言葉の支配下にいながら、伝えたいことを伝える

休日といえど早起き。


今日はどうしても静かな空間でやりたいことがありました。


長き付き合いの友人が結婚することになったので、その結構祝いと添えるメッセージカード。そのカードはゆっくり1人の時に書きたくて。


普段言葉ではいえない分の感謝とお祝いの気持ちを込めて、ひとつひとつの言葉を綴っていくとら意外にも思いもしてなかったことに気がつくことがありました。


それは、感謝の気持ちと言いながら……ずっと彼女と助け合い励まし合い悩み抜いて笑い合った日々のエピソードがとにかく多いということ。


本当にそれは些細なことで、くだらないと言えちゃうような小さなことばかり。


飲んでいた先で酔っ払って絡んできたときどうしようかと思ったとか(普段ベタベタしたりしないので)、手を繋ぎたがるから繋いだらまさかの恋人繋ぎでそっち!?と笑ったこととか。


一緒になってうじうじ考えすぎて凹んで、もうひとりの友人に「辛気臭い」と突っ込まれたこととかり


あとは彼とすれ違いぶつかってしまったときにどうしたらいいか、ひたすら話し込んだ日々とか、そんな彼とは別れた方がいいと本気で心配でたまらなかった日々とか。




わたしに息子が生まれてからは、本当に可愛がってくれて。小さなうちは自分の息子みたいに接してくれて、最近じゃ“小さなお友だち”として仲良くしてくれていて。


本当に息子もわたしも恵まれているなって感じてしまう。



高校からの友人たちなのですが、当時ここまで長い付き合いになるとは到底誰ひとり思っていなかっただろうと思う。


でも、だから余計に失くせないと思うし大切にしたいと思っています。




改めて文章にすると、なんともちっぽけに感じるわたしの気持ちたち。


おかしいな、本当に伝えたいことはもっともっと、重たくて、でも羽根みたい似たふわふわであったかくて優しくて柔らかいものなのに。


それが固っ苦しく見えてしまうのはなんでだろう。



でもわたしは、口下手で話すことが得意じゃないから……。このカードに言葉を託す方がいちばん気持ちを伝えられる手段。今はこのカードに全てを乗せる他ない。




言葉って難しいな。


言葉ですべてを表現しようとすると、言葉に制限されて言葉に支配されているような気持ちになる。


……でも、その支配から抜け出すにはやっぱり言葉を武器に向き合っていくしかないのも承知している。




なんて。考えすぎかな。




友人のお祝いは、今日から明日には送る手筈を整える予定なので、梱包をしなくっちゃ。


こうしてお祝いできること。


嬉しいな。


心からお祝いしたい人がいるって、幸せなんだな。

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