雨に混じる感情

…耳に、一定の水音が響く。

時に、とても心地よく

時に、とても耳障りな音。


それは天から引かれて地に落ちる。

集まり、増し

滴から、溜に

川から、河に

滝から、海に

水から、空に

…その、全ての輪廻の根源。



──いつの間にか、雨が降っていた。



しとしとと、水がさせる特有の音に、しばし耳を傾けていたカミュは、自らの体が濡れることも構わずに、その状況に身を任せていた。


闇が全てを支配する、精の黒瞑界にも雨は降る。

ただし、それは天候でではなく、あくまで強力な魔力による歪みによって起こる、いわば天災のようなものでだ。


それ故に。

その時も、それで当然のように…

降り頻る雨は、容赦なくその周囲を濡らしていた。


「…、ルファイア…」


眼前の強敵・ルファイアと対峙していたカミュは、殺気を帯びたその紫眼を油断なく尖らせると、食い入るように彼を見据えた。


それに、ルファイアはいかにも楽しげに笑む。


「いい殺気だ。どうやら、以前より少しはマシになったようだな」


そしてルファイアは、こうも付け加えた。


「命拾いしたな、カミュ皇子。…人間界でのあの腑抜け状態を引きずっているようなら、今度こそ問答無用で殺すところだったぞ」

「よく言う。傲るなど貴様らしくもないことだ。随分と下らない余裕を見せているようだが、闇魔界の者の力とは、その程度のものなのか?」


言い捨てながら、カミュは自らの手に、途方もない規模の魔力を集中させた。

だが、その矛先は…

ルファイアではなく、明らかにライセと将臣の方だった。


「!…ち…、父上っ!」


さすがに謂われのないことで敵視されたライセが声をあげる。

しかし、そんなライセに、カミュは到底息子に向けるとは思えないような、凍てつく視線を投げかけた。


「失せろ、ライセ。…お前には、もはや何も望みはしない」

「!…父上っ…!?」


ライセは戸惑いと、驚きを含んだ瞳で父親を見つめながら、呆然と立ち尽くした。


…ただ、ヴァルディアスとルファイアの侵入を許しただけで…

何故こうまで、咎め責められなければならないのだろう。


それが甘さと言われればそれまでだが。

未だろくに戦いもしていないうちから…


──“何故”?


「理由が知りたいか?」


カミュがライセに残酷な瞳を落として訊ねる。

それを傍らで聞いていた将臣は、ライセのことを思ってか、さすがに堪り兼ねてカミュを遮った。


「…“カミュ”、いい加減にしろ。

俺たちは、お前にそれほどまでに敵意を持たれるようなことは、何ひとつしてはいないはずだ」

「…、何ひとつしてはいない…だと?

ふざけるな、貴様っ!」


将臣の制止に、一気に感情が高ぶったカミュが、瞬時に攻勢に出た。

その手に今まで凝縮されていた、凄まじい規模で構成されたはずの魔力を…

その魔力を、まともに将臣とライセに向けて放ったのだ。


「!?」


二人が警戒する間もない程に、的確に先手を取られ、それは無情にも轟音にも近い爆砕音と共に、彼らに直撃する。

これには思わず、事を仕掛けたはずのルファイアですらも、その端正な顔を引き締まらせざるを得なかった。


「さすがに以前とは大違いだ。躊躇いなく身内に攻撃を加えるとはな。

面白い。やはりカミュ皇子はこうでなければ…!」

「──愚かな身内を断罪するのに、躊躇いなど必要ない」


カミュは自らの感情を冷静へと導きつつ、こうも付け加えた。


「そして、それは貴様も同じだ…ルファイア」


美しいその身に潜む魔を、徐々に表に出しつつ、カミュは左手に強力な魔力の構成を編みあげた。


その、稀に見る強大な魔力を際限なく、しかも惜しむこともなく続け様に使う、精の黒瞑界の皇子の様子に、先程までどこか余裕を浮かべていたルファイアの表情に、些かの警戒が混じる。


「…そろそろ本気でかからねばならないようだな」


言葉にすら警戒を折り混ぜたルファイアは、将臣とライセの方へと視線を走らせた。


辺り一帯に砂埃が立ち込める中に、燦然と蒼の魔力が輝く。

どうやら、将臣がとっさに魔力による障壁を張り、何とかカミュの攻撃を凌いだようだ。


だが、自分より実力のある者の魔力を、まともに防御した反動からか、将臣の両手には、所々ではあるが、切り傷が刻まれていた。

それに目ざとく気付いたライセが、焦ったように声をあげる。


「!ま、将臣さん…」

「慌てるな。この程度…たいしたことはない」


それでも将臣は、何かを堪えるように、僅かに目を細めている。


「…やはり、以前のカミュは影もない…か」


半ば諦めたように、将臣が息をつくのと同時に、それを聞き咎めたライセが、なお焦りを覚えて声をあげる。


「将臣さん! その、以前の父上というのは、もしや…!」

「…お前の、本当の父親とされる男だ」


将臣は、今の状況を良く分かっていながらも、それでもあえて話を続けていた。


口にしているのは、紛れもない真実。

今更歪めることも、介入することも叶わない、もはや事実と化した『真実』だ。


「だが、例え表れるのが主人格であろうと副人格であろうと、カミュがお前の父親であることに、変わりはないはずだ…」

「……」


何だかいたたまれなくなり、ライセは無言のまま瞳を落とす。

戸惑いと葛藤を同居させたような、その蒼の光が、わずかに濁った。


「…、ライセ、良く聞け。カミュは…、副人格の方のカミュは…

お前を疎んじたりはしなかった。それどころか…」


むしろ、と言葉を続けようとした将臣の服を掴み、ライセは縋るように必死に自らの気持ちを口にした。


「将臣さん! 俺は…

俺の存在は、父上に望まれていたのですか!?」

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