣って言ってくれてるんでしょう? さすが、専属メイド!
淹れてくれた紅茶も美味しいし。
「今度は、ザンギフに言ってもらってきますね」
「え?」
もったいなくてチマチマと紅茶を飲んでいると、黒糖をポケットにしまったイリヤが話しかけてくる。
「今日は、黙って持ってきちゃいました。ザンギフにバレたら怒られます」
「もしかして、食べるなって言ったのは……」
「はい。イリヤが怒られるからです」
「……ふふ」
私のことを心配してくれたわけじゃなかった!
私が笑うと、イリヤが首を傾げて顔を覗いてくる。「お嬢様が笑ってる! 旦那様あああああ!」と叫ぶまで、あと3秒ってところかしら?
さて。
そろそろドレスが届く頃だわ。
紅茶を飲んで、少しお城を探索しようか……。
「旦那様ああああああ!!! お嬢様がッ! お嬢様が天使の微笑みを! 儚げで、それでいて清らかな乙女の如くッ」
「……イリヤ、騒ぎすぎよ。黒糖落としてるし」
「はああああああ!!! ザンギフに怒られるうううう」
うん。
今日も賑やかね。
「……」
イリヤは、私がアリスだって伝えても同じ態度で接してくれるのかな。
こんな毎回盛大なリアクションを取られると、ふとした瞬間に不安になる。ダメね。
私はベル。
これからは、ベルとして生きていくんだから。心優しいこの人たちを騙しているわけじゃないのよ。
だから、貴女はこれから来るドレスに合う、アクセサリーでも考えていれば良いのよ。不安になることは、ないのよ。
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