師弟漫才
@sakazukioukou_yukkuri
師弟漫才
私は、ラーメン屋の食券機とにらめっこしていた。
勿論、比喩表現に他ならないわけだが、もし他のお客が横から見ていたら、私は『変人』という不名誉な称号を獲得していたに違いない。
そもそもの問題は、この中途半端な懐事情である。
私は普段からラーメンは味噌しか頼まないことにしているのだが、この店の味噌ラーメンは非常に値が張る。醤油ラーメンに餃子二つを頼んでおつりが来るような値段を払わなくてはならない。
これは、一円一銭すらも惜しい売れない物書きにとって大きな問題なのだ。
『己の意地』と、『目の前の小銭』の世紀の一戦。
…まぁ、誇張し過ぎの気もするが。
「はい、味噌ラーメン一丁! 」
活きのいい店主が、満面の笑みで運んできたラーメンを頂きながら、今日も書き物のネタを考える。
やはり、ありきたりなストーリーではつまらないだろう。
誰も思いつかないようなようなネタで世界をアッと言わせてやりたい。
だが、そういう時に限って物語のタネは生まれてこない。そんなことをここ何日もずっと繰り返している。
「店主、コレお願いね。」
ラーメンの半分を食べ終えたころ、真横に男が座った。
「陣さん、また味噌ですか。変わりませんね。」
「うっせぇ、これは私の意地みたいなもんよ。お前さんみたいな青二才にゃ分からんだろうけどな。」
「…そういうのを小説に書けばいいのに。」
「そんなキャラでもねぇよ。」
無論、この男は知り合いである。
「まぁ、僕は好きですけどね。陣さんの少女漫画みたいな小説。」
「純愛モノと言ってくれよ。私はピュアなんだよ。」
「『は』って何ですか、僕だって純愛モノ書いてますよ。」
「…嘘つけ、お前のは俗にいう『メンヘラ』ってヤツだろう。」
「いいえ、『ヤンデレ』ですよ。陣さん。」
…それは具体的に何が違うのか。と思ったが、口を噤む。
これもまた虚栄心・意地からくるものなのだろう。
「どっちにしろ、お前と私はジャンルが違う。」
「嫌だなぁ陣さん。僕は心から陣さんの小説が大好きで、陣さんの真似をして小説を書き始めたのに。」
「知ってる。何度も聞いた。」
「なら、可愛い一番弟子が会いに来たんですから歓迎してくださいよ。」
「お前を弟子にした覚えはないし、弟子は取らないって言ってるだろ。」
まったく、この男と話していると頭が痛くなってくる。
「そもそも、『純愛』と、『ヤンデレ』って、何が違うんですか? ただ一人に愛をささげるって意味では同じでは?」
「いいか、相手に迷惑も心配もかけないのが『純愛』だ。相手の迷惑も考えず一方的に執着すればそれは『ヤンデレ』でしかない。」
「じゃあ、僕から陣さんへの思いは『純愛』ですね。」
「いいや、まごうことなく『ヤンデレ』だ。」
どこをどう考えたらそんな結論に至ったんだろうか。
薄気味の悪いアルカイックスマイル——いや、この表現は仏様に失礼かもしれない。
薄気味の悪いニタニタとした笑みを湛えているその横顔を見て、思わずため息が漏れた。
「まったく、意固地な人ですね。」
「知ってる。さっき思い知った。」
味噌ラーメンは食べ終えたが、まだ微妙に腹が減っている。
「陣さん、コレ食べます? 」
差し出されたのは二つの餃子。
先ほどこの男が頼んでいたのであろう。
「…あぁ、頂こう。」
突然のその申し出に困惑しながらも、有難くその二つの餃子を頂戴する。
「…陣さん。」
「なんだ。」
「美味しかったですか? 」
「あぁ。」
「…弟子にしてくれませんか? 」
「…………」
「…陣さん? 」
「…せめて先生と呼べ。」
その時の顔を、私は一生涯忘れないだろう。
あのニヒルな笑みが一瞬のうちに消え去り、キツネにでもつままれたような顔をしたかと思ったら、
「はい。先生。」
だなんて、良い笑顔で言い出すのだ。なんの邪気も打算もない子供のような笑顔で。
私も柄にもなく照れくさくなってしまって、お冷を飲んでごまかすしかできなかった。
そのお冷は、やけにぬるかった。
師弟漫才 @sakazukioukou_yukkuri
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