一方通行の想い



 アインスってすごいわ。

 何がすごいって、あれだけ重症だった私をここまで回復させちゃうんだから。

 手助けは必要だけど、椅子に座れるようになったのよ。これで、多少はベッド生活から解放されるわ!


 少し喉が痛むけど、声も出せるようになった。

 これなら、明後日のお茶会にも行けるかしら?


「はあ〜〜〜、原石」

「……原石?」


 そんな私の元に、仕立て屋がやってきた。お父様が呼んでくださったみたい。

 彼女の名前は、サミー・ゴーティエ。ベルも、この人にいくつものドレスを仕立ててもらったとか。記憶喪失なことに、とても驚かれていたわ。


 今回は時間がないから、出来上がってる商品の中から好きなドレスを選ぶの。10着の中から2着。

 1から仕立ててもらうより、なんだかワクワクするわ。だって、すでに完成品が目の前にあるんだもの。私も女の子だから、キラキラしたものは大好き!

 この中では、淡いピンクと翡翠色のドレスが狙い目ね。


 でも、選ぶ前に私の身体のサイズを知りたいんだって。私が座ったままでも測れるって、さすがプロって感じ。

 ……さっきからブツブツ言いながらニヤニヤしてるのはちょっと怖いけど。耳元で「原石、原石」って言ってくるの。怖いでしょう?


「コルセットは必要なさそうですね」

「え? 着けますよ、マナーですし」

「いえ。ここまで細いと、着けたらバランスが悪くなって見栄えに影響します」

「でも……」

「大丈夫。着けてないなんて、わかりませんよ。ちょっと、びっくりするくらい細いです。もっとご飯食べておっぱいにおっぱいをおっぱいしてニコニコしてください」

「え?」

「あ、いや。おっぱ……もう少し肉付き良くないと、ドレスが映えませんよって話です」

「そ、そうなのね」


 やっぱり、ニヤニヤが怖いわ……。そして、ちゃんと言葉を話してほしい。切実に。

 巻尺をシュルシュルと動かしつつも、口は閉じそうにない。……まあ、イリヤも居るから仕方ないか。


「そうでしょう、そうでしょう。お嬢様は、本来お美しい方なのです。イリヤは頭が高いです」

「分かりますわっ! 少し手入れしてあげるだけで、化ける子ですよ!」

「うんうん。イリヤ、仮装行列の1番後ろに並びたい。みんなの姿をこの目に焼き付けて、絵を残す」

「ああ、こんな素敵な原石を磨ける貴女は幸せ者だわ。以前のベルお嬢様より、目力があってゾクゾクします」

「イリヤも、お給金の袋を開ける時はゾクゾクします」

「はあ、原石。私も磨きたい」


 ……よく会話が成立してるわね。


 私は、考えることを諦めた。だって、どこから突っ込めば良いのかわからないんだもの。頭じゃないとか、そっちの化けるじゃないとか。

 それに、サミーが私のことを買い被りすぎてることも恥ずかしい。……まあ、ベルの身体だけど。私のものじゃないけど。


「サミー。サイズ調整って、どのくらいかかるものなの?」

「うーん。ここまで細いと、明日の夕方になりそうです」

「ごめんなさいね、急がせちゃって」

「サイズ調整だけなら、今日ちゃちゃっとできますが……。ここまで細いとなると、レース盛り盛りにして体型を隠した方が良さそうです。素材はあるので、この中から選んだドレスに追加させていただきます」

「待って。それは、予算オーバーしちゃうわ」


 持参してくれたドレスは、細身のものが多い。あまり裁縫系の知識はないけど、ここにレースを付けるとなると大変そう。お金も時間もすごそうだわ。

 そう思って慌ててサミーに意見を言うけど、聞いてないみたい。だって、


「ふふ。フリフリ、ロリ。ふふ、仕立て屋冥利に尽きますねぇ。ふふ、ロリロリ、フリ」


 なんて、笑いながらブツブツ言ってるんですもの。というか、聞く気ない?


 困ってイリヤの方を向くと、彼女は彼女で「お嬢様にフリル、素敵です。イリヤにフリルは、猫に小判と良い勝負かもしれません」なんて勝手に落ち込んでるじゃないの。

 周囲の空気が、少しどんよりしちゃってるわ。


「イリヤも、フリル可愛いわよ。メイド服、似合ってるもの」

「……お、お、お嬢様!」


 あれ、言わない方が良かったかも。


 私がそう言うと、イリヤは今にでも飛びついてきそうな体制になった。頬を……いえ、顔を紅潮させて。

 今抱きつかれたら、絶対どこかしらの骨が折れるわ。だって、アランより力が強いんでしょう? 


「お嬢様、わた「にしても、ベルお嬢様は本当に変わられたわ」」

「どう言う意味?」


 骨折まで秒読みかな? って覚悟を決めていると、その間にサミーが入り込んでくれた。手には、私がちょっと良いなって思って見ていた色のドレスが2着。どうしてわかったのかしら?


「なんと言いますか、以前のお嬢様は他人にも自分にもご興味がない様子でした。あれだけ素敵なおっぱいロリ……いえ、容姿を待っていらしたのに」

「そうなの……」


 今、なんか言おうとしなかった? すごくしおらしい顔しながら、すごいこと言ってなかった?


 まあ、気のせいとして話を進めましょう。付き合っていたら、日が暮れてしまうわ。


「覚えてなくて、ごめんなさいね」

「謝らないでください。私は、今のベルお嬢様を応援させて戴きますよ。なので、ドレスのお直しも定価よりグッとお安くしましょう」

「え、それは……」

「遠慮せず。新しいベルお嬢様の門出をお祝いさせてくださいな」

「嬉しい! ありがとう、サミー!」

「しかし、条件をつけさせてください」

「……条件?」


 サミーは、答える代わりに私の前に2着のドレスを並べるように掲げた。

 淡いピンクと、翡翠色のグラデーションが印象的なドレスは、対照的で、それでいて2着も私に「オーロラ」を連想させてくれる。


 以前の私……アリスの部屋にあった石に色が似てたんだ。シャロンと庭を歩いていて見つけた、とても素敵な石。

 お母様に一時期奪われたけど、価値がないとわかったら「恥かいた」と私の頭に投げつけてきたっけ。あれ、今どうなってるんだろう。


 なんて考えながらドレスと見ていると、サミーが口を開く。


「ええ。その代わりと言ったらアレですけど、デザインは私に託してくださいますか?」

「え、ええ。そういうのは、プロにお任せした方が良いものね」

「ありがとうございます! 1から仕立てたようにピッタリな仕上がりにしましょう。腕がなりますわっ」

「無理はしないでちょうだいね。明後日までに間に合う範囲で」

「もちろん! ってことで、貴女は豆乳とタンパク質、それにミネラルのあるものをたくさん摂ってくださいね」

「え、ええ。イリヤ、ザンギフに伝えておいてくれる?」

「ガッテン承知でございます!!」


 ……栄養が豊富な食べ物なのかしら?

 でも、それをあげるなら、糖質のあるものが欠かせないと思うんだけど。言い忘れているだけ?



 まさか、女性ホルモンを活性化させると言われている食べ物だったなんて、その時の私は知らなかった。

 ザンギフに伝えたら、「お嬢様は、性に目覚めたのね!」と小指を立てながら喜ばれてしまったの。


 ザンギフとサミーは、良いコンビになりそうね。そこに、イリヤを……ううん、3人は混ぜるな危険トリオかも。

 想像するだけで、頭痛がするわ。



***



『じゃあ、アレン頼んだよ』


 10日ぶりに帰ってきた自室……と言っても、宿舎だが……は、当たり前だがなんの代わり映えもしていない。ベッドに机という最低限の家具しかないし、そこに趣味を持ち込もうとは思えないほど狭い。

 ……まあ、シエラの奴は女を連れ込んでるらしいが。見つけたら速攻追い出してやろうと思っているのだが、如何せん会わない。ただの噂なのか?


「疲れた……」


 明後日は、久しぶりのオフだった。

 なのに、陛下の城に隣国のご令嬢がいらっしゃるようで、警護を頼まれてしまった。詳細を話してもらったが、ショックで全く頭に入らなかったよ。

 明日は久しぶりに父様のところに帰ろうと思っていたのに、延期するしかなさそうだ。


 城内と城下町の案内が必要らしい。もしかして、側室候補とかか?

 いや、陛下はエルザ様一筋だ。それはない。


 しかも、よりによって俺しか空いてるやつがいないとは。そういうのは、女好きのシエラの方が得意だろうに。

 俺がシエラと仕事を交換すれば良いのでは、と思うだろう? もう、断られた後なんだよ!

 あいつが好きだと言っている女と、貴族の女は別の性別らしい。同じだろう、よくわからんやつ。


「はあ……」


 本当は、今も勤務中だった。でも、そこは30連勤になりそうだった俺の意地で、午後だけ休みをぶんどってきた。流石に、文句を言うやつはいなかったよ。陛下も含め、な。


 俺は、ため息をつきながらベッドに身を投げ、天井を視界に入れた。真っ白な壁紙を見ていると、彼女の顔が浮かんでくる気がして。


「……貴族の女、か」


 昔、仕えていた令嬢が居た。まだ、俺が皇帝陛下直属部隊に所属される前だ。城の兵として、仕えていた時に。

 貴族の御令嬢を相手にするのは、それ以来だな。


 最初は、今みたいに乗り気じゃなかった。

 どこぞの伯爵が、仕事をサボって領民を虐げているという噂を聞いて調査をしに行くなど、誰が好き好んでやるかっての。

 すぐ爵位剥奪すれば良いものの、陛下も随分とお優しいな。……そう思ったもんだ。


 でも、潜入してみて陛下の気持ちがわかった。


 潜り込んだ伯爵の城は、悪だけじゃなかったんだ。

 その中に1人だけ、光が居たんだ。


 彼女の名前は、アリス・グロスター。

 俺が唯一認めた、女性だ。生涯かけて守ろうと、誓った相手だ。

 なのに。なのに……。


「……アリスお嬢様。お許しください」


 俺は、上半身を起こし手を合わせる。


 あの日から、1日とも欠かさず彼女に祈りを捧げている。

 俺の目の前で毒殺された、アリスお嬢様へ。


 なぜ、気づかなかったのだろう。悔やまない日はない。


 しかも、城内で行われたこと、身内のこともあり、グロスター伯爵はその殺人を揉み消してしまった。証拠を何一つ残さず。

 俺がいくら証言しても、グロスター一家はもちろん、その使用人すら口を揃えて「彼女は自殺した」と言うんだ。「自ら毒を仰いだ」、と。流石の陛下も、お手上げだった。


 その後、すぐに撤退命令が出たから、せめてもの抵抗で夜のうちに姿を消してやった。無論、俺が居たという証拠を全て無くして。

 でもきっと、あいつらにとっては「邪魔なやつがまた居なくなった」としか思わなかっただろうな。

 俺の任務は、こうやって失敗に終わってしまった。


 故に、きっと今でもグロスター伯爵は領民に対して悪行を重ねているのだろう。関わり合いたくないから、……もう、アリスお嬢様は居ないから、その地を訪れる理由はない。その後なんて、知るもんか。


「……お慕いしております、アリスお嬢様」


 俺は生涯、彼女を想い生きていく。

 だから、女はたくさんだ。


 俺が認めた……惚れた女性は、アリスお嬢様ただ1人なのだから。


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