一章 それは運命の出会い
第7話 「よし、じゃあ結婚してやる」
夢のようだった一ヶ月は唐突に終わりを告げた。
誰のせいでもなく、自らのせいで。
俺は倒れ込むようにベットに寝転ぶ、優美ちゃんが待っていると思うとあれだけ足取りが軽かった通学も今日は地獄のような気分だった。
平静を装っているつもりだったがバレバレだったのだろう、昼休みに入った頃には俺の周りには男子の人だかりが出来ていた。
クラスのお調子者達に別れたんだろ?と詰められ距離を置いているとだけ言うと彼らは大喜びし、肩を抱いて祝福して来た。
ぶん殴ってやりたかったがその元気も無かった、帰る頃には学年中に優美ちゃんがフリーになった事が知れ渡っているようだった。
結局の所、皆からすると学年トップレベルの美少女優美ちゃんが訳の分からない平凡な男に引っ掛かっていた。という認識なのだろう。あまり話た事のない女子にも元気だしなよとニヤニヤしながら話掛けられた。
「と、俊哉……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。俺はいいから優美ちゃんが余計な心配しないようにフォローしてやってくれ」
放課後、声を掛けてくる雅を振り切って帰路に付く、今にも一雨来そうな曇天だがもう梅雨の季節だ。これからしばらくこんな天気なのだろう。
あれだけ輝いて見えた彼女との季節が文字通り曇ってしまった訳だ、夏は何処に行こうかなんて浮かれていた数日前の自分との差に少し笑ってしまう。
「……ああ、ラジオ」
こんな時でも、習慣というのは染み付いているのか。俺は無意識の内にラジオを付けていた。毎週楽しみにしている芸人のラジオで中高生にも大人気のラジオだ。
芸人のラジオとあって下ネタと悪ノリのオンパレードだが今の俺には少しでも笑いが欲しかった。
「コーナー前にメール行きますか。ラジオネーム・ペケマル……またコイツかよ」
ラジオパーソナリティがメールを読み上げる、この番組では有名なハガキ職人で自称女子高校生らしいのだが罵詈雑言と下ネタを得意としているリスナーだ。
「おい!童貞ちんぽ共!今週もハイパー美少女ペケマルの近況報告のコーナーだ!何がどう間違っているのか、高校に入学して二ヶ月が過ぎたが未だに人っ子一人声を掛けて来やがらねぇ!うちのクラスはインポ野郎の集まりか!いいかよく聞け!美少女とウサギは寂しいと死ぬんだ馬鹿野郎!」
「勝手にコーナー作って送って来るんじゃねぇ!てかこんな汚ねぇ文章書く女子高生居る訳ねぇだろ!どうせ中身オッサンだろうがよ……律儀に性別欄女で投稿して来やがって。グッズやるからもう送ってくるなよ」
パーソナリティは爆笑しながら自称女子高校生にノベルティグッズをプレゼントしている。
こんな精神状態でもクスリとさせてくれるのだからやはり笑いというのは偉大だと思う。
ついこれから先の学校生活を思うと塞ぎ込んでしまいそうになるが、前向きに頑張って行こうと思う。
「愛菜ちゃん、ここに居たんだ」
あの衝撃的な出来事から数日が過ぎ、普段昼休みは教室に居る愛菜ちゃんが見当たらなかったので学校の中を探していた所だった。
お姉ちゃんは部屋でずっと泣いているようで、疲れ切った顔をなんとか整えて学校に向かって行くのを繰り返していた。お父さんもお母さんもなんとなく失恋したのだろうと察したようだ。
「……まったく。ワンちゃんのお姉さんとその元彼氏のせいで最近寝付きが悪くてね」
どうやらお昼寝しようとしていたらしい。隣に苦笑しながら座る。
「事の元凶は僕らなんだけどね」
「それよ。あのお兄さんさ、平凡な見た目してるけど大分変わってるわ……普通全部私達のせいにするでしょ……なんで全部自分で背負い込んで別れる事になるか愛菜には理解出来ないわ」
「なんでもお見通しの愛菜ちゃんにしては珍しいね」
「うるさいわね……アンタお姉ちゃん落ち着いて来たら色々聞き出してきなさい」
やはり、愛菜ちゃんは事の原因が自分達にあるのをよく理解しているようだった。
あの時僕が愛菜ちゃんをどう思っているかをキチンと伝えていれば。その後悔だけが残っている。
「愛菜ちゃんは、あの二人をもう一回付きあわせたいんだよね?」
「……ワンちゃん、どう思う?あの二人私達が居なかったら上手く行ってたと思う?」
「……正直、怪しい気がする。お姉ちゃんは真面目過ぎるし大和田さんは何処か変わってるし」
かなり痛い所だ。正直あの二人は愛菜ちゃんとお姉ちゃん程ではないがそこまで相性が良いとは思えなかった。
「ね……私もそう思う。あのお兄さんと相性バッチリな人が居ると思うのよね」
「それって、山岡さん?」
「んーそうかもしれないけど……なんかビビッと来ないのよね」
「愛菜ちゃんは感覚派だからねぇ」
お姉ちゃんにはまた大和田さんと二人で仲良くして欲しい。
だが、周りの人間がお節介であの二人をまた無理にくっつけて、それで良いのだろうか。
僕も愛菜ちゃんもその答えを出せずにいた。
「……ん、そろそろ帰るか」
どうにも、本調子じゃないなと自嘲する。教室の窓から部活をしている同級生達を眺めているとかなり日が傾いている時刻になってしまった。
あれから気が抜けたように過ごしてしまい時間があっという間に過ぎてしまう。
このままじゃ駄目だな、と立ち上がると近くの席に手帳が落ちているのに気がつく。
「落とし物か?誰のだろ」
勝手に開いたらマズいかと思うが何かの手掛かりになるかもと思いペラペラとめくる。
そこには想像を遥かに超えた物が書かれていた。
スパーン!と教室の扉が開く、驚いて見ると少女が肩で息をしている。
「えっと……歳内瑠璃さん……だっけか。どうしたの?」
同じクラスの少女なのだが、彼女が誰かと話しているのを見た事が無かった。
というより面と向かって顔を確認するのも始めてで、誰かが相当可愛いと言っていたような気がするが声も聞いた事がない間柄だった。
彼女は俺が手に持った手帳を見るとギョッとした表情を浮かべてその小さな体で俺に突進して来た。
「お、落ち着いて!」
手帳を取りあげるとジッと俺の事を見ている。何かを言いたいようなのだが声が出て来ないようだ。
彼女はスッとスマホを差し出すとQR画面を表示させた。読み込めという事なのだろうか。
「え、えっと……交換するの?」
首をうんうんと上下させる。顔の可愛さも相まってまるで小動物のような愛くるしさがある。
勢いに押されて交換すると彼女は恐ろしい勢いでスマホをタップし始めまったく想像しない文章を送り付けて来た。
『てめぇやりやがったな。人様の手帳勝手に見るなんて下着泥棒みてぇな真似
しくさりやがって。誰かに言ったらてめぇの包茎ちんぽ縛り上げて水風船みてぇにしてやるからな』
「いやキャラ違い過ぎるだろ……ってか、え?本物のペケマルさん?」
つい声を上げて突っ込んでしまった。可愛らしい彼女から想像も出来ない罵詈雑言が送り付けられて驚いたが、俺はそれ以上に確認しなければいけない事があった。
彼女はギクッという表情を浮かべて恐る恐るスマホをタップする。
『お前、ゲロリスかよ』
ゲロリス、あのラジオを好んで聞くようなゲロみたいなリスナーを称してそう呼ばれていた。
そしてそのラジオのエースとも言えるハガキ職人が今目の前に居た。
つい見てしまったあの手帳にはラジオ投稿用のネタがびっしりと書き込まれていた。
「マジか、マジで高校生だったんだ……毎週笑わせて貰ってるよ、この前もしんどい気分だったけど笑えた」
『……引かねぇのか?』
彼女は困惑したような表情を浮かべている、まだ声を聞かせてくれないが。授業中当てられた時本当に小さな声で応えていたのであまり喋るのが得意ではないのかもしれない。
「なんで?俺には考え付かないようなネタばっかりで尊敬するよ」
『よし、じゃあ結婚してやる』
「……え?」
顔を上げると彼女は一切照れた様子もなく真面目な顔でうんうん頷いていた。
どうやら、相当の変わり者のようだ。
『陰キャ舐めんなよ。この出会い逃せば次がねぇ事くらい分かってる』
だが、俺はこんな冗談に付き合えるような気分ではなかった。
恋愛という物がどれだけ大変な物なのか身に染みて理解したばかりなのだから
「ごめん、そういう気分になれな……何してるの?」
真面目に断ろうとした瞬間、彼女は俺におんぶをせがんでいた。
『ここまで鬼ダッシュしてもう動けねぇから。家まで送れ』
困惑するばかりの俺であったが、手帳を見てしまった負い目もある。
生徒達に見つからないよう。彼女をおぶって学校を出るのだった。
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