多々なる介入者
「…全く…、苛々する…
いきなり現れて好き放題とは…、何なんだ? あいつは…!」
怒りが高じて部屋を飛び出した累世は、自らの言葉通り、苛立ちを顔に張り付けながらも、独りごちていた。
いつもなら、何か嫌なことがあったり腹が立つことがあったりすると、気晴らしに、恭一や夏紀を誘って遊びに行くところなのだが、今日はさすがに、気分がよほど最悪だったのか…
到底そんな気にはなれずに、累世はひとり、街外れにある小高い丘へと向かっていた。
その丘には、幼い頃から世話になっている。
本当に、ちょっとした丘なのだが、その周りには木々の緑が映え、自然物以外には何もないところ故に、訪れる者も滅多にいない。
それ故に、ここで怒っても咎める者も、ここで泣いても責める者もいない。
それが累世の、その丘が気に入った所以だった。
しばらく歩いて、丘に着いた累世は、求めていた場所に着いた安堵感からか、服が汚れることなど全く構わずに、地面に手をつき、ゆっくりと腰を下ろした。
ちくちくとした草の感覚が、今日は何故か暖かさと懐かしさを感じさせる。
累世は空を見上げた。
夕方の風景に相応しい、吸い込まれそうな茜。
鮮やかな橙の中にも、時折混じる、白い雲。
それを見上げる累世の体を、まだ昼の暖かさの残る風が、心地良く撫でていく。
…しばらくそうしていることで、自らの中のどろどろとしたものが、さざ波のように引いていくのが分かった。
「…そうだ、今まで父親も兄もいなかった…、居なくて当然だったんだ。
その存在に、今更俺が振り回されることなんか…
俺が怒る理由など、何ひとつない」
そう悟った累世の口元には、先程とは打って変わった、余裕の笑みがあった。
「…俺の父親は元々いない。これ以上、あいつなどを相手にする必要はない」
呟いた累世は、徐に立ち上がると、体についた細かい草を払った。
まず腰回りを払い、続けて膝から下を払う。
当然ながら、この時の累世の視線は、先程までの空ではなく、地面の方へと向いていた。
…すると、その時。
「──あなた…“ルイセ=ブライン”?」
いきなり上から、少女の声がした。
「…!?」
突然のことに、累世が驚いて見上げると、そこには蒼い、長い髪の少女がいた。
しなやかで、それでいて…たおやか。
一見、か弱そうではあるが、その中にも、芯が一本立っているような強さも窺える。
そして何よりその全体的なイメージ。それは限りなく水に近いものだった。
見知らぬ少女が話しかけて来たことで、累世は呆気にとられながらも、それでも律儀に口を開いた。
「いや、俺はそんな名前じゃない」
「えっ? …あなた、ルイセ=ブラインじゃないの?」
透き通った蒼の目に、上目遣いで問われ、累世はそれに引き込まれそうになりながらも、話を続けた。
「人違いだ。俺の名は確かにルイセだが…そんな名字じゃない」
「ライセ=ブラインと同じ外見を持つのに?」
「!」
累世の表情が、目に見えて強張った。
…“ライセ”…、それは確かに自分の兄の名だ。
「!…何故、お前がその名を知っている!?」
「…、その表情を見る限りでは、あなたは間違いなくルイセ=ブライン本人ね…?」
「違うと言っているだろう! 俺の名は…」
神崎累世だ、と言おうとして、遅まきながら累世は気付いた。
──“ブライン”?
“ブライン”というのは…もしかしなくとも、父方の姓ではないだろうか。
それが証拠に、先刻この少女は、兄の名を出した時、“ライセ=ブライン”と言った。
それから考えても、この読みはあながち外れてはいないはずだ。
…だが。
「誰に似ていようが違う。俺の名は神崎累世だ」
「…カンザキ?」
累世の、いたく素っ気ない返事に、少女は戸惑ったような、それでいて嬉しさの入り混じったような、人懐こい笑顔を見せた。
「あなたも、神崎っていうの?」
「…どういう意味だ?」
「よく分かったわ」
「……」
…分からないのはこっちの方だと、累世は呆れたように溜め息をついた。
会話が何となくかみ合わないのもそうだが、少女が何を意図して自分に接触しているのかが分からない。
「…お前、誰なんだ?」
「私を知らないの?」
「知らないな」
「…両親からも、聞いてはいないの?」
少女は肩を竦めて微笑んだ。
「聞いていない」
累世が、ますます少女に関心無く答えると、少女はその笑みを寂しいものへと変え、悲しげな瞳を累世へと向けた。
「そう…、それならよく覚えておいて。
…私の名はアクァエル。アクァエル=シレン」
「…アクァエル…」
累世が少女の表情に気を取られながらも、呟くようにその名を呼んだ…
その途端。
「──お前、何者なの!? すぐにルイセ様から離れなさい!」
威厳のある、女性の声が背後から響いた。
累世がそれに、驚きながらも反応すると、その傍らで、アクァエルと名乗った少女が、忌々しげに唇を噛みしめ、姿を消した。
累世はそれに少しだけ驚き、汗を滲ませる。
「何だったんだ? 今のは…」
…どうも今日は次から次へと、訳の分からないことばかり起きる。
累世がそんなことを考えていると、いつの間にその場に現れたのか、その女性の隣に、ひとりの男性が姿を見せていた。
「かっこいいな、さすがサリア」
「茶化すつもり? もう一発食らわすわよ」
サリアと呼ばれた女性が肘を引くと、男性の方は目に見えて焦った。
心なしか、その肘を警戒しているようにも見える。
そして、その男性の手や首元には、うっすらとではあるが、至る所に爪による傷跡が残っていた。
“一難去ってまた一難”ではないが。
今日は何かに祟られでもしているのだろうか?
累世がさすがに頭を抱え込むと、サリアと呼ばれた女性の方が頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ルイセ様」
「……」
累世は無言のまま、ちらりとサリアに目を走らせた。
まるで君主を前にした騎士のように毅然とした態度を取り、自らに頭を垂れる、目の前の女性の反応が気にかかったからだ。
…累世は手を下ろした。
タイミングを見計らったように、隣の男性が口を開く。
「初めまして…かな? ルイセ様」
「!カイネルっ!」
カミュの時と同様に失礼極まりないカイネルの物言いに、サリアが噛みついた。
同時に、カイネルが肩を竦める。
「!お~怖…」
「貴方ねぇ、怖いくらい礼儀知らずなのは相変わらずだけど、せめて挨拶くらいはきちんとしなさいよ!」
「さらりと失礼なこと言ってくれるな、お前。…けど、あんまり堅っ苦しいと、ルイセ様が敬遠するんじゃないかと…」
言いかけたカイネルは、サリアが徐に肘を構え直したのを察し、口元をひくりと引きつらせた。
「…何でもない」
カイネルが、自らの意志とは反対に、そう呟かざるを得なかった時には既に…
累世は二人に背を向けて歩き出していた。
「あ…?」
目的の人物が徐々に遠ざかっていくことに気付いたカイネルが、慌てて後を追い、累世の前方に回り込む。
サリアがそれに追いついた時には、累世はこれ以上なく不機嫌な表情をしていた。
「…何なんだ、お前ら」
その不機嫌さは図らずも声にも反映されていた。
これを聞いたカイネルとサリアが、驚いたように顔を見合わせる。
内心で考えていたことは全く同一。
(…まるで、ライセ様と話しているようだ…)
声。
態度。
表情。
そして存在感。
全てが…同じだ。
「…えぇと、俺たちは、貴方様の父上の一族を守護する役割を担う、側近【六魔将】というのにあたる者で…」
「あいつの側近?」
累世は胡散臭そうな目を露に睨む。
「そうか…、そういえば皇子だとか言っていたな」
「はい。…勿論、カミュ様の御子のあなた様も、その身分に当たります」
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