第8話 「オッス、シコってる所悪いな」
妙な事になった。
部屋に戻ってベットに寝転ぶと深く溜息を付いてしまった。
あの後、クラスメイトに見つかりやしないかとビクビクしながら歳内を家まで送り届けた。
地元では比較的高級住宅街とされる地域で本当にここで合っているのかと何度も確認して歩を進めると一際大きな一軒家に辿り着いた。
歳内は俺の背中から降りるともう何度目かも分からないメッセージを送って来る。
『こう見えて、お嬢様だぜ』
「すげぇ……ちょっと俺には場違い過ぎるよ。そんじゃこれで」
住宅街の雰囲気に押されて逃げるようにその場を離れようとすると歳内は俺の制服の裾を握って離さない。
『茶の一杯でも飲んでけよ』
「いいよ、気を使ってもらわなくても」
「あら、瑠璃ちゃん……え、お友達?」
家の前でそんなやり取りをしていると物凄くお上品な人が出て来た。とんでもない美人で澄んだ声の人だった。
『おふくろだ』
「いやおふくろって……あの、歳内さんのお母さんこんにちは」
「はい、こんにちは。瑠璃ちゃんを送ってくれたのね、ありがとう。それで、やった?」
ド下品なハンドサインをにこやかな表情で出している歳内の母親。こんな品が良い下品な人をはじめて見た。
「……なるほど、なんか凄い納得しました」
歳内のあのラジオでの振舞いも母親譲りという事だろうか。
どうにも最近は変わった人とばかり知り合いになる気がする、歳内の母親はスマホを見てからニッコリと笑った。
「経緯は瑠璃ちゃんから聞いたわ。ごめんなさいね、びっくりしたでしょう?この子私譲りの可愛い声してるのに小学校の頃声優みたいな声だって言われたの気にして未だにあまり話さないの」
『誰が音響監督と寝るでお馴染みの声優だ馬鹿野郎』
「すんげぇ事言ってんな」
えげつない罵詈雑言を送って来る歳内、どうやらラジオの投稿は彼女の素に近い物のようだ。恐ろしい限りである。
「ほら、上がって上がって。瑠璃ちゃんを送ってくれたお礼をしなくちゃね」
結局、断り切れずに上がって紅茶を頂いてしまった。
中々に押しの強いお母様で今後も瑠璃ちゃんをよろしくね?という目が絶対に逃がさないと言っていたのは気のせいだろうか。
「……彼女と別れてすぐ違う女の子おんぶしてたなんて知られたらヤバいよなぁ」
優美ちゃんとの事はもう割り切らなくてはいけないのだろうが、まだ気持ちの整理もまるでついていないのだ、それに。
ベットの上でウトウトしているとスマホが鳴る。画面を見ると、そこには何度も掛かって来ている少女からの電話だった。
「気持ちの整理……か」
これまで意図的にスルーしていたのだが、こちらも向き合った方が良いのかもしれない。
「あ、やっと出たわねお兄さん。いい度胸ね愛菜の電話無視するなんて」
「……そりゃ、もうお互い話す事もないでしょ?優美ちゃんとの関係も終わっちゃった訳だしさ」
小学生の女の子に半泣きで失恋した場面を見られてしまった訳なので、気まずくて今まで電話に出る事が出来なかった。
愛菜ちゃんは悪い子ではないと分かっていても、あたってしまいそうでそれも電話を取るのを戸惑らせる一因となった。
「いじけちゃってぇ……それで、どうなの?やり直したいの?もういいの?」
「……もう勘弁してよ。愛菜ちゃん」
優美ちゃんの事は今でも好きだ。女々しいと言われるかもしれないが紛れもない事実だった。
「このままじゃ、愛菜の寝付きが悪いでしょ。言いなさいよ。お前のせいで別れる事になったんだって」
「……愛菜ちゃんのせいじゃないよ。あの勝負を受けたのは俺だし」
愛菜ちゃんなりの言い方ではあるが、きっと悪いと思っているのだろう。
「……不器用ね。お兄さんもあの幼馴染のお姉さんも」
「雅は関係ないだろ?」
「大有りよ……お兄さん、この後どうするの?」
「どうするも、今まで通り平凡で代わり映えのしない日々を送るよ」
電話越しの愛菜ちゃんは溜息を付くとそのまま続けた。
「平凡ね……これは愛菜の予感なんだけど。お兄さん顔もスタイルも平凡だけど。女運だけはおかしいと思うわ。ワンちゃんのお姉さんみたいな堅物じゃなく、ぶっ飛んだ女に好かれるタイプね。あのお姉さんよりいい人が意外と近くに居るかもよ?」
ギョッとしてしまう。この子は本当に何者なんだろうか。
「……そんな訳ないだろ。心配してくれてありがとう。勇樹くんと仲良くね」
「何締めようとしてんのよ。ワンちゃんは私のペットなんだから仲良くも何もないわよ……ワンちゃんのお姉さんとの事はお兄さんに一つ貸しだから困ったら愛菜に連絡しなさい」
「……勇樹くんの言う通り、本当に優しい子だね愛菜ちゃんは」
「はぁ!?あのワンちゃんそんなナメた事言ってんの……また遊んであげるから。じゃあね」
愛菜ちゃんは珍しく照れているのかそう言って電話をブツ切りした。
思い返せばまだ数週間の付き合いなのだが、随分と深い付き合いのような気がしてくるのが不思議な所だ。
「ぶっ飛んだ女の子か」
まさに今日出会った女の子を思い出す。小さな彼女を背負うと女の子らしい甘い匂いがして来たのを思い出す。
優美ちゃんとそういう事をしたかったが結局手を繋いだだけで終わってしまった。
歳内瑠璃、かなり変わった子で初めて会話を交わして数分でプロポーズされてしまった。
「……本気だったのかな。それともラジオのネタとか?」
そんな事を呟いている内に、スマホにメッセージが届く。ちょうど彼女からのようだった。
『オッス、シコってる所悪いな』
クラスメイトの女子とするやり取りなのだろうか、ついつい男友達とメッセージのやり取りをしている気分になってしまう。
『まだシコってないよ』
『今日はサンキューな。手帳見つけてくれたのがお前で良かったよ』
『そっか、それなら良かったよ』
『……電話していいか?』
『え?なんで?』
『おふくろに言われたんだよ。お礼くらい自分の口で言えって』
つい苦笑してしまう、傍若無人の歳内も母親の言う事は聞くようだった。
『ああ、別に気にしなくていいのに』
『という訳で電話すっぞ』
すぐさま、着信がある。出ると歳内の息遣いが聞こえて来る。
「もしもし?」
「……」
「無理しなくても大丈夫だよ」
「……今日はありがとう」
消え入りそうな、だが確かに母親譲りの可愛いらしい声でお礼を言う歳内。
なんだが微笑ましくて思ったままの感想を伝えてしまう。
「めちゃくちゃ可愛い声だね」
「……っ!!」
電話が切れたかと思うと。物凄いスピードでメッセージが送られてくる。
『可愛いのは顔だけにしろとかやかましいわ!』
『いや言ってないよ』
『じゃあ付き合うって事でいいな?よろしくなダーリン』
『会話になってないって』
正直に言ってしまうと。歳内とのメッセージのやり取りは滅茶苦茶に楽しかった。
だが、それでもダメなのだ。
『ごめん。噂で聞いてるかもしれないけど。俺ついこの間大原さんと別れたばっかりなんだ』
『ああ、陽キャ連中がはしゃいでたな』
『女の子と別れてすぐに違う子に乗り換えるような真似は嫌なんだ。ごめん』
『そうか。じゃあ待つわ』
その返信に、軽い衝撃を受けた。どんな罵詈雑言が飛んで来るかと身構えていたのだが。
『これまで何年も一人だったからな。何か月でも何年でも待つよ』
『なんで俺なの?別にどこにでもいるような男だし、歳内さんくらい可愛いかったらもっとカッコイイ男と付き合えるよ』
そんな返信を返して数分が経つと、また電話が鳴った。
また歳内からだったが、何か伝えたい事があるのだろうか。
「もしもし?どうしたの?」
「……あんな汚ねぇ文章書いてるのバレても普通に接してくれる男好きになって何が悪いんだばかぁ!」
彼女なりの大声だったのだろう。ハァハァ息切れした後電話は切れてしまった。
『おやすみ!!!』
それだけ残してメッセージのやり取りは終わった。
俺は……俺はどうしたらいいのだろうか。
初心カップルも弟もメスガキ様に支配されちゃいました~♡♡♡ 金魂単騎 @kintamatanki
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