内なる声

逆らえば間違いなく血を見る。

そして逆に、そんな彼の言葉に逆らう意志がない以上は、こちらも無事でいられるのだ。


──父親の言葉は、絶対のもの──

それに逆らう意味も、必要もない。


カミュが、そこまでの考えを反復していた時、



『…それは…違う…』



不意に、頭の中で誰かの声が聞こえた気がした。

…かつて、どこかで聞いたはずの声が。


「…!?」


カミュは思わず立ち竦んだ。

声の主が誰であるかは分からない。

だがその声が告げたことは、自分の意志を反映した先程までの考えとは、まさしく真逆のことだった。


…そんなカミュの様子を見咎めたのか、サヴァイスがそれを気にかける。


「どうした」

「!…いえ…、何でもありません…」


辛うじて返事をしたものの、カミュの顔色は優れなかった。

…今の声のことも気になるが、とりあえずは目先の面倒から片付けていくべきだ。


そう考えたカミュは、父親にはっきりと自分の意志を告げた。


「…父上、俺に、再び人間界に戻る許可をお与え下さい。

この刻印を解除するのみならず…、場合によっては、あの妹自身も連れ帰る必要があると思いますので」


息子であるカミュの、そんな毅然とした態度を目の当たりにしたサヴァイスは、一通りを話して返答待ちをしている彼に、微かに頷いてみせた。


「いいだろう。マリィのことは、全てお前に任せる」

「了承しました。無理を聞いて頂いて、感謝します」


カミュが父親に軽く頭を垂れた、その時。

…不意に、頭の片隅が蠢くように疼き、痛んだ。


「…ぐっ…!」


まるで神経に直接、棘を刺されるような激しい痛みに、カミュは思わず強く歯を噛み締めた。



『…やめろ…』



「!この…、声は…!」


カミュが、噛み締めた歯を軋ませながら、忌々しげに声を漏らす。

その表情には葛藤と、それを上回る程の、膨大な怒りが見られた。



『…目に見えるものに、踊らされるな…』



「目に見えるものだと? ふん、笑わせる…

俺を踊らそうと…惑わそうとしているのは、他でもない貴様だ…!」


カミュは怒りの感情をさらけ出しながらも、その言葉が裏付ける通り、次には、語りかけて来たその声が話す内容を、全面的に否定した。


…ここまでで、カミュには、この煩わしく自分に介入してくる声の主に、何となく見当がついていた。



恐らくは、記憶を失っていた時に、この躯を支配していた【もうひとりの自分】…

そして、ほんの数時間だけ生きることを許された…“木偶でく人形”。



「貴様は俺ではない…

その意志も減らず口も、ほんの一時的なものだ。

仮初の人格を持った貴様など、どうせすぐに消え失せる…!」

「……」


サヴァイスは、忌々しく独りごちる息子の、その異常な様子に気付いてはいたが、あえてそれには触れなかった。


それは、こういう精神下の時、下手にその感情を刺激すれば、厄介な結果になるだろうことが予測されたのと…

それと、もうひとつ。


この状態の息子に、純粋に…非常に興味があったからだ。



『お前は、確かにかつての俺なのだろう…

だが、お前を野放しにしておけば、マリィのみならず、人間たちにも余計な影響を与えてしまう。

明らかに危険であると分かっているそれを…、“俺自身を”、放置するわけにはいかない…!』



「!っ…、偉ぶるな! 貴様に一体何が出来る!

所詮、貴様は紛い物でしかない──

どのように抗おうとも、レプリカごときがオリジナルに敵うものか!」


カミュは激昂すると、父親に身を翻した。

背を向けたそのままの状態で、低い声で告げる。


「父上、先程から今にかけて、記憶を無くしていた時の別人格の声が聞こえました。

どうやら奴は、人間界に過剰なまでの拘りを見せているようです…

その下らない未練を、そしてこの忌々しい人格を切り捨てるためにも、もう一度繰り返します…

俺を今すぐ人間界へと向かわせて下さい」

「…よかろう」


サヴァイスは、カミュに劣らない低い声で答えると、ゆっくりと瞳を閉じた。


「…その声が示す道の先を見るのも、また一興だろうからな」

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