第2話

 鋭い金属音。金色の矢によって生み出された光の奔流は破裂したように飛び散った。矢は真っ二つに斬り伏せられ、地にゆっくりと落下した。少女は空中で身をひるがえし、少年を抱えて滑るように着地する。右手には赤黒い装飾がされた片刃の黒剣が握られていた。

「離れろって言ったよね。あなたを守るのは負担なの……わかる?」

 少女は少年を地面に降ろすと、不機嫌そうな顔で物申した。彼女の怒った声音に少年は気圧される。何か言おうと少年が口を開けた時、彼女はすでに男の方へと足を動かしていた。足取りは戸惑いが無く、一歩一歩を軽く進んでいく。

「無傷で終わりたいなら今のうちに天之麻迦古弓あめのまかこゆみを渡して」

 彼女は男に対してハッキリと告げた。そして、右手に握った黒剣を男に向け、威圧した。

「遺物は使わないんじゃなかったのか?」

 男があざけるように笑った。自身の矢が切り捨てられたにも関わらず、彼女に黒剣を抜かせたことが愉快でたまらない様子だ。しかし、彼女の背中には依然として布に巻かれた剣があり、右手に握った黒剣とは別物であった。

 少女は背中に視線を向けて男に言った。

「これは使わないって言ったのよ」

 男は顔をしかめた。彼女の物言いに納得がいかないのか、顔を顰めたまま口を開く。

「遺物は適正があっても一つのはずだ。なぜ二本持っている」

 少女は吐き捨てた。

「あなたには関係無い」

 遺物を二本所持していることについて触れるなと警告をするように、冷たい言葉だった。少女は剣で空を払い、今一度威圧する。

天之麻迦古弓あめのまかこゆみは渡すの? 渡さないの?」

 男は彼女の問いに答えず、矢筒からもう一本金色の矢を取り出し構える。彼女に弓を渡す気は毛頭ないと見て取れた。少年はそれを見るにすぐ近くの瓦礫に隠れ、覗き込む。先ほどの破壊力から考えると、どこに隠れても無駄であろうが、周辺は瓦礫ばかりで他に身を隠す場所は無かった。

 少女は男の動きを見ると、左手でトントンと胸を二回、軽く叩く。深く瞬きをして黒剣を両手で掴んだ。彼女の表情は酷く辛そうであった。そして体の根底から言葉を出すように、力強い声でゆっくりと発した。

「不滅の体現たる宝剣。その威光を指し示せ。デュランダル」

 少女の持つ黒剣の赤黒い装飾が、鈍く光る藍色へと変わった。彼女を中心にして突風が広がる。自らの力を誇示するかのように、黒剣は再び重みのある光を放った。彼女は男を憐れむ面持ちで、剣の柄を力強く握りしめた。

「大空を裂け、大地を抉れ。天羽々矢あめのはばや!」

 金色の矢に力が収束し、矢尻を輝かせた。男の額には汗が滲み出ていた。とんでもない者を相手にしてしまったと後悔もあったかもしれない。しかし、その表情は晴れ晴れとしていた。男の瞳には鈍重な光を放つ黒剣を握った可憐な少女の姿が映っていた。

 矢が放たれた。

 少女は踏み込んだ。

 閃光に視界が真っ白に染め上がった。

 目を覆う程に強烈な光は、余韻を残しゆっくりと収まる。金色に光る矢は無残にも二つに分かたれた。矢尻が瓦礫の上で誇らしげに煌く。勝負は少女の勝ちであった。

 黒剣の剣先は男の胸元を深く貫いていた。男の鮮血が黒剣の刃を伝い、剣の柄を握り締める少女の手から滴り落ちた。

「ごめんなさい」

 彼女はまた酷く辛そうな目をしていた。少女はフードを被り、目を逸らすように首を右に回した。足で男の腹を押し、黒剣を力強く引き抜く。男の胸元から飛び散る鮮やかな血が、彼女のローブを赤く染めた。彼女はローブを脱ぐと、天之麻迦古弓あめのまかこゆみに掛け弓に触れないように慎重に包んだ。

 ローブを脱いだ彼女はゆったりとした服装をしていて、そこらの高校生の女の子と変わらないように思えた。

 少女は傍に置いていた黒剣を手に取り、宙へほうった。宙を舞った黒剣は回転を強めたかと思うと、黒猫の姿へと形を変える。矢から彼女を守った黒猫の正体は遺物。宝剣デュランダルだった。

「残念だったな」

 黒猫は少女に声を掛けるが、台詞に対して言い方は軽かった。先ほどのことは全く気にしていない様子で、後ろ脚で自らの首を掻いた。黒猫はジロリと視線を動かす。

「で、そこに隠れてるお前。いつまでそうしてるつもりなんだ?」

 黒猫は瓦礫の裏にいる少年に対して言い放った。その声に少年は慌てて姿を現す。居心地が悪そうに重心を変え、視線を少女と黒猫から逸らした。しかし、少女は少年に視線を送ることなく覇気のない声で。

「無事でよかったよ」

 そう言葉を零した。その表情は少年の目には入らなかったが、その声音から元気がないことは明白であった。少女は膝に手を当て立ち上がり、ローブで包んだ天之麻迦古弓あめのまかこゆみを抱え上げた。

 瓦礫の山になった住宅街。少女は当たり前のように迷いなくサッと方向を定めた。彼女のブロンドの髪がひるがえり、雨上がりの青空の中てらてらと光を反射した。彼女は足を止めることなく、ぴょんぴょんと軽い足取りで瓦礫の山を移動し始める。

 少年は帰る家も無くなり、両親の安否も不明であった。両親は実家で飲食店を営んでいた為、この惨状で助かっている道理はなく。少年が生き残っていることは奇跡に近いことだった。彼はここで一人になってはいけない気がした。少年は止まることなく慣れた足取りで瓦礫の山を進む彼女に、無理にでも付いて行く他なかった。

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