三丁目に沈む夕陽は血の如く、かくも赤く

白川津 中々

 三丁目昼食戦争は激戦の様相を呈していた。


 事は一年前。バッファロー亭とカウカウ軒の骨肉の争いに端を発する。

 両店はいずれも中華飯店であったが、バッファロー亭は炒飯、天津飯、中華丼などの米系商品が、カウカウ軒は餃子、焼売、小籠包などの天津商品が売りであり、それぞれ住み分けができていた。


 ところがある日、バッファロー亭が急に天津系商品を推すようになる。何があったと食してみれば仰天。カウカウ軒と瓜二つの味なのであった。

 これは勿論偶然ではない。バッファロー亭の主人が秘密裏に入手したカウカウ軒の天津商品を分析し、遜色ないレベルに仕上げたのだ。おまけにカウカウ軒よりも百円安い四百八十円での提供。この値段設定、実は収支トントン。売上次第では赤字となりかねない賭けであったがジェネリックカウカウ軒天津は当たりに当たり客足はバッファロー亭に集中。カウカウ軒は倒産、丁寧にいえば経営破綻おとうさんの危機に立たされる事となる。


 カウカウ軒店主は黙ってはいなかった。パクられたらパクリ返すとバッファロー亭の米系商品を入手し、自らも当て付けが如く米キャンペーンを展開せんと画策。しかし、バッファロー亭の米は中国の闇ルートから仕入れた適応米を使用していた。米なくしては成り立たぬ模倣不能な唯一無二の商品にカウカウ軒の計画は水泡に帰す。

 だが黙ってはいられない。黙ってはいられないのだ。米がないなら麺を使えばいいじゃないとカウカウ軒はバッファロー亭の味付けを転用した麺商品を開発。天津麺、玉子焼きそば、餡掛けバリそばといった目玉料理多数を打ち出したのであった。これがまた大当たりとなり、見事バッファロー亭から客を取り戻す事に成功。両者の争いは再び膠着状態となる。


 この均衡を崩したのが新規出店店舗。麺屋モーモー一番であった。

 モーモー一番は豚骨、鶏白湯、魚介、ブレンドと多くのベーススープの拉麺を高い水準で提供するオールウェイズな一流拉麺屋である。これまでなかったハイクオリティヌードルが三丁目の住人とサラリーマンに与えた衝撃は絶大で、多くの人間はその緻密な味のスープの虜となり、モーモー一番はバッファロー亭、カウカウ軒の客を根こそぎ掻っ攫っていったのだった。戦況は一挙に転変。新興戦力であるモーモー一番の一人勝ちとなる。


 かに思えた。



 モーモー一番の拉麺は確かに素晴らしく、至高の領域に近いものであった。しかし、味に比例し値段もそこそこ。こだわり抜いた食材はそのまま価格に反映され客の財布を圧迫。金欠者多数となりカウカウ軒、バッファロー亭に再び賑わいが見られるようになる。三店はそれぞれ睨み合いとなり、それぞれがそれぞれを出し抜かんと次の一手をあれこれ考え不気味な静けさを生んだのだが、それは、波乱の前の寂寞であった。


 程なくして三丁目に新たなる嵐が吹き荒れる。大衆中華チェーン店チャイナホルスタインが進出を果たしたのだ。


 競争化が進み活発となった市場にいよいよ巨大資本が牙を向いた。大量仕入れと非正規雇用によって実現する非現実的な低価格。魅惑のロープライスに消費者が抗えようか。いや、抗えない。システム化を徹底した営業はもはや経済的暴力行為ともいえる。チャイナホルスタインはみるみると集客に成功し、系列店ランキングにおいて全国三位の実績を上げた。


 これに伴い二匹目の泥鰌を狙う企業が続々とブランド店舗を打ち出す。水牛庵、ビーフ苑、レストランアンガスなど名だたる飲食店が軒を連ねると、三丁目にランチ昼食戦国時代が到来したのであった。個人店であるバッファロー亭、カウカウ軒、モーモー一番は資本の不利を補うべくトライアドを組織。共同商品開発や地域密着キャンペーンにより生き残りをかける。対して、チャイナホルスタインをはじめとするチェーン店は有り余る資金により値下げやクーポン。また、他電子系サービスのポイント付与などの力技に出る。


 ランチ紛争地帯と化した三丁目。生き残りを賭けた戦いはもはや泥沼。刻々と変化していく戦況では今も多くのが流れている。勝っても負けても何かを失う事になるが、誰もが後に退けない状態となっていた。


 それを尻目に食べるカップラーメンは、美味い。

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