困惑の後に来るもの
「? 危険って…どうして?」
何も知らないマリィが、上目遣いに問いかける。
その可愛らしい仕草に、さすがにカイネルが狼狽えた。
「どうしてって…、カミュ様を少し挑発したくらいで、俺なんか、いきなり殺されそうになったんですよ? それこそ生きた心地が…」
「…それは自業自得だ、馬鹿者が」
いつの間にか、二人の近くに移動していたフェンネルが、勢いに任せてカイネルの頭を、ツッコミよろしく平手で叩いた。
「!ぃてっ…」
「マリィ様に、余計なことを吹き込むな」
「…はいはい…」
叱られたカイネルが、がっくりと肩を落とす。
そんなカイネルに、マリィが懇願するように縋りついた。
「カイネル、教えて。兄上に会う方法は?」
「方法? …方法というか…お呼びすれば多分、出てきて下さるとは思いますが…」
「? …何か、気になることでもあるの?」
何故か言い渋るカイネルに、マリィは首を傾げて尋ねた。
一頻り躊躇った後、根負けしたようにカイネルが口を開く。
「我々からカミュ様を呼び出したりしたら、それこそ間違いなく血を見ますよ」
「…それなら、マリィがひとりで会いに行けば問題ない?」
「ええ、それは勿論… って、えぇっ!?」
カイネルが驚愕すると、マリィは木の上から飛び降り、ふわりと地面に降り立った。
この言動に驚いた六魔将たちが、急いでマリィを止めようとすると、マリィはそれを察してか、すぐさま屋敷の入り口に移動し、魔力で呼び鈴を押した。
「!マリィ様っ」
サリアが声をかけるが、今は自分たちの姿を人間に見せるわけにはいかない。
それがネックになっているサリアは、歯痒さに拳を握った。
すると、それを理解したらしいマリィが、ふと振り向き、木の上へと声をかける。
「心配しないで。マリィは大丈夫。…ここには、兄上もいるから」
「…マリィ様…」
サリアが、それでも心配そうに目を伏せると、その傍らでフェンネルが呟いた。
「…サリア、行かせて差し上げろ」
「!…フェンネル…」
「あれはマリィ様の意志だ。我々側近は、主がそう望むのであれば、その意志を尊重するべきだ…
そうだろう?」
「!」
はっとしたように、サリアが口を押さえる。
それを一瞥したフェンネルは、下にいるマリィに話しかけた。
「…お気をつけて、マリィ様」
「うん。ありがとうフェンネル。行ってきます」
にっこりと笑ったマリィは、もう一度魔力で呼び鈴を鳴らした。
すると、中から誰かが走り寄る音がしたかと思うと、目の前の扉が、ゆっくりと開いた。
マリィの心臓が高鳴る。
「はい…、どちら様でしょうか?」
窺うように顔を出したのは、神崎家で雇われている、若いメイドのひとりだった。
そのメイドは、正面を向いても誰もいなかったことから、また少し扉を開いた。
…不意に、足元から女の子の声がかかる。
「あ、あの…」
「えっ…?」
戸惑ったような表情で、メイドは下を向いた。
そこには、銀髪紫眼の、一見すれば外国人と見紛うべき女の子が立っていた。
しかし、その外見に、メイドは何か引っかかるものを覚えた。
「…あら? 失礼ですが貴女様の外見…、当家のお客様にそっくりですね」
「そのお客様って、マリィの兄上?」
「えっ…!?」
メイドが思わず絶句すると、マリィは畳みかけるように叫んだ。
「マリィの兄上が、この屋敷にいるって話を聞いたの。…お願い、兄上に会わせて!」
「!…す、すみません、少々お待ち下さいませ」
突然の予想外の来客に、通しても良いのか否かの判断がつきかねたメイドは、それだけ言うと、足早に屋敷の奥へと駆けて行った。
マリィが、言われた通りにおとなしく待っていると、しばらくして、奥の方から、再び誰かがこちらに向かって来る気配がした。
…それと同時に、マリィの心に、何か暖かい感情が湧き上がる。
「…あにうえ…?」
マリィが、我知らず呼びかけたと同時、目の前の半開きになっていたままの扉が、勢い良く開かれた。
そこから姿を見せたのは、報告を聞いて、よほど感情が高ぶったのだろう…
わずかに髪を乱し、短時間で駆けつけたことによって、すっかり息も荒くなった、カミュだった。
そのカミュは、扉に手を掛けたまま、普段の自分の視線より下にいる、女の子に目を向けた。
その存在に困惑し、囁くように語りかける。
「…お前が、俺の妹?」
対してマリィは、カミュの方から話しかけられたことが、よほど嬉しかったのか、大きく頷いて、興奮気味に兄に話しかけた。
「はい、兄上…! 初めてお目にかかります。
…私・マリィ=ブラインは、嘘偽りなく貴方の…カミュ兄上の妹です」
「…確かに、外見は良く似ているな」
低く呟いたカミュは、そのままマリィから視線を逸らした。
それにいち早く気付いたマリィが、怪訝そうにカミュを見る。
「…兄上?」
「悪いが、そう言われても、今の俺には記憶がない。…お前という妹がいたことすら、俺は覚えてはいない…!」
「えっ…」
兄が記憶が無いことは、カイネルから聞いていたものの、こちらの世界に来てまで会いたいと思い詰めていた兄に、面と向かって拒否されて、マリィは悲しげに言葉に詰まった。
「…あに…うえ…?」
その表情は強張り、今にも泣き出しそうだ。
その、妹と名乗る女の子の一挙一動を、カミュは黙ったまま、冷めた目で見つめていた。
そんなカミュの態度に、何かを察したマリィが、カミュに縋りつく。
「兄上っ!」
「…俺に触れるな!」
カミュは、相手がまだ幼い女の子ということを考慮してか、唯香の時のように、いきなりその手を払いのけたりはしなかった。
しかし、マリィの頭の上から怒声を降らせたカミュは、言いようのない嫌悪感に襲われていた。
…自分は記憶がない。なのに、それを知ってか知らずか、介入してくる者は後を絶たない。
かつての知り合いも、今の自分の中では、単に得体の知れない介入者に成り下がっている。
それでもフェンネルたちは、自分が記憶のある頃の配下であるらしく、こちらに敵対意識を持たない、全くの他人だからこそ、まだ一線を引くことが出来るのだ。
しかし、それが肉親となると、そうもいかない。
いくら肉親でも、今はただ、警戒をしなければならないだけの厄介な相手…
その相手に踏み込まれるのも、触れられるのも、兄と呼ばれることだけですら…
“嫌悪しか感じない”。
「…聞こえなかったか? 俺に触れるなと言ったはずだ」
「…で、でも兄上…」
この返答に、カミュはショックを受けたままのマリィの手を、そっと振り解いた。
一言、突き放すように告げる。
「帰れ」
「えっ…!?」
マリィが、目に見えて青ざめる。それでもカミュは、その姿勢を崩さず、冷酷にマリィを見下ろした。
「例えお前が、本当に俺の実の妹だとしても、今の俺は…それを認識できない。俺についての話を聞いているのなら、そのくらいは容易に解るだろう?」
「!」
マリィは、離された手を自らの口元に当て、硬直した。
兄の言う通り、確かにカイネルから話は聞いていた。
が、まさか肉親と名乗る者を目の前にして、こうもはっきりと拒絶するとは思わなかったのだ。
マリィの頬から、絶望のあまり、涙が一筋、流れた。
…すると。
「──カミュ、妹さんと話は済んだの?」
突然、カミュの陰から、ひょっこりと顔を出した少女に、マリィは涙で濡れた目を向けた。
同時に、恐らくは唯香の存在に気付いていたらしいカミュも振り返る。
しかし、次の瞬間、唯香の瞳は、マリィの泣き顔に釘付けになった。
「え!? …どうしたの、何で泣いてるの!?」
縋るように唯香を見るマリィは、悲しげな表情を浮かべている。
このシチュエーションからして、間違いなく兄と会えた嬉し涙ではない。
だが、だとすれば…
「カミュっ!」
唯香が鬼さながらの形相で、カミュに詰め寄った。
そのあまりの迫力に、さすがのカミュもぎょっとする。
「…何だ?」
「何だじゃないでしょ!」
噛みつくように唯香が叱る。
「何となくだけど、どうせカミュのことだから、あたしの時みたいに、この子を受け入れてあげなかったんでしょ!」
「!…っ」
図星を突かれ、更にこの剣幕では、カミュですらも勢いに呑まれる。
しかし、カミュがまともに返事をしなかったことで、それを肯定と受け取った唯香は、ついに爆発した。
「全くもう! いくら記憶を無くしてるからって…、その貴方と会うこの子だって、不安なのは同じでしょ!?
立場的にはお互い様なのに、なんでいきなりこんな所で泣かせてるのよ!」
「……」
勢いに織り交ぜられた正論に、カミュが冷や汗を流して怯む。
その光景を、涙を拭いながら見ていたマリィは、俯くと、諦めたように首を振った。
「…もういいの。兄上に会えただけで充分。兄上の記憶が戻って、お怒りが解けるまでは、マリィは…」
「マリィちゃんっていうの?」
不意に唯香の方から尋ねられて、マリィは少し戸惑ったが、頷いた。
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