将臣の真実

「…、調子に乗るなよ。誰に向かって物を言っている…!」


先程は、すぐに魔力を使おうとして封じられた…

だが現状なら、魔力を極限まで蓄積させて一気にそれを発動させれば、この厄介な効果を打ち破ることは可能だ。


カミュがそこまで考え、まさに策を実行しようとした… その時。


「──兄上っ…!」


屋敷の方から、幼い少女の悲痛な声が響いた。


「兄上…?」


カミュは使おうとしていた魔力を抑え、警戒しつつも声のした方に視線を向けた。

今は屋敷を背にしているので、声の主がどんな様相なのかは分からない。

…だが、その声の主の持つ魔力は、自分に酷似している。


「!…“マリィ”…か!?」

「はい、兄上…!」


マリィはすぐに肯定したものの、以前のようにカミュの傍に近寄ろうとはしなかった。

それが何故なのかは、先程カミュを呼んだ時の一言に集約されていた。


「…兄上、唯香を…

まさか、唯香に攻撃を…仕掛けたの…!?」


あまりにも意外なものを目にしたため、マリィの歯の根は合わなくなっている。

そこを突いて、カミュはすぐさま返答をした。


「人間の情に絆されでもしているのか?

こんな脆弱な神経の持ち主が妹だとはな…!」

「!…あに…うえ…!?」


自分に向けられた敵意と拒絶に、マリィの体が硬直した。


今のカミュのひと睨みは、たとえ真正面からではなくとも、まるでギリシャ神話のゴルゴンのように、一瞬にして恐怖を与え、その身体を強張らせる。


それと全く同じ呪縛にかかっていたカイネルは、目の前で次々と浮上する事実も手伝って、それまでまるで声も出せずにいたが、からからに干上がった喉に無理やり唾を飲み込むと、それによってわずかに潤った口を開いた。


「…か、カミュ様…」

「……」


カミュは答えない。

だがそれには構わずに、カイネルは今まで黙っていた分もまくし立てた。


「──カミュ様の人間嫌いは分かりますが、その人間に口づけるなど、かつてのカミュ様には決してなかったことです…!

それと、何故その少年が我々と同等レベルの魔力を持ってるんです!?

しかも、カミュ様がレイヴァンと呼ぶとは…!」

「……」


この問いに、カミュは始めはまたも黙っていた。

しかし、カイネルの窺うような視線を見て、答えるまではこの視線が絡みつくだろうと判断したカミュは、どこか義務的に淡々と答えた。


「あの人間は、ただ殺すには飽き足らない暴言を吐いたから、先にそれなりの苦しみを与えたまでだ。そして…」


カミュは、まっすぐに将臣を見据えた。

将臣は、今は魔力を落ちつかせているものの、カミュやカイネルに対する警戒は怠ってはいなかった。

その様を見て、カミュが先を続ける。


「…こいつはレイヴァンに似て非なる者…」


カミュの呟きに、将臣はその目に、ある種の強い光を宿した。


「当然だ。そのレイヴァンは、れっきとした俺の父親だからな」

「!…ち…、父親!?

じゃあ、お前はレイヴァンの…」


カイネルの上擦った問いに、将臣は深く頷いた。


「…そう、息子だ。

だからこそ俺は魔力を使うことが出来る。父親の血を引いているからな…

そして、もうひとつ」

「!…カイネル!」


何かに気付いたカミュが声をあげるのと同時、カイネルの身体がまたしても動かなくなった。

しかし、今度は先程のように、恐怖から来たものではなかった。

それなのに身体が硬直している。



【六魔将顔負けの魔力】

【レイヴァンの息子】



この、二つの事実が導き出す答えは…!


「…レイヴァンが持つ、“時に関する能力”…!」


カイネルが、目を見開きながら、確信したことを言葉に変える。

しかし、カミュはそれには薄々気付いていたらしく、密かに嘲笑った。


「何を驚く、カイネル…

こいつはレイヴァンの息子であって、レイヴァン本人ではない。

ならば、その能力にも、どこかに粗があるはずだ…

それを探し出せ」

「!…は」


カイネルが答えたのを聞くと、カミュは残虐な光を帯びた瞳を、将臣とマリィに向けた。


「…貴様の仕掛けた攻撃に乗ってやったのは、貴様が何者であるかを測るためだ。

まさか、あのレイヴァンの血を引く者が、このような薄汚れた地にいるとは思わなかったがな」

「……」


今度は将臣が黙り込んだ。

それでも、カミュの考えを読もうと、その言動の全てを、確実に瞳に捉えている。


やがて将臣は一息つき、やれやれといった調子で話し始めた。


「…その目論見は既に見通している。

それでも俺があえて自らを名乗ったのは、俺自身がレイヴァンの息子である事実を隠す必要はないからだ」

「…なに?」


カミュが感情のままに眉を顰めると、それを受けた将臣は肩を竦めた。


「今のお前に言ったところで、到底分かるとは思えないが…

俺たちの母親が、吸血鬼らしき者に殺されたのは本当だ。…だが、父親は違う」


将臣の言葉に、同じ六魔将であるカイネルは、レイヴァンの能力をよく知っているだけに頷いた。


「当然だ。…レイヴァンの実力なら、そんな輩は返り討ちだろうからな」

「ああ。だが、追い詰めはしたものの、すんでのところで逃げられたらしい。

…敵は、父親と非常に能力が拮抗していた。対峙した父親が言うには、下手をすれば自分の方が殺されたかも知れない程の実力の持ち主だったそうだ…!」

「!あのレイヴァンと互角の力を持つ存在だと!?

馬鹿な! それ程までの者がいれば、レイヴァンが知らない訳が…!」


さすがにカミュが驚きの声をあげた。


知らず知らずのうちに、将臣の話に引き込まれ始めていたカミュは、ひとつの世界の支配者の息子としての自分が、かつての側近に関するそのような情報を、今の今まで知らなかった事実を悔いていた。


「…カミュ様、この事態は…」


カイネルが、いつになく真剣な表情で、カミュの心境を後押しする。

それによって、考えの淵から引き戻されたカミュは、刹那、何事か考えついたように、伏せ目がちになっていた、その美しい紫の瞳をあげた。


「分かっている、カイネル」


カミュは、改めて将臣の姿を、上から下まで眺めた。

…先程、この人間がレイヴァンに重なって見えた自分の目に、狂いがあるか否かを考えながらも、慎重に尋ねる。


「貴様が本当にレイヴァンの息子であるという前提で問う。

貴様の父親は六魔将のうちのひとりだ。それでも貴様は、我々に楯突くというのか?」

「…、それは父親のみならず、俺にも従えということか?」


その強大な魔力を抑えようともせずに、将臣が疑問を口にする。

だがその瞬間、それより更に強力な魔力が、彼の身体を巡った。


電流を流されたような、びりっとした痛みが、一時、将臣の体の動きを麻痺させる。

勿論、これは将臣の返答に不快を覚えた、カミュの仕業だ。


「!っ…」

「…口には気をつけろ。その程度、貴様ならいちいち声に出さずとも分かるだろう?

こちらの反応を見、試すような真似はするな」


冷たく言い捨てて、カミュが先程の返答を待つ。

そんな彼を、さすがに一筋縄ではいかないと判断した将臣は、諦めたように息をついた。


「…従う意志があるのなら、始めから敵対心など見せはしない…

俺の父・レイヴァンは、確かに六魔将の一員だ。…だが、その息子である俺までが、そちらの意志に従わなければならない義務はない」

「!何を馬鹿な…」


将臣の言葉を聞き咎めたカイネルが、苛立ち混じりの声をあげた。

その目には、もはや将臣という『人間』は映っていない。


彼の目に映るのは、かの『レイヴァンの息子』…

自らが尊敬し、誇りに思い、六魔将の誰もが一目置く実力者の子だ。


…しかし、その子が、父親が仕えているはずの皇家の…

それも、れっきとした皇子に反発している。


何とか将臣を諫めようとしたカイネルに、当の将臣は頭を振った。


「俺が力を貸すのは、俺自身が認めた者のみだ。…身分などは一切関係ない」


そんな頑なな意志を見せる将臣。そして、それに呼応するように膨れ上がる魔力。

この痛烈な現実を目の当たりにして、さすがにカイネルの心には焦りが芽生えた。


すると、そんなカイネルの傍らで、カミュが低く呟いた。


「…もういい。味方になれば良しと思ったが…、ならないとなれば、その力を野放しにするのは、あまりにも危険過ぎる」

「…だから殺すのか?」


将臣は、それまで二人にかけていた、時を止める魔力を解いた。

その瞬間、自在に動けるようになったカミュが、即座に将臣との距離を詰める。


「望みなら殺してやる…

例えお前が真実、あのレイヴァンの息子であってもな!」

「危険要因は、見つけ次第潰すか…、結構なことだ。

そうしなければ、自らの足場も守りきれないらしいな」


皮肉混じりに呟いて、将臣はカミュとの距離を取るためにか、近くにいたマリィを右手に抱くと、後ろに向かって軽く地を蹴った。

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