冷たいマスクの裡

@yayoi1

第1話

 べっこう飴で手を打てればそれに越したことはないが最早ことばが通じる情緒でない。マスクの内は見られたものではないんだろう。メイクなのか本当の手術跡なのかわからない。クソがせめてへこへこふくらましてるマスクの紐の片方でもを外しやがれ最後に見るのがこれならばお前のことを少しでも愛してやりたい。

 清く大らかな川の土手と古いアパートに挟まれた誰からも見放された薄暗がりは誰かのようだ。白く塗られた壁だから地面に近い場所の汚れや錆や風化がよく目立つ。室外機から漂う脂のにおいはそばの日当たりのいい公園の緑のにおいとは比べ物にならない。綺麗な顔立ちだからそんな大きな傷がよく目立つ、マスクで隠すから余計に目立つ。首を絞められて人を呪うくらいならあんな男とお近づきになるんじゃなかった何か私にしか見出せない魅力をあの人の内側と私の内側とに見つけた気になって嗚呼嗚呼なんて滑稽、厭世的でありながら健全な精神を秘めてしかしその悲惨な幼児期の経験からメイクをするようになった美人、ただそれだけ、マスクを外した時の顔が余計に目立っていただけ。好きでもないのに一緒にいたのだからいけない。しかし、お前、私の首を絞めるお前、いくら人目が付かないとはいえ歩道橋から少し覗き込めば誰かが私の屍体を見つけるぞ此処で手にかけることは賢明とは言い難い。素顔を晒したまま死ぬのはいやだ。せめて顔を隠してくれマスクをするのは当たり前だろう何年か前から。お前だってマスクをしたままのあなたが綺麗だとか言われて浮かれたクチじゃないのかこの時代に生まれてよかったなんて間抜けなことを思ったんだろう、あの男のせいで。いつだって〈現代〉は最悪だ。「楽しむことが復讐だ」という言葉に笑って賛成してくれたあの男。思えば青臭い。寒い。気温を下げる風の一陣。深夜。鉄と土と自分の息の匂い、マスクの香りが遠い。礼二の初ライブ配信もこんな季節と時間帯だった、外でスマホから見たから覚えている、文化祭が近かった秋だ。飲み屋を出てここに落ちて首を絞められてどれだけ経った、さっき食べたトマトが豆腐の上、青い瓶のウォッカ、マスク、素顔で笑う人たち、はははは、打ち鳴らされるバスドラうねるギターフレーズ浮遊感、ボーカロイド、室外機の回転音、蟲の声、道路を走り抜ける車の音。岐阜まで来たのは地下アーティストのライブのため。演者と観客の間に金網を挟んでいて、どちらかが監獄の中にいるように思わせる舞台になっている。入り口で渡される消毒済みの安っぽいドミノマスクを観客全員が着用、仮面舞踏会の様相を呈す。正直悪趣味とも思ったが、全員の表情と素性が知れない嗜好は好ましくもあった。そういえばネットで活躍していた人がステージに立つときはマスクで顔を隠すのが普通だった、一昔前は。聞けば礼二のファンであり後輩バンドらしい。元DTMコンポーザーの礼二はいつにもましてテンションは高めで、開演前に知り合いらしい人とマスクのまま盛り上がっていた。

 見くびっていたのもあり、いい意味で期待を裏切られる場面が多かった。ある曲のサビの直前ではボーカルをピコらせてニュアンスを出し、別の曲ではトランシーバーで生の声をボーカロイド寄りにして機械的なハーモニーを際立たせた。打ち込みならでは叩きつけるような異常なBPMの歌に声をかぶせて来たのはさすがに驚いた。雰囲気のよさげな単語をそれらしく繋げて解釈を受け手に投げ放しかようにしか見えない曲が多いジャンルだが、このユニットは少し毛色が違う。初めて聞く曲ばかりで聞き取れない歌詞も多かったが、いわゆる生き辛さに対する反抗であったり、思うように生きられない自分への自嘲をふわふわした言葉でなく誠実な単語と正しい比喩を織り交ぜながら切々と歌っているのが断片からわかる。礼二のフォロワーらしい、似たようなアーティストを好きなのかもしれない。ボーカロイドを使ってはいるがサブカルを気取っているわけでもない。自分が知らないだけで十代やネットの一部界隈では有名なコンポーザーで、そう言われればなるほどとも思える。顎以外を骸骨のマスクで隠して〈イザナミ〉と名乗るボーカルは声で若い女性らしい。未成年が匿名で歌った曲がハネてニュースで報じられる時代にもうどんな若い才能を見ても驚けない。頼もしいなあ、感動ではない、私が感じていたのは繊細な造花を目にした時の感心。

 『黄泉平坂』という和楽器の打ち込み音を使ったバラード曲の歌詞はよく聞き取れた。代表曲だろう。失恋ソングだった。自分を捨てた男に対する未練とその後の幸福を願う。お互いにマスク越しにも拘わらず〈イザナミ〉と何度か視線が交わったような気がする。百八十センチを超える隣の礼二を見ていたのかもしれない。

 それが最後の曲でアンコールはなかった。MCが控えめだったのと相まって全体的に芸風は硬派で、その時点で〈イザナミ〉を少し好きになっていた。礼二が後輩に挨拶しに行くというので、自分も関係者出口から楽屋へついていった。

 想像通り、若い女性が、楽屋で一人寛いでいた。ステージで見て想像していたよりも小柄だった。素顔の目元はきゅっと締まって涼し気で、自信にあふれた芸術家然とした風貌。ただ口元に大きく裂かれたようなメイクが施されていた。後ろのほうから見ていたのでステージ上ではわからなかったが、スカルマスクで隠されない部分が目立つようにという嗜好かもしれない。そのままの顔でこちらを認めると、軽く一瞬ぱっと表情を開き、初対面の私を見て取り繕うように無表情になった。その表情の移り変わりで、礼二の隣に立つ私を警戒しているのがわかった。

「こっちは××、同業者。仕事で知り合って、一緒に連れてきた。マスク好きだから、今回のライブに誘ってみた」礼二に紹介されるまでは黙っていた。〈イザナミ〉さんは口裂けメイクのまま莞爾として挨拶をしてくれた。出来た人だ。お話はかねがね、と言われて恥ずかしくなる。照れ隠しで話を変えたくて「とてもカッコよかったです、驚きました」と、感想を伝えると、今度は向こうが照れくさそうに手を扇いだ。物々しいマスクをとった彼女はシャイで内向的らしく、ステージ上とは別人のようだった。特に礼二と話している時の目の熱っぽさはアーティストではなく完全に少女のそれだった。礼二のことが好きで、礼二はそれに気づいていないみたい。

 ほかのスタジオミュージシャンが入ってきて、その人たちも礼二の知り合いだった。打ち上げがあるから行こうと誘われてそのままライブハウスを出た。


 マスクが当たり前の時代に生まれたことも無関係ではないだろうがマスクを隔てた距離感のほうが落ち着いた。家族以外と素顔で接するのに周りが平然としているからフリをしていたけれど服のまま風呂に入るような違和感があった。口が裂けても言えたことではないが運がいい、いまはマスクの種類が多く、それらがファッションアイテムとしてある程度受け入れられている。色や形にもバリエーションがあるし、マスク用のアクセサリも最近は増えた。マスク用のピアスやピンは、流行りだした当時は衛生面や感染の観点から少し問題視されたものの、結局はうやむやになっている。私の部屋の大きなコルクボードには洗濯済みのマスクが消毒済みのホルダーに掛かって並んでいて、その日の気分や気温によって色と形と、つけるアクセサリーを変えた。今日の髪型、伊達メガネ、メイク、それらに合う形とサイズのマスクを組み合わせ、着けることは私にとっては下着や香水を選ぶのと同じかそれ以上に大切な休日の儀式だった。

 友達が弁当を食べるために外した口紅のついたマスクが忘れられず、初めて夜な夜な自分を慰めた高校の終わり。ファッション誌の情報コラムや素っ裸の写真ではなく、素顔を晒す、そうなるまさにその時に浮つくような熱の塊が内側に生じる。のちに窃視症じゃないかと分析されたこともあるが、マスクと素顔の関係のなかにしか興奮を覚えないので説明しにくい。自覚したのはその高校時分で、それから下校途中の買い食いなどは極力避けて付き合った。

 マスク愛好家がいないでもない。どんなフェティシズムや性癖の持ち主も、公表するのが面倒なだけで存在している。私のストリームに集まる人にもそういう人たちはいた。中には口の形や顔にコンプレックスがあり、それを隠すためのマスクが好きだという人や、レクター博士に嵌められた拘束具が良いという人までいた。

 マスクをするのが花粉症か風邪を患った人だけの時代のこともかろうじて覚えている。そういう時代に郷愁を感じることもなければ顔の半分を隠して生活することに不満を感じたこともない。一回り上の世代、感染症が流行りだした頃に十代を終えたアーティストや作家のなかにはマスクと共に過ごした青春時代をやや憐れんだり同情してくれる人もいるのだが私からすればそういう人たちこそ私たちを馬鹿にしている。そういう視点があることこそが私たちを哀れにすることをわからないのか、かわいそうだと指さした瞬間にそれが真に哀れになるのだ。

 礼二もそんな中の一人だった。

 マスクに興奮する性質だと周囲に知られたことがあった。当時付き合っていた人から漏れた話だった。当然変態呼ばわりされたし、マスクが服同然の情勢だから底意地の悪い奴らからは色欲魔扱いされて居心地が悪くなった。私にだって選ぶ権利も趣味あるお前らなんぞに誰が興奮するかと千万に向けるはずの恨みが募って恋人とも別れたし人を信用できなくなった。性癖を恨んで生来の自分と恥ずかしげもなく人前でマスクもなしに大口開けて欠伸をしたり写真に撮られることに抵抗を感じない理想時分との間で心が千々に引き裂かれたことさえあった。時間だけを持て余し心の余裕だけは削れていく、縋る思いでウェブ上に自分の思いを垂れ流すだけの人生の期間の中で礼二と礼二の曲を知った。悪いのは自分ではなく時代のせいだと、不器用な人間に寄り添った、いま聞けば反吐の出る曲に慰められた。

 興味がわいてSNS上でメッセージを送りあうようになった。自分もバンドをしていることと感想を呼び水に話しかけた。無視されてもしょうがない大胆な声のかけ方だったが 返事をくれて話がつながった。アマチュアの大会で審査員賞をもらった程度でも、自分のバンドの曲に愛着と自信はあった。話の流れで音源を聞かせたことがある。演奏と曲は凡百だけど歌詞がいいと褒めてくれた。白秋の品性と草野の宇宙、犀星の素朴さもあると。作詞していたのが私だとは言わなかった。

 最初のリプライから半年経ったあたり、言葉の通じる完全な他人として接することのできそうなひとだと判断したので会ってもいいと思えた。そんな関係だから自分のその時の現状を吐き出してしまった。それを受けて彼はネグレクトを受けていた幼少期の話をして、「いまの君にはセンスと音楽があってよかったね」という言葉で、私は自分が選んで育てる言葉に自信を貰えた。現実や自分の外側で何が起きていようと、内にある自分自身だけで生きてもいいのだと。結局アーティストと名乗るほどの派手な活動はせずに地道な生きる手段を選んでしまった私でも、その言葉は折れそうな心の最後の砦となっている。〈私〉になれたのは礼二との会話の後だ。本格的な付き合いが始まったのはそれからで、かといってお互いにいわゆる一線を超えることはなかった。職場の愚痴や趣味で続けていたDTMとバンドの相談に乗ってもらったりするついでに出かけたりはするものの、それまでの付き合いだった。礼二の部屋に泊まって、わざとマスクを着けたまま雑魚寝をしたことがある。好意的なつきで寝ている自分の体と、マスクの上から唇を撫ぜられたこともあった。私は寝苦しいふりをして払いのけた。寝惚けた私の自惚れかもしれない。そのことを思い返して後悔しないでもない。



 夜半まで続いた打ち上げの後、一人でホテルに向かっていた。礼二はほかのメンバーの家で二次会らしい。音楽の話で盛り上がれた楽しい飲み会だったが私は辞退した。半ば酔っていても人前での食事は今でも気まずい。

 〈イザナミ〉さんが後からついてきて、私も駅がそっちだからと一緒に歩いた。この辺は危ないんですよ、と。

 口元のメイクだけ気に入ったのか食事中もそのままで、マスクも口にものを運ぶときにちょっと鼻にずらすだけ。私からすれば上品極まりない仕草で、そういう点も含めて面白い。マスクがお好きなんですか、今日のライブのコンセプトとか。

 礼二さんの影響です。酒場の喧騒に交えて消え入るような声で私に告げた。自分からあまり発言せず、にこにこと酔っ払った参加者の様子を満足そうに眺めている人だった。礼二が話す時だけその目をくりんとさせて聞き入っている様子が健気で自分のことのように胸が苦しくなった。仲良くなりたいと思った。

 歩道橋の下に差し掛かり、少ない街灯の光も遮られた。対向車線からビームを浴びせられる運転手は尚のこと歩行者が見えないだろう。歩道が不自然なくらい狭くなる。〈イザナミ〉さんは私の後ろに立つ。

 ――そこのガードレールも壊れたままでしょう、よく事故が起きるし、地元の人は通りたがらないんです、悪い人がたむろしてる時もあるから……。

 土手の下に続くガードレールが外れていて、覗き込むとぽっかりと口を開けている。暗がりに吸い込まれそうな感覚はしかし錯覚ではなく私は宙に身を躍らせていた。坂道が私の全身を打つ。血中のアルコールがとんでもない速度で回転する。酩酊しているのか三半規管がおかしくなったのか、どちらもなのか天地もない。口裂け女は梯子を降りてくる。体が張り付いている。息をしたくて開いたほうに腹を向けたら〈イザナミ〉が圧し掛かられて首に手が伸びた。傷ついた虚栄心はあらゆる悲劇の母である。私の首を絞めるのはその母の手だ。柔らかい女の手の端々にギターで出来た固いマメ。喉の苦しいところちょうど食い込んでくる。よくもまあその小柄な体躯から伸びる細腕で人の気道を絞められる。ツアーの準備で機材を運んだりしている賜物か頼りになるなあとやはり感心しながらマスクで隠しきれてない口裂けのメイクに触れると油絵のように盛り上がっていた。分厚いメイクではなく本当に口を裂いたあとの治療跡なのかもしれない。マスクを常につけて礼二の気を引くため? ポマードポマード。胃酸が上がってきて酸っぱい。声は出ない。代わりに目玉が飛び出そう。べっこう飴で気を引けるのも岐阜が発祥なのもCIAが関わっているかもという噂も、塾に通えなかったバブル後の貧しい家の子の噂なのも知っている。礼二が口裂け女が趣味だとふざけて言っていたから調べたんだ。kれもマスクフェチだった。その口裂け女に犯されそうになっている、いま。

 遠くでサイレン、近くに流れる水の音、昏い空に赤い点点。頭の鬱血。

 朦朧として霧の掛かった頭のなかで礼二に告白しようとしている。これまで経験してきた恋心のようなものはなかった。恋に鈍化しているのか、これが夢だからなのか。ただ背繰り上げる言葉が重い鉛になってつっかえて、思ってもない「好きです」はようやく口から出たと思ったら言葉とするには野蛮で無意味な叫び声になって口の両端を切り裂いていった。

 足の間に固い熱を感じる。誰しも秘密を抱えているくせに他人を求める。マスクのうちに抱えているうちはいい、そのうちその大きく裂けた口まで愛してほしくなる。それが醜い、淋しい、寒い。息苦しいのはマスクのせいか。

「あの人がゲイだと知ってて近づいたんでしょう、変態野郎」

 せめてあなたの気持ちを煽る屍体になれるのかしら。

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