第3話
瓦礫の山を進んで行く中、巻きこまれた住民の救助を求める声が幾度と聞こえた。少女は毎度のように声のする方を見て心苦しそうな顔をするが、すぐに顔を伏せて足を動かしていた。少年は少女に問いかけた。
「あのさ、遺物って」
彼女は話を遮るようにため息をつき、ぶっきらぼうに答えた。
「あなたには関係ないし、知る必要もないから、変なことに巻き込まれないように知らない方がいい」
「それくらい教えてやればいいのに」
黒猫が声を出して笑う。
「くーさん」
少女はムスッとした顔をして黒猫を咎めた。彼女はどうしても遺物の事を教える気はないようであった。
進み続けるうちに、瓦礫が撤去された広場に出た。そこには怪我人が集められていた。白いブルゾンジャケットを着た集団が、怪我人の治療や瓦礫の撤去など多方面に働いている。自衛隊や救急隊員の姿はなく、どこの所属かもわからない人間が、人命救助に尽力していた。別世界に入り込んだ感覚を覚えた。しかし、怪我人の中に知った顔を見つけると、少年は今一度、これが現実なのだと呑み込むしか無かった。
「ゆいちゃん、誰ですかその男は」
呆れたような女性の声が右手側から聞こえて来た。声の方に視線を送ると、長い黒髪の女性が腰に手を当て立っていた。歳は二十代前半のように見えるが、落ち着いている姿に、少年は女性に対して大人の雰囲気のようなものを感じた。白色のブルゾンジャケットを着ているところから、人命救助をしている集団の一員であることは確かであった。腰には銀の装飾が施されているスラリとした直剣が提げられていた。
「ゆいちゃんに恋愛はまだ早いですよ。お姉ちゃん許しません」
わざとらしく指を動かす女性。少女は足で地面を鳴らして黙らせる。ゆいちゃんと言う呼び名も彼女のことらしい。
「誰がお姉ちゃんだって?」
少女に睨みつけられて、女性が黙ったまま目を逸らす。後ろめたいことでもあるのか、女性が言い返すことは無かった。少女はまたため息をつくと、踵を返して手を振った。
「その人は戦闘に巻き込まれただけだから、引き取ってあげて。私は帰るから」
「引き取ることは仕事なので構いませんけど、私がこのまま帰すと思います?」
女性は腰に提げた直剣を引き抜き、背を向けた少女に言い放った。
「民間人は巻き込めないでしょ?」
少女の言葉と共に、女性に対して短刀が飛ばされた。金属を弾く音が響いた時には、既に少女の姿は無かった。
「あらら、逃げられちゃいました」
女性はわざとらしく困り眉を作るが、口は逃げられるのが当然のような言い方をしていた。鳴り響いた金属音に、何人かが慌てるように集まって来た。
女性の近くまで来ると、周りを確認しながら身長の高い男が口を開いた。
「
優奈と呼ばれた女性は剣を納めると、向き直ってバツが悪そうに人差し指で頬を掻いた。
「またゆいちゃんに逃げられちゃいまして」
「ゆいちゃん……ですか?」
男は後頭部を掻きながら首を傾げた。
「高田には関係ないかもしれませんね。あなたが対処できる相手じゃないですから」
たははと笑い飛ばす優奈に、高田は後頭部に手を当てたまま、はははと困惑した笑いを浮かべた。
話に区切りを付けた優奈は、少年に確かめるように尋ねた。
「それで、あなたは浅井涼真君で合ってますかね?」
涼真は会ったこともない相手に自分の名前を言い当てられ、少し警戒気味に答える。
「はい。そうですけど……」
若干身を引く涼真を見て、優奈は笑い声を上げた。
「そんなに警戒しなくてもいいんですよ」
優奈は集まって来ていた高田たちを作業に戻るように手で追い払うと、そのまま続けた。
「まあどこの所属かもわからない人間に名前を当てられたら、そりゃ警戒もしますよね」
優奈はそうですねと少し考える動きをすると、またすぐに口を開いた。
「ゆいちゃんと一緒にいたなら遺物についても知ってるでしょうし、隠す必要もないでしょう。私たちは政府に属する組織で、主に遺物によって起こった災害とか、事故、事件を専門に取り扱う者ですね。
遺物と言う単語に、涼真は反応した。
「あの、その遺物ってなんなんですか?」
涼真の言葉を聞いた優奈の顔からは、しまったと心の声が漏れ出ていた。
「ゆいちゃんに聞いてなかったんですね。じゃあ忘れてください。今のは無しです」
優奈は間髪を容れずに口を動かした。
「それなら今回のことは爆弾魔が大規模な爆破事件を起こしたってことで終わりです」
遺物の事に関しては一般人に対する守秘義務が存在するらしく、ヘクにしろ優奈にせよ、それについて涼真に喋らず、彼は今遺物に対しての情報を得ることはできなかった。優奈はそのままその場を立ち去ろうとするが、なにか思い出したように戻って来た。
「そういえばあなたの両親についての話があって話しかけたんでした」
それは少女の隣で鈍く。輝く。 望矢りんご @MochiyaRingo
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