なお悟りゆく

先程の様子から一転し、必死に叫ぶライセに、将臣は、恐らくはさして間も置かずに来るであろう、カミュからの第二波に備えながらも、頷いた。


「当然だ。俺の父親…レイヴァンからも、情報としてではあるが、話は聞いている。

お前たち二人をサヴァイス様に奪われそうになった際、副人格のカミュは、己の父親であるはずの、当のサヴァイス様に逆らってでも、自らの子を唯香の手元に残すことを望んでいたようだったと…

そして何よりも、子どもと唯香のことを強く気にかけていた…とな」

「!えっ…」


思いもかけなかった事実を、このタイミングで告げられたライセは、そう言ったきり、後の言葉が続かなかった。


…今の言葉が本当だとすれば、かつての父親は、ルイセばかりではなく自分を…

今はこの世界の皇子であるはずの自分をも、母親である唯香の手元に残すことを望んでいたというのか…!?


勿論、父親は、初めは当然の如く、自分とルイセの二人共を手に入れることを望んだのだろうが、それが叶わないのであれば、せめてひとりだけでも…という考えが根底にあったのだろう。


つまり、その際に自分たちが母親の手に戻っていたとするなら…

自分とルイセは、同じように人間界で育っていて当たり前。

精の黒瞑界で共に育つことなどは、まず有り得なかったはずだ。


…では、自分は初めから、ルイセを非難できる立場になど、なかったのではないか?


この世界を統治する皇族の血を引くルイセが、人間界で育ったのが当然ではないように、多少なりとも人間の血を引いているはずの自分が、この世界で育ったのも…

決して当然などではなかったのではないか。


そして、そんな自分の言い分が、立場ばかりに偏り、真実も視えず、ひどく歪んでいたために…

結果として、ルイセは兄である自分に反発したのではないか?



それまでは違うと思われていたその立場が、実は、全く同じものであったから。



「…だとすれば…」


ライセは我知らず、眉根を寄せた。

…その目が、巡らせる考えに比例して、徐々に鋭くなっていく。


「この扱いは、あまりにも不当だ…!」


…誰を示唆しているかは言うまでもない。

非難の矛先は、他でもない…


「父上!」


つい先程まで父親相手に臆していたとは思えない程の強い口調で、ライセはカミュに呼びかけた。


「……」


対して、カミュは相変わらずの冷たい視線をライセに投げかける。

しかし、そんな父親の態度をものともせず、ライセはカミュに、再び噛みつくように叫んだ。


「父上! …その者をここまで引き込んでしまったのは、俺のミスです!

奴は…ルファイアは、俺がこの命に代えても、必ずここで止めて見せます!

ですから父上は、この場に構わず、母上の行方を追って下さい!」

「…、何を言うかと思えば…、唯香の後を追えだと?

馬鹿な。お前ごとき力無き若輩が、ルファイアの相手になるか」


そう吐き捨てて、再びルファイアと対峙しようとしたカミュを遮ったのは、他でもない将臣だった。


「…カミュ、ライセは己の存在を証明する手段として、強敵であることを百も承知の上で、それでもあえてルファイアと戦うことを望んでいる…!

お前も人格が違うとはいえ、父親だと…

この世界の皇子であるというのなら、息子であるライセの気持ちも、少しは察してやったらどうなんだ?」

「!…将臣さん…」


ライセが将臣の言葉に、どこか安堵と驚きの混じったような表情を浮かべる。


そのやり取りを、カミュは黙ったまま、冷めた瞳で眺めていたが…

次には、ルファイアから手を引いていた。


「…いいだろう。そうまで言うなら見せてみろ…

これでルファイアに殺されるようであれば、お前は相手の力量すらも測れぬ愚か者だということだ。

勝てばそれで良し、負けるようであれば…

もし生き延びたとしても、その時は俺がお前に直接手を下す。

それでいいな」

「ええ、構いません。…有難うございます、父上」


カミュの恐ろしい提案に、躊躇うこともなく返答したライセには、ある種の覚悟が鮮明に見てとれた。

そして将臣は、そんなライセの覚悟を察したからこそ、黙りを決め込んでいた。


…自らの命をも賭したライセの決意に、伯父であることを盾に、水を差すような真似はしたくなかったからだ。


すると、カミュはその紫の瞳でルファイアを一瞥し、冷たくも一言、こう告げた。


「手を抜く必要はないぞ、ルファイア」


一瞬、嘲笑うようにその口許を緩めたカミュは、そのまま静かに瞳を閉じると、魔力による空間移動を行い…


雨の降り頻る精の黒瞑界から、その姿を消した。

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