わたしは聖徳太子じゃないんですよ
息子と集めて帰った春のかけら。
水面に浮かんだ色がふわふわとしていたのに、今では器の中でしっとりと溶け出している。
今日は息子のスマホの契約に行った。
GPS機能だけのものを購入して持たせようかなって検討していたのだけれど、この前のとあるできごとーー混雑するフードコートに1人残してしまったことーーを思い返して、やっぱり『連絡を取り合える機能』が欲しいな、と思って。与えることにした。
それはもちろん、息子自身とよく向き合っての上で。
いやでも、スマホの新規契約は思ったより時間がかかる。
平日だからすぐ済むだろう、なんて思っていたのが関の山。とんでもなく、待ち時間が長かった。
ちら、と視線を店内に向けると、まあどの客人も待たされている。張り紙を読む人もいれば、付き添い人と談笑して待つ人もいる。
その中で一際目を引いたのは、ひとり粛々と読書をされる老紳士だった。
文庫本を片手に、椅子の背もたれに寄りかかり足を組んで並ぶ活字を追っていた。
おお、これはまた……。
読書のする人が身近にいないのも合って、どうしても稀有な存在に感じてしまうその存在を目の当たりにしてしまったわたしは、思わずマスクの下でにやけてしまう。
いいなあ。
わたしも歳を重ねた先にある未来、やっぱりそこはスマホをいじるのではなくて、本を読んでいたいなあ、そんな風に思った(それはもちろん、電子書籍でもいいけれど欲を言えば紙の本がいい)。
どんな本を読んでいるんだろう。カバーをかけているからタイトルがわからない。
何を思って、何を感じたのかな。今どの文章を読んでいらっしゃるのか。
なんせ遠い先にいる老紳士。
そして度の落ちたコンタクトをしているわたしはぼやけてそこまではさすがに拾えない。
そんな時だった。
待ち望んでいたわたしに応対してくれる店員さんが挨拶に来てくれて、にこやかに話を進めてくれた。
そこで一気にわたしの思考はこちらへと戻ってくる。そうだった、わたしは今ここに息子のスマホの契約に来ているんだった。
そんな風に、姿勢を正す思いで座り直した時だった。
「だからなあ!違うんだって!俺は孫と連絡とれるようにLINEをしたいんだよ!」
突如上がったハリのある低い声に、机を叩く音。わたしは背を震わせた。
なんとその声の主は、先ほど見ていた老紳士だった。
意外な一面を見た気がした。
読書する人にこんな気の短い人がいるなんて、と。でも、同時にハッとした。
またこれ、先入観だ!!と。
……わたしよりもとんと待たされていたのかもしれない。この後に控えていた予定があるのかもしれない。
それでも、わたしはなんとなくその老紳士にがっかりしてしまったのは事実でした。
そんなわたしが、最終的に担当してくれた店員さんに対して「空気読めない(店員さんの名前)さん!!」とぷんすか帰っていったあたり、全然人のこと言えないんですけど。笑
いや、でも空気読めてなかったの。本当に。
わたし1人に向かって、同時に2人の店員さんに話しかけられて答えられるはずも聞き取れるはずもなくないですか……?
いやもう、接客っていうのはね……と語りたくなってしまった。一応ね、わたしもやっていた身なので。
そんなモヤモヤした気分でお店を出たら、外はすっかり気温が上がって夏も近いと感じさせる天気。
ちょっと気持ちが凪ました。
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