決着
鋭く研ぎ澄まされた毒の刀と、赤く煌めく
砕けたのは鋼の方だった。
風を切り裂いた羽の先端が彼女の黒革の眼帯に反射した。
死角からの攻撃をまともに受けたクラーレの身体が宙を舞い、石畳に叩きつけられて鞠のように弾んだ。
「師匠!」
ゼンが叫ぶのと同時に、兜の目元に開いた亀裂を
鈍い音が響き、兜の隙間から血が噴き出す。
黒い溶岩に包まれたような歪な鎧がぐらつき、激しい音を立てて地に叩きつけられる。
鎧が霧散し、右目を刺し貫かれて頭から血を流したゼンの身体が現れた。
「ミナ!」
召喚士は《サモナー》剣を構えたまま、振り返った。
その背後でクラーレの外套が、瓦礫の間で勢いを失った砲撃の風に揺られていた。
薄い唇から漏れた吐息は乾いた笑い声に変わる。
「殺った……殺ったぞ……」
血溜まりに頭蓋から溢れた白く滑った肉塊が糸を引く。
「ミナ! 今だ、こいつの血を吸い尽くせ! これでお前が魔王になれる!」
赤い化鳥のような外殻を纏った
青年は恋人の髪を撫でるように魔物の額をなぞってから、そっと横たわるゼンの方へ押し出す。
柔らかい喉笛を破る音が響き、血肉を啜る水音が砲撃の音の絶えた要塞に満ちる。
未だに食い合いを続ける
「ミナがお前の魂を食い尽くしたら、どうなるんだろうな。そこにミナはいるんだろうか……」
「もし、ミナが変わってしまったとして……彼女の中でお前がミナの魂に会ったら伝えてくれ。愛していると」
「そんなに伝えたいのなら、横着せずに自分で伝えに行きなさい」
どん、と鈍い音がして、
その左胸から血に赤く濡れた剣の先が突き出していた。
「魔物どうし同じ地獄に行けるでしょう」
目を見開いた
彼の背に剣を突き立てたクラーレが、無表情に刀身を引き抜いた。
糸の切れた操り人形のように
視線の先でクラーレが脱ぎ捨てた外套が、瓦礫に挟まれたまま風にそよいでいた。
赤い結晶に包まれた全身が震え、羽が砕けた砦の石畳を撫でるように力を失う。
「
地を這う
「ええ、私は
クラーレは鼻血と煤で汚れた顔を拭って彼の前に何かを放り捨てた。
それは先端に取り付けた刃が砕けた毒の刀だった。
しかし、その中央に
「手前も俺のこと言えねえくらい馬鹿みてえだな……俺が毒に弱いって聞いて素直に信用しただろ……」
破れた喉を抑えながら、ゼンがゆっくりと身を起こす。
首元を抑えた指の間から鮮血が溢れ出した。滴った雫には人体ではありえない紺碧が混じっている。
「師匠にな……その毒薬全部、俺の身体にぶち込んでもらったんだよ……手前の連れてた化けモンは硬え……普通にやったんじゃ刃が通らねえだろうから……こうして、俺の血を啜ってくれるようにな……」
無理矢理壮絶な笑みを作ってみせたゼンの肌が青黒く染まっていく。
「糞野郎……」
石畳に指を食い込ませた
「その毒は知ってるぞ……墓に入るまで決して分解されない魔物殺しの毒だ……魔王の器め、永遠に苦しめ……」
彼の爪が瓦礫の破片を砕く。
「言われねえでもわかってるよ、くそったれ……」
ゼンの眼球がぐるりと回転し、青黒く染まった白目が天を仰ぐ。ゼンは頭から後ろに倒れた。
空を染めた黒い煙は風に払われ、喧騒が引いていく防壁の上を清廉な青色が染め始めた。
砦に残った
「ゼン! クラーレ!」
要塞の兵士たちを掻き分けて、オレアンたちが現れる。
「そっちは? 終わったかい」
テトロの声にクラーレが首肯を返す。
「
オレアンの肩を借りたホーネットが目を細め、痙攣して跳ね上がるゼンを見つめた。
「あの子、まさか……」
クラーレは剣を腰に納め、禍々しい液体を滴らせてもがくゼンを抱え上げた。
「帰還報告と行きたいところですが、私はゼンを救わなければ」
「どうする気だ……」
「申し訳ありませんが、ロクスターには貴方から報告をお願いします。書類は後で提出しますので」
「書類って何の……」
唖然とするオレアンを横目に、彼女はゼンを背負いながら淡々と言う。
「有給休暇の届けです。ゼンにはまだありませんので病理休暇ということにします」
踵を返して真新しい戦闘の爪痕の残る防壁を去ろうとしたクラーレは、足を止めてホーネットを見た。
「ここから貴方の故郷まで徒歩でどれくらいかかりますか?」
三人の沈黙をよそに、クラーレは身体を振るってずり落ちるゼンの身体を背負い直した。
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