追放されたら悪堕ちしました 〜私はただの聖女であって魔王でも救世主でも研究対象でもありません!〜

黄鱗きいろ

第1話 沼へとドボン

 私、聖女リリューンは勇者パーティを追放されました。


 というか事故に見せかけて今まさに殺されようとしています。


 いや、まあね? 心当たりはあるんですよ。


 毒の沼に沈みゆきながら、いっそ冷静に私は思案します。


 魔王を討伐すべく王によって結成された若き勇者パーティ。


 聖女である私はそんな彼らのお目付役というやつでした。


 彼らにとっては、それはもう鬱陶しかったでしょうねえ。


 私は聖教会から派遣された聖女。王権と神性の権力ゲームの結果、パーティに加入した余所者です。


 そのくせ、教会との関係を悪化させたくない王様は、勇者さんたちに私の一挙一動を尊重するように命じていました。


 その結果生まれたのは、いちいち教会の教えを説く私をまるでお姫様のようにチヤホヤしなければならない地獄のような旅路でした。


 それにしたって、魔法の源である声を出させないようのどを潰してから毒沼に突き落とすのはどうかと思いますが。


 一応弁明しておくと、私にとっても地獄のような日々でしたからね!?


 私だって好きでチヤホヤ生活を送っていたわけじゃないんです。


 ただそう――ただの村娘であった自分を見出してここまで育ててくれた教会。そんな方々の意図と違うことをするほどの勇気は私にはありませんでした。


 だからこれは神様からの罰なんだと思います。


 罰を受ける心当たりならもう一つありますし。


 聖女という立場の都合上、勇者さんたちには無益な殺生をしないように説いていましたが実は私――お肉が大好きなんです。


 教会の教えでは聖女は肉を食べてはいけないので、彼らの前では絶対に食べませんでしたが。


 ああ、旅の途中で仕留めた鹿肉を美味しそうに食べる彼らがどれほど羨ましかったことか!


 一度だけ、とある行商の方がこっそり干し肉を分けてくださった時には、いっそ涙が出てしまいそうになりましたとも。


 うー、そんなことを考えていたらお腹が空いてきました。


 こんな人生、最後ぐらいお腹いっぱいお肉を食べたかった……。


「――――」


「――――――?」


 幻聴でしょうか。


 誰かが頭上で話しているのが聞こえます。


「――んな――物好き――」


「――肉にして売り――――」


 えっ、今肉って言いました?


 カッと意識がはっきりする心地がしました。


 ずるいです。ずるいずるい!


 こちとら不本意な旅路の果てに悲惨な裏切りにあって死にそうになってるんですよ!?


 そんな私の近くでお肉の話とか気遣いって言葉を知らないんですか!?


 許せません。これは死に際にお肉の一切れも分けてもらわねば。


 決意を胸に私は毒に浸された手足に力をこめます。


 うおおーー!


 動け動け私の体よ動けーーーー!


(お肉食べたい!!!!!)


 勢いよく跳ね起き、私はきょとんとあたりを見ました。


 ここは毒の沼のほとりのようです。


 私より少し低い位置には驚きで固まる二人の男性がいました。荷馬車があるのを見るに、旅の商人のようです。


 というかお二人ともどうしてそんなに背が低いんです? 私は平均的な女性の身長のはずですが……。


「うわああああ!」


「魔物っ、化け物だ……!!」


 違います。私は聖女です。


 そう弁明しようにものどから声は出ませんでした。


 そういえば勇者さんたちに念入りに潰されたんでした……。


 それでも勘違いを正そうと私はなんとか彼らに話しかけようとします。


(違いますよ旅のお方。私はとある理由で毒沼に落ちてしまっただけの聖女なのです)


 口から出たのはヒューヒューと空気が抜ける音だけでした。


 それがさらに勘違いを生んでしまったのでしょう。


 商人の二人は転がるようにして私の前から逃げ去っていきました。


(誤解なのに……)


 そんなに恐ろしく見えるほど汚れてしまっているのでしょうか。ちょっとショックです。


 がっくりと肩を落としていると、ふと美味しそうな匂いが鼻をくすぐりました。


 そちらを見ると木に繋がれたまま暴れるお馬さんの姿が。


 ふむ、馬肉。


 最後の晩餐にはそれもありなのでは?


 私はやけに軽い体を引きずって馬に近づきます。


 そして――大きく口を開けて馬にかぶりつきました。


 その途端、口の中にお肉の風味がじゅわっと広がります。


 ああお肉だ……これでもう思い残すことはない……。


 命を提供してくれたお馬さんのためにも骨も残さず体を咀嚼していると、ふと足元から視線を感じました。


 見下ろすと、ツノが折れてしまった獣耳の少女が震えていました。


 あれ、魔族さんですね?


 彼女は体を戦慄かせながら呟きます。


「ま、魔王陛下……?」


 はい? 私は聖女ですが?

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