記憶の狭間で
…せめぎ合い、相反する…2つの記憶…
一方、後に残された唯香の心の痛みなどは知る由もなく、カミュは魔力による空間転移で、自らが元々存在していた世界に、その姿を見せていた。
…そこは、人間界でいう日没という時間帯の、視界の大部分を占めるであろう色合いを、そのまま投影させたような世界だった。
その世界の、目に映るもの全てが、闇に侵されているわけではない。しかしその中に、光ばかりが見えるわけでもない。
そんな薄い暗がりの中には、森や川などの自然物も多々窺うことができる。
だがその反面、建物などの人工物はひどく機械的で、そのギャップにも近い相反が、どこか見事なまでの融合を果たしている… “奇妙な世界”。
その世界の名、それは…
「…精の…黒瞑界…か。やはり、人間界などとは違うな…」
記憶のある今では、あまりにも分かりきっているはずのそれを、あえて低く呟いたカミュは、自らの措かれた状況を省みながらも、その事実を深く認識していた。
かつての記憶を取り戻した今では、空間転移(移動)の魔力など、いとも容易く操れる。
だが、聞いたところによると、記憶を無くしていた時には、基礎的とも呼べるその簡単な魔力すらも、全く扱うことが出来なかったらしい。
「…、それが真実なら、ルファイアという強敵を前にして、実に滑稽なことだ…!」
カミュがそこまで考え、自虐的に笑った時、後方で2つの魔力の気配がした。
言うまでもなく、自分の後を追って、人間界から移動してきた、フェンネルとシンだ。
「カミュ様っ!」
「…記憶が甦ったばかりで、いきなり魔力による移動など…! お体への負担の方は大丈夫なのですか!? カミュ様!」
配下の二人が、姿を見せると同時、自分を気にかけてくるのを聞いて、カミュは咎めることもなく頷いた。
「杞憂だ。気にすることはない」
「…それなら良いのですが」
フェンネルが、心底安堵したように息をつく。
「それで、カミュ様…、これから一体、どうなさいますか?」
「……」
自らの行動を問われて、カミュは、しばらく無言のまま考えていたが、ふと、呟き加減に口を開いた。
「…父上に、会いに行こうかと考えている」
「サヴァイス様にですか?」
何故か、フェンネルが意外そうに問いかける。それに何かが引っかかったカミュは、獣を威嚇するような目でフェンネルを見た。
「何か、不都合でもあるのか?」
「…いえ」
曖昧に返事をすると、フェンネルはそのまま口を噤んだ。
それを今、追求しても意味がないと判断したカミュは、次いで、シンの方へと声をかける。
「お前たちは、ついて来るな」
「え!? …お供しちゃいけないんですか!?」
まさか置いてきぼりを食うとは思っても見なかったシンが、自然に声を高くする。
それに、カミュは溜め息混じりに詰問した。
「では訊くが、ついて来てどうするつもりだ?」
「どう…って言われましても…」
シンが答えに詰まり、戸惑った隙に、カミュは再び魔力による空間移動を行った。
それも、ほんの一瞬のことなので、シンやフェンネルが遮る暇もない。
「!…あ」
シンは瞬間、カミュにまんまと逃げられたことを理解した。
行き先は分かっているものの、ああも面と向かって言われた手前、まさか正面きって踏み込むわけにもいかない。
「…逃げられた」
シンが、フェンネルの方を向いて肩を竦める。
それにフェンネルは、苦笑せざるを得なかった。
「ああ、うまく逃げられたな」
「しかし、フェンネル」
ふと、シンが真顔に戻って呟いた。
「お前も相当に腹黒いな。…あそこで、周囲の誰もが分かりきっていることをああも巧く切り返したら、カミュ様の性格上、俺たちを追っ払った上で、ひとりで行くのは目に見えているだろう?」
「…まあな」
フェンネルは珍しくも素直に、自らが言葉に張った罠を認めた。
「だが今回に限っては、我々は立ち入らない方が賢明だろう」
「…ああ。確かに記憶は戻られたらしいが、見た所、今度は記憶を失っていた時のことを覚えていないみたいだからな」
わざと
…そう。
分かっていれば訊きはしない。
カミュ様は、そういう無駄が大嫌いだ。
だから、訊いてきたということは、本当にそれまでのことを覚えてはいなかったということだ。
…“人間界でのことを、何ひとつ”。
それ自体が、今は忌まわしい事実として、この世界の皇子の記憶に擦り込まれている…!
「──あの人間嫌いのカミュ様が、まさか、その人間と直接関わることになろうとはなぁ…」
いつになく深く溜め息をついて、シンは手を崩した。
それに、フェンネルも頑なに同意する。
「ルファイアとカミュ様が戦ったあの時から、全てが崩れてきたのだろう。だが、こちらの予想外は、それだけには留まらない」
「…カミュ様と、サヴァイス様か」
すぐにピンときたシンが問うと、フェンネルは軽く頷いた。
「ああ。お二方がどんな話をするのか、どんな結果が出るのか…、それによって、我ら六魔将の在り方も変わってくる」
「…違いないな」
シンが、瞳に僅かな憂いを見せて呟く。
「俺たち六魔将は、側近であり、駒であり、道具でもある… 分かっているさ」
「そうだ。総ては皇家のため…、サヴァイス様のためだ」
「……」
シンは、黙ったままフェンネルの方を向いた。
…その意志は、紛いのない、強い忠誠の光を目に宿らせている。
それを確認すると、シンはようやく納得したように頷いた。
「…ああ」
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