更なる拒絶
サリアが、さも当然のように呟く。が、累世は視線を逸らすことでそれを否定した。
「寝ぼけてるのか? そんな戯言に付き合う暇は俺にはない。あいつの側近だとか言うなら尚更だ。…帰れ」
この時点で累世は、父親であるカミュばかりでなく、精の黒瞑界に関係する者全てを拒んでいた。
しかし、この過剰な反応に、サリアの頬が紅潮する。
「!な…?」
「…まあ、いきなり受け入れられるとは思ってなかったが…
それにしてもこれは酷くないか?」
カイネルがサリアに目を落とす。
サリアはすっかり対応に困り、一時は紅潮させていた頬を青ざめさせていた。
「…ど…、どうして…、何故我々を受け入れては下さらないのですか!?」
「煩い。帰れと言ったはずだ」
間髪入れずに、累世が冷たい言葉をまともに浴びせかける。
サリアはそれに、酷い困惑を覚え、焦ったようにカイネルを見た。
カイネル側もそれに気付くも、当事者にまともに拒まれていることから、ただどうしようもなく肩を竦めることしか出来ない。
…しかし、そんな折。
不意に前方から、累世にとって聞き覚えのある声が響いた。
「──話だけでも聞いてあげたら? 累世」
「え…」
累世は、その場にいつの間にか存在していた人物を確認して、驚きを隠せなかった。
…そこにいたのは、長く美しい銀髪に、アメジストのように紫映える瞳を持つ、美しい女性…
そして、それは言うまでもなく…
「!マリィ
累世の蒼の瞳に潜んだ鋭い棘が、わずかに緩和される。
そう…、目の前にいるのは、幼い頃から色々と面倒を見てもらっている、自分の姉のような存在の…マリィだった。
累世は、そんなマリィのことを、親しみの意を込めて【マリィ
歳も6歳しか離れていないことから、その外見や立場的にも、累世は本当の姉のようにマリィを慕っていた。
そのマリィが、突然現れた彼らの話を聞くように、自分を促している。
マリィ自身からも、弟のように可愛がられている累世は、そんなマリィの言葉には弱かった。
「…、分かった。話だけなら聞こう」
何故、マリィが彼らの肩を持つような真似をするのか、累世は真実の全てを把握していないだけに疑問を持ったが、それは直接彼らへの質問に転じてぶつけることにした。
片や、カイネルとサリアも、マリィが累世を間接的にでも、宥めすかし落ち着かせたことで、ほっとしつつも胸を撫で下ろす。
「お手数をおかけして申し訳ありません。助かりました…、マリィ様」
サリアが深々と頭を下げる。
このサリアの稀有な反応に、累世がすぐさま声をあげた。
「マリィ姉…、もしかしなくても、こいつらと顔見知りなのか?」
「……」
マリィはそれには答えなかった。
しかし、その時点で累世は、それを肯定と受け取っていた。
…同時に、こんな様子のマリィに対して、ひとつの疑問が湧き上がる。
「…そういえば、マリィ姉の、その外見…」
【銀髪】までは自分と同じだ。
だからこそ自分は、自らと外見の似た彼女に、より親しみを感じ、これまでに、見た目に他者とは違っていても、内面的には然したる違和感などは覚えなかった。
だが。
…姉と慕っている彼女の瞳は、【紫眼】…
自分のように、【蒼眼】ではない…
“【銀髪紫眼】”。
これでは、まるで…
「あいつと…同じ…!?」
「…あいつと言うのは…累世のお父様のこと?」
淡々とした口調で話すマリィに、累世は明らかに先程の棘を垣間見せた。
「…、どういうことだ、マリィ姉。まさかマリィ姉は…」
「…その口振りだと、何となくでも…予測は付いているんじゃないの?」
マリィは寂しげに微笑んだ。
…真実を話すことで、累世から嫌われてしまうのではないかと案じて。
「…唯香も話していなかったことだけど…、私は本当は、あなたの叔母にあたるの。
累世、あなたのお父様のカミュ=ブラインは… 私の兄よ」
「!…」
累世の表情が、一瞬にして憎しみに彩られた。
…そこに絶望などは全くなく、父親に対する果てのない、深くも乾いた憎しみだけが、累世の感情を蝕んでいた。
「“マリィ姉”…」
低く呟いた累世の口調からは、以前のような親密さは感じられなかった。
…ただ、低く、冷たく…突き放すような物言い。
「…貴女もか…、貴女もあいつと同じなのか…
…俺だけが、今まで何も知らなかった…
自分に関係することだと言うのに…、何ひとつ知らなかったんだな…?」
「!…待って、累世。そう考えるのは仕方のないことだけど… まずは先に私の話を聞いて!」
縋るように累世を宥めようとするマリィのこの言葉は、今の累世には逆効果だった。
累世は我知らず、その心境を声に変え、マリィにぶつけていた。
マリィが真実を知りながらも今まで黙っていたことで、累世は自らが裏切られたような気さえしていた。
言いにくかったのは分かっている。
恐らくは自分を気遣って話さなかったであろうことも。
…そう、これは己のエゴだと分かっている。
だが、やはり許せない。
そうとは知らずに笑っていた過去の自分が。
それを当然のように見守っていた周囲の者たちが…
“許せない”。
「今更、何を聞くことがあるんだよ!?」
「累世…、お願いだから少し落ち着いて!」
「落ち着く必要なんかない!」
累世は今や、あれほど懐いていたマリィの言葉すらも受け入れず、はねつけ、不快な心情のまま、その場から離れようとした。
その傍らで、カイネルが深く溜め息をつく。
「…全く…呆れるくらいカミュ様に似てるな」
「…何だと?」
労るようなマリィの言葉には、耳も貸さなかったはずの累世が、それとは逆に、煽るようなカイネルの言葉には反応した。
そんな累世の様子から、手応えを感じたカイネルは、そのままの口調で累世に話しかける。
「さすがはカミュ様の御子息だ。
その意志の強さ、周囲の者を認めず、拒む様… よく似ている」
「親子だからあいつと似ていると?
…ふん、冗談じゃない。あいつとなど、似ていてたまるものか!」
累世は、心底うんざりした口調で、今度こそ話を終わらせるべく吐き捨てた。
すると、まるで始めからその機会を窺っていたかのように、カイネルが皮肉混じりに笑う。
「そう思うのは当然だが…、本当に興味がないなら聞き流せばいい。簡単なことだろう?」
「…勘違いするな」
累世が、更にその先を見越していたかのように呟く。
「それで俺を挑発したつもりか? …下らない。どうもお前らは、俺に必要以上に介入したがる節があるようだ…が、それ自体が火に油であると、何故判断できない?」
「!」
「あいつに対する関心など、とうに失せている。…あいつに似ていようが似ていまいが、そんなことは俺の知ったことじゃない」
素っ気なく言い捨てて、累世はこの堂々巡りとも取れる会話にピリオドを打った。
「…、マリィ姉」
「…な…、何? 累世」
上擦った声で問うマリィに、累世は目を伏せた。
「悪いが、俺はこの気持ちの整理がつくまでは… マリィ姉とは会わない」
「えっ…?」
半ば予測はしていたものの、こうまでまともに拒まれて、マリィの表情が強張る。
それを、目をあげることで一瞥した累世は、再び目を伏せ、マリィに背を向け、歩き始めた。
「ルイセ様っ…!」
「待って、カイネル!」
慌てて後を追おうとしたカイネルを、マリィが制する。
「!? マリィ様…」
マリィを目にしたカイネルの動きが止まった。
…当のマリィは、今にも溢れそうな涙を必死に堪え、涙に曇った瞳で累世の背中を見つめていた。
「…いいの。…お願い、カイネル。今だけは累世を見逃してあげて」
「…マリィ様…」
サリアが、宥めるようにマリィに瞳を落とした。
と同時に、堪えきれなくなった涙がついに溢れ、次々にマリィの頬に水の線を描いた。
サリアとカイネル、二人に気に病まれながらも、マリィは憑かれたように、ひたすら同じ言葉を繰り返していた。
「…ごめんね、累世… …ごめんね…!」
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