戦いの中で

彼が音もなく、ふわりと降り立ったそこは、何と神崎家の屋敷の上だ。

この身体能力に肝を潰したカイネルが、我知らず声を洩らす。


「!あいつ…、本当に人間の血が混じっているのか!? あれでは、まるで…」

「ああ。奴はどうやら、闇の血を色濃く引き継いでいるようだ…

何より、真にあのレイヴァンの息子だとすれば、父親譲りの魔力は、こんなものではないはずだ」


カミュは油断なく、屋敷の上の将臣の姿を捉えた…と思った瞬間、将臣の姿はいつの間にか、そこから消えていた。


「…!?」


カイネルとカミュがそれに気付くと、今度は彼らのすぐ近くから将臣の声が聞こえた。


「…唯香、大丈夫か?」

「!な…!?」


カイネルは慌てて声のした方を向いた。

先程の屋敷の上への移動は、二人の目を欺くための攪乱だったのか、それによって唯香の傍らへ移動した将臣が、心配そうに妹に声をかけている。


「…え!? あ、あの一瞬で…ここまで移動してきたのか!?」


カイネルは、さすがに唖然となった。

自分たち二人に気付かれず、その近くまで瞬時に移動するなど、普通の人間には到底不可能だ。


「…真偽の程は分からないが、やはり、あのレイヴァンの息子を自称するだけのことはあるな」


カイネルが唸るように呟く。

すると、将臣はそっとマリィを下ろし、唯香の側に付き添わせると、一転して鋭くカミュを見据えた。


「…時に関する魔力は、もう使わない。これからは、小細工は一切なしだ」

「…いい覚悟だ」


二人が、風刺するような視線を合わせた途端、ざっ、と音を立てて、将臣とカミュが対峙する。

その時になって、ようやく屋敷の方から、マリィの後を追って来たらしいサリアが、焦って駆け込んできた。

が、思いもかけない将臣の魔力の規模をそこに認めて、愕然となる。


「な!? …こ…、これは一体…!?」

「…驚くなよサリア。そこの人間──

そいつはレイヴァンの息子らしい」


カイネルが額に冷や汗を浮かべながら、サリアの考えに対する助け船を出すと、サリアはパニック気味に頭を押さえた。


「…え!? な…、なに? レイヴァンの…息子!?」

「ああ。それが詐称かどうかは、この先の戦いで分かるはずだ。…よく見ていろ。少しでもおかしな動きをすれば、すぐに取り押さえるぞ」





…将臣がまず、周囲に被害が及ばないようにする為にか、自らが居る場所を起点に、広範囲に渡る空間に、魔力による青いバリアのようなものを張った。

そのまま続けざまに、熱衝撃波に近い強烈な威力の魔力を、カミュに向けて放つ。


するとカミュは、すぐに相手の動きを察し、それが直撃する前に自ら動きを見せ、姿を消した。

はっとして相手の気配を探る将臣の背後に、一瞬にしてカミュが現れ、その首を狙った、一点集中攻撃を繰り出す。


が、その気配を感覚として捉えた将臣が、反射的に左に身を落とすことでそれをかわすと、次には反転して、カミュの正面から、強力な一撃を加えようと試みる。


再びそれを察したカミュは、後ろ側に地を蹴ることで将臣から距離を取った。宙に体を浮かせたまま、間髪入れず、将臣を狙って、左手から痛烈な威力の魔力の塊を放つ。


将臣は、放たれたそれにすぐさま気付き、瞬間的に、空間に自らの体を溶け込ませるようにして、それを避けた。


…この段階になって、ようやくそれぞれの背後で、互いの放った魔力が、凄まじい音と共に爆発・炎上しても、二人は全く無言のままに、互いを監視し続けていた。


カミュは、将臣に対してひどく戸惑っていた。


手合わせをして確信したが、やはりレイヴァンの息子だと言うのは伊達ではないようだ。


先程までは、相手の能力と、腹を探る意味での様子見だった。つまり、まだまだ本気でかかっていないのは、こちらも向こうも同じだ。

なのに、にも関わらず、これだけ自分と互角に戦いを運べるとなると、やはり類い稀な血の作用がそこに働いているのだと断じ得ない。

カミュは、自らのそんな複雑な心境をおくびにも出さず、再び眼前の将臣と対峙した。



一方、当の将臣も、精の黒瞑界の皇子であるカミュの実力に、感嘆と畏怖を同時に覚えていた。


…あえて手の内をさらけ出し、多少なりとも相手を攪乱するつもりだったのだが、この皇子にはそれすらも通用しなかったようだ。

それどころかむしろ、こちらの身元がはっきりしたことで、様子見とはいえ、その攻撃には、容赦というものが一切なくなった。

…その体を流れる血統の作用もあってか、カミュと自分では、元々の魔力のポテンシャルが、決定的に違う。

今は様子見だからこそ互角に見えるが、このままでは魔力で押し切られ、いつかは殺られてしまうだろう…


そう判断した将臣は、真正面から短期決戦を仕掛けることにした。

…自分が、これだけの実力を誇るカミュを打ち破れる可能性があるとすれば、使える魔力が互角である今のうち…

それも、彼相手にはかなり難しいが、隙をついた強力な一撃を加えることによって、彼を倒し、敗北を認めさせるより他はない。


そして、こちら側にこれしか策がないことを、絶対にカミュに悟られてはならない。


それを知られて、今、力の拮抗を崩されては、確実にこちらの負けだ。

そして、その魔力の不足分は…


「さすがだな、あの動きについて来られるとは…皇子だというだけのことはある」


…“言葉で翻弄し、補えばいい”。


「…貴様…」


将臣の思惑通り、カミュの瞳が怒りに染まる。

そこに表れる、感情の隙と粗が、文字通り将臣の付け入る隙でもあった。

ただひとつ、彼の考えと違っていたのは…

カミュの内に潜む【潜在的な魔力】が、その想定とは遥かに違っていたことだ。


「…俺の感情を逆撫でし、それによって生み出される何かを狙っていたのだろうが…

甘かったな」

「!? 気付かれていたというのか…!?」


将臣が思わず心中を口にすると、カミュは、そんな将臣の恐れに近い怯みを、一瞬にして叩き潰した。


「人間ごときの小賢しい浅知恵が、この俺に通用するとでも思ったか?」

「…、さすがに油断ならない相手のようだな」


将臣は、諦めたように息をついた。

…が、態度に反して、決して諦めた訳ではなかった。

だが、ひとつしかなかったはずの策を読まれた以上、それを上回る打開策は、全く見当たらない。


…どうする…


…どうすればいい?


そんな焦りばかりが先走り、いつもの冷静な判断を下すことを、感情が許さない将臣の一瞬の隙をついて、再びカミュが攻撃を仕掛けようとした。

その手に、直撃すれば、人間などは瞬時に塵と化すであろう、禍々しい闇の魔力が集約される。


受ける側の将臣がそれに気付くのと、攻める側のカミュが、再びあの厄介な頭痛を覚え、その手に集められた膨大な魔力を散らすのとは、ほぼ同時だった。


「!…う…、ぐっ…」


カミュは、散じた魔力にはまるで構わず、その手によって、ひたすら痛む頭を押さえつけた。

…脳全体が、何かを拒むかのように、そして針を突き刺されているかのように、ひっきりなしに痛む。


そしてそこに、カミュが半ば予期していた声が、的確なまでに響く。


…頭や心情に語りかけ、感情に訴えるのは…

紛れもない、もうひとりの自分。


『…やめろ…! お前は何故、関係のない者を傷つけようとする…!』


「!…、貴様っ…!」


忌々しいもうひとりの人格が、消え失せもせずに再び表れたことで、カミュの怒りの矛先は、その人格へと向けられた。


片や、その傍らで、その人格のおかげで命拾いをしたといっても過言ではない将臣は、カミュの言動の端々に、どことなく違和感を覚えていた。


「!何だ…!?」


将臣は意識せず、眉を顰めた。

突然、攻撃を止めたことといい、次の攻撃も仕掛けずに頭を押さえこんでいることといい…

何かがおかしい。


『…ひどい頭痛がするだろう?

今の俺には…こうすることでしか、自らの動きを止めることは出来ない』


「…ものが…

たかがその程度で、俺の全ての動きを止められるとでも思っているのか?」


『…いや。だが、お前の度が過ぎる行動は、俺自身が…是が非でも止めてやる。

この、お前と共通の【生命】…

これを楯にすれば、お前を止める方法など、幾らでもあるということは…今までの俺の動きからも、分かっているだろう?』


「!…っ、…この…、忌々しい疑似人格が…!」


カミュの周囲には、怒りによる魔力の放出で、焼けつくような熱い空気が漂っている。

一方で、そんなカミュの様子を、出方と共に測っていた将臣は、彼の言動から、それなりにではあるが、粗方の事情を読み取った。


「…カミュ…」


将臣の口から、悲しげな…それでいて労るような呟きが零れた。


…この人物は、カミュではない。

自分が知っているかつての【カミュ】は、今は…目の前にいる人格の陰にのみ存在している。


そして、自らを止めるために、その自分自身と、たったひとりで闘っている…!

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