第7話

 数日後。

 朗が大学近くの通りを歩いていると、車道に黒塗りのワンボックスカーが横付けした。スライドドアが素早く開き、中からサングラスをかけた屈強な男が突然二人現れて、いとも簡単に朗を持ち上げて車の中へ引き摺り込んだ。


「――くっ、一体何をするんだ。お前たち!」そう云うのが精一杯だった。二つの強力が朗を掴んで離さない。


「兄ちゃん、おとなしくしてろ。抵抗しなければ乱暴なことはしない」男はそう云うと朗に目隠しと猿ぐつわをする。それは数日前に聴き覚えのあったセリフだった。


 十五分ほど車は走行して、停車した。

 目隠しをされたままで朗は、二人の男に両脇から抱えられて廃工場の中へと連行される。目隠しと猿ぐつわが外され、目の前で待ち構えていた七三分けで眼鏡を掛けた男が口を開いた。


「堂園朗くんですね? 抵抗もせず、素直によく来てくれました」


「お前らが無理矢理連れてきたんだろ!」声を荒げて朗は反論した。


「まぁまぁ、そんなに興奮しないで。今日は取引をしていただこうと思いましてね。目井松紋之助から預かったものを出してもらいましょうか。このお金と引き替えに。悪い話では無いでしょう?」七三眼鏡は札束をちらつかせた。


「――あれは渡さん。二人の友情の証だ。訳の分からないやつになんか絶対に渡さない」


「訳の分からないやつとは失礼ですね」七三眼鏡は心底呆れたという顔をした。「あなたには失望しました。不本意ですが、手っ取り早く眠ってもらうことにしましょう。永遠にね」


 七三眼鏡が合図を送ると朗を押さえていた屈強な男がジャケットから拳銃を取り出す。そして、もう一人の男は朗のバッグから手紙を見つけて七三眼鏡に手渡した。


「――やめろ。それは柊子ちゃんに送るラブレターだぞ。お前達には関係ないじゃないか!」朗がそう叫ぶと七三眼鏡が高笑いをする。


「ハーッハッハ、関係は大有りなんだよ。どうせお前は死ぬんだ。冥土の土産に教えてやろう。おれは山撫出版社の編集長だ。貴様らが、おれの金脈を逃がしやがったんだ。向江正陽と須田木棗のことだよ、この糞ガキがー!」七三眼鏡は腰の入っていない弱々しいパンチを朗の左頬に打ち込む。


「――あの女め裏切りやがって。こうなったら最後の一儲けとしてこの手紙を発表してやる。『文豪が残した最後のラブレター』としてな」


「やめろー、恥ずかしい。お前たちには人としてのプライドはないのか!」


「世の中はな、金が全てなんだよ。ヒャーッハッハ」


「――おい、山撫出版社。そこまでだ!」


 朗は声のしたほうを振り向く。そこには、スーツをびしっと着こなした男や和装の男たち十数人が入り口ドアからずらずらと入ってきた。


「お、お前は、隅川すみかわ文庫。それに、謹聴きんちょう文庫まで。ややっ! 煤井すすい先生に浜町先生まで、どうしてここに」


 そこには名だたる出版社の編集長から日本を代表する超有名作家たちが勢揃いしていた。


「山撫、お前はなんという馬鹿なことをしてくれたんだ。そこにいる堂園朗さんは目井松紋之助の弟子であり、ノーベル文学賞を受賞した護庵村修の生まれ変わりだぞ、このバカヤロウ。彼は日本文学界の救世主なのだ。だから今、帝國藝術文化大学に通ってもらっているんじゃないか! まさか貴様、知らなかったのか?」


 七三眼鏡の顔が引き攣る。


「追放だ」口々に編集長・作家連合はそう云った。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。おれはノンフィクション畑出身なんだ。だから知らなかったんだよ。頼む、頼みます。ゆ、赦してくれぇ!」拘束され連行される七三眼鏡の悲痛な叫びが廃工場に響き渡った。




――三十年後。


「『――そして朗は、ある条件と引き換えに本腰で作家になる約束を交わした。その条件とは、友人との思い出を忘れないために本書を書籍化するということだった』と」


 ノーベル博物館に併設されたカフェで、再販されることになった自伝の加筆修正をタブレット端末に入力した朗は、立ち上がりカフェの椅子の裏に自筆のサインをした。


「――授賞式はこの後になるんですか?」そう呼びかける妻の柊子が見せる笑顔は、若い頃と変わらず今だに美しい。


「うん、そうだったと思う。なにせ前に来たときからもう一世紀以上経ってしまったからね」朗は懐かしそうな顔をして、護庵村修の記憶が全て蘇った、あの日の茶房墨滴を思い出していた。


「『――では問題。いまから九十年前に、とある文豪が命を絶った。その文豪の名は? そして、その文豪に師事した作家の名は?』」


〈了〉

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巡文学者たちの恋手紙 朝笙 玖一 @kyu1ka8ka

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