吸血鬼皇帝との対面

…その頃、全てにおいて漆黒であるという表現が一番近い、皇族が住む城の一室で、カミュは自らの父親と相対していた。


カミュが魔力によって、この場に空間転移をしてきた際、その父親…サヴァイスは、全く微動だにもせず、いつものように軽く頬杖をつきながら、玉座に座っていた。


ぼんやりとした、その部屋唯一の明かりが、辛うじて父親がそこにいることを匂わせる。


今現在の外の明るさと、城の内部が、陰陽正反対なのは、父親が純粋な吸血鬼であるからだ。

それでも、いつもは全てが闇に覆われているはずのこの世界が、これほど明るいのも、人間界では今宵が満月であることの影響が、こちらの世界にも多少なりとも及んでいるからに他ならない。


…そんな知識を反復していたカミュに、程なく、父親から声がかかった。


「戻ったか、カミュ」

「!…はい、父上…」


意識せず、カミュの声が上擦る。

父親の声は、男ながら、まるでしっとりとした朝露のようだ。

確かに低い声であるはずなのに、それはその場にとけ込むように、はっきりと聞こえる。

低くて透明で、洗練された色気すら感じさせるような…

そんな声。


するとサヴァイスは、そんなカミュを一瞥し、その紫の瞳を閉じながら尋ねた。


「記憶を無くしている間、魔力すらも無くしていたようだな」

「…はい」

「先の小競り合いで、ルファイアに後れをとったのは、そのためか?」

「!…」


父親の言葉は容赦がない。

しかしそれが事実であることから、カミュは頷かないわけにはいかなかった。

その様子を気配で察すると、サヴァイスはうっすらと目を開けた。


「…、まあいい。ところで…」

「…父上、申し訳ありませんが、その前に、是非ともお訊ねしたいことがあります」

「何だ」


サヴァイスは、頬杖をつくのをやめて、静かに立ち上がった。

元々がたいした威圧感なのに、立ち上がったことで、その存在感も強調され、より圧倒される。

それに圧されてか、カミュは知らず知らずのうちに、父親に対して言葉を選んで使っていた。


「…マリィとかいう少女…、あれは本当に俺の妹なのですか?」

「その辺りの事情は、サリアに話しているはずだが…?」

「記憶が戻った際に、六魔将から多少のことは聞きましたが…」

「あれが本当にお前の妹か、気になるという訳か」

「当然です」


半ば吐き捨てるように言うと、カミュは、その父親譲りの紫の瞳に、例えようもない苛立ちを見せた。


「聞いた話では、俺は記憶が無かったが為、見たこともないその子を妹だと認めたとか…

しかし、今の俺は、父上から真実を聞かない限りは、とてもその子を妹だとは…」

「…そうであろうな」


まるで予測していたかのごとく、サヴァイスが返答する。

しかし、その瞳の中にいつの間にか表れていた興味は、カミュの首筋に向けられていた。


そこには、かつてのカミュ自身に頼まれ、マリィが魔力によってつけた、小さい痣がある。


「その妹に付けられたはずの、魔力を認められないようではな」

「!?…」


父親の言葉で、自分に何か不手際があると察したカミュは、自らの魔力を使って、自身の体の、他の魔力の痕跡を炙り出させた。


「!…これか」


程なく気付いたカミュが、自らの首筋に目を落とす。


「それにしても、いつの間にこんなものを…!」

「お前自らが、そう望んだのではないのか?」

「俺の意志ではありません」


苛立ちながらも、父親の言葉に忠実に答えるカミュに、サヴァイスはさり気なく自らの考えを示すことで、カミュがそちらについて考えるように誘導した。


「首のそれは、記憶を失っている時に付いたものだろう? よく六魔将たちが何も言わなかったものだな」

「…!」


カミュは、改めて首に残る痣に目を向けた。

小さい痣だが、彼らは、それに気付いていれば、皇族の体に魔力の痕跡を残されている以上、その立場からも絶対に尋ねてくるはずだ。


しかし、ルファイアとの戦いの最中に、そんなことを気にしている暇は無く、終わった後でも、痣に気付いた者は、ひとりとしていなかった。

…とすれば、六魔将たちですらも、この痣の存在を知らなかった…

ひいては、彼らの目の届かない所で付けられた、ということになる。


「痣に似たそれは、紛れもなく【契約の刻印】だ。

だが、この術に要する魔力は、到底、六魔将レベルでは扱えぬ」


サヴァイスが、カミュの考えを後押しするように告げる。

その父親の言葉を踏まえて、カミュは再び考え込んだ。


件の六魔将以外で、こんな強力な魔力を操れるとすれば…


「やはり父上の言う通り、あの少女…、妹の仕業か…!」


カミュは、その感情の全てを、自らの言葉に含ませた。



…忌々しい。


例えこの刻印を、記憶の無かった自分自身が頼んだのだとしても、今の自分の考えを無視して、ここまであからさまに印を残すとは…!



「分かっているであろうな?」


興味深げに、父親が尋ねる。それにカミュは、辛うじて感情を抑えて頷いた。


「…これ程の魔力となると、これは術を掛けた本人にしか解けない。つまりは、これを解くためには、妹の元へ…

再び人間界へ行かなければならないということですね?」

「ああ」


サヴァイスは、その口元に、狡猾な考えを潜ませて頷いた。

次にはそれが、ぞっとするほどに美しい冷笑に変わる。


「だが、カミュよ…、忘れるな。お前は我の血を濃く引く、この精の黒瞑界の皇子だ。

人間共に染まること等は、絶対に許されぬぞ」

「…、分かっています、父上…」


カミュはその長い睫を伏せながら、どこか義務的に返事をした。

父親が、わざわざ釘を刺してきたということは、自分の様子に、どこか脆さが見られるのだろう。


「…不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ありません。ですが父上、この俺が、あのような人間共に影響されるなどと… 本気でお思いなのですか?」


カミュが、冷めた口調の中にも、些かの軽蔑を潜ませる。

…人間を、まるで取るに足らぬ存在とし、意にも介さないその話し方は、記憶を無くして人間界にいた時の彼と同一人物だとは、とても思えなかった。


「いや、お前に限ってそのようなことはあるまい。自らの在り所を解ってはいるようだからな」

「はい。あのように我欲が強く、傲慢な種族になど、興味はありません」

「…ならば良い」


冷たく呟いたサヴァイスは、残酷なまでに美しいその紫の瞳を、蔑むように息子に落とした。


「だが、カミュよ…、忘れるな。それを違えた時には、我は自ら、お前を粛清せねばならぬ」

「…、肝に銘じておきます」


カミュは、内心の畏怖をひた隠しにしながらも、ようやく返答した。

自分の父親でもあり、この世界の皇帝でもある、目の前の人物…

何よりも、彼の怒りを買うことが怖い。


彼の不興を買った敵が、目の前で消し炭にされるのを見たことなど、一度や二度ではない。

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