三人目の六魔将と皇女

一方、こちらは神崎家に住む者たちの護衛を任された、フェンネルとカイネルの二人組…


現在、この二人は、神崎家の広大な敷地の外れにある、葉の生い茂った大木の枝の上に、件の神崎家を見下ろすようにして立っていた。


「…何? お前、あのサリアに、今のカミュ様の事を話したのか!?」


きつく眉根を寄せ、食ってかからんばかりに自分を問い詰めるフェンネルに、カイネルは、跋が悪そうに頭を掻いた。


「あ、ああ…、まさかあいつが知らなかったとは思わなかったもんでな… 口が滑った」

「…お前という奴は…」


先程の一件もあり、今度という今度は腹を立てたフェンネルが、自らの手で、カイネルの首を締めつけた。

それによってカイネルが驚き、喚くが、フェンネルは容赦なく、くびり殺さんばかりの勢いで、更に首を締め上げる。


「余計な口を叩いたな。…貴様、あのサリアの異名を知らないはずはないだろう!?」

「!か…、【傀儡】のサリア…だろ…!?」


首を締められながらも、必死で返答するカイネルに、忌々しげに目を細めて、フェンネルは彼の首から、振り払うようにして手を離した。

呼吸を整えるためか、カイネルが傍らで派手に咳き込んでいても、それには全くお構いなしで話を続ける。


「あいつがそれを知ったとなると、事は今まで以上に厄介になる。…どんな手を打ってくるのか、出来るだけ先を読まなくてはな」

「読む必要はないわよ、フェンネル」


不意に二人の背後から、あどけない女性の声が響いた。

一瞬にしてフェンネルがそちらを向くと、そこには、銀髪紫眼の可愛い女の子を抱いた、紅髪黒眼の──

当の、サリアがいた。


「サリア…!」

「!げっ、サリア!?」


噂の主が現れて、カイネルが思わず顔を引きつらせると、それを目ざとく見たサリアが、痛烈な皮肉を返した。


「あら、カイネルじゃない。今度は何をヘマしてフェンネルに苛められてるわけ?」

「!ヘマって…お前な、簡単に言うが、一体誰のせいだと…」

「あら、あたしのせいなの?」


「無駄話もいい加減にしろ」


フェンネルが厳しく二人を諭した。

その、ぴしりとした口調に、残りの二人は、毒気を抜かれたように黙り込む。

今までの会話の内容からしても、どうやら彼… フェンネルが、六魔将のリーダー格らしい。


二人を抑えたフェンネルは、ふと、サリアの抱いている女の子に目を向けた。

その女の子の外見は、銀髪紫眼で、カミュと全く同じだ。

フェンネルは瞬時に警戒を固めると、女の子の動きに注意しつつも、サリアに問い質した。


「サリア、その子は?」

「可愛いでしょう? それに、外見もカミュ様に瓜二つで綺麗でしょ?

…それもそのはず、この子はカミュ様の妹君… マリィ様なのよ!」

「はあ…?」


意外なことに奇声をあげたのは、言うまでもなくカイネルだった。

そのまま、ふん、と鼻を鳴らすと、馬鹿にしきった様子で肩を竦める。


「なに盛大に寝ぼけてるんだ、サリア。カミュ様には妹君などいないぜ」

「ああ。俺もそんな話は聞いたことがない」


カミュの教育係でもあり、カミュのことは六魔将一、知っているはずのフェンネルも、あっさりとそれに同意する。

彼はそのまま、油断なく女の子を見据えた。


「大方、お前の傀儡の能力で、よく似た外見を持つ子でも操っているのだろう?」

「…と普通は考えるわよね。でも、それがそもそもの勘違いよ」

「何だと…?」


「…この御方はね、紛れもなくカミュ様の妹君・マリィ=ブライン様なのよ。

あのサヴァイス様が、直にお認めになられている以上、それは絶対に間違いないわ」


「!な…」


六魔将の二人が、さすがに絶句し、まじまじと目の前の女の子…マリィを見る。

するとマリィは、そっとサリアの手から離れた。

そのまま、枝に足をつけて呟く。


「貴方たちが分からなくても仕方ない。マリィは今までずっと、母上のいる空間の、更に隣の空間にいたから」

「えっ…?」

「あそこは父上しか入れない所。だからマリィは、そこから出るまで、父上と母上しか見たことなかったの。

勿論…兄上も、マリィのことは知らないはず」

「カミュ様も…!?」


意外なことを連続で聞いて、フェンネルとカイネルはすっかり雰囲気に呑まれていた。

しかし、何かに引っかかったカイネルが、頬を掻きながら尋ねる。


「…し、しかしですね、マリィ様…、そのお話が本当だとして、マリィ様は今、お幾つですか? そして何故、この世界に?」

「…マリィは今、6歳。ここに来たのは、サリアが…兄上のいる世界に連れて行ってくれるって言うから、ついてきたの」

「サリアが?」


フェンネルが、じろりと横目でサリアを見る。その迫力に、サリアは叱られた子供のように首を竦めた。

それを素早く見咎めたマリィが、慌ててフェンネルを制止する。


「サリアを怒らないで、フェンネル。兄上に会いたいと、我が儘を言ったのはマリィ。サリアは悪くないの」

「…、そうですか」


釈然としない様子で、フェンネルが息をつく。

そのままフェンネルは、サリアを枝の陰に引っ張りこんだ。同時に、マリィには気付かれないように、カイネルに目配せする。

それに気付いたカイネルは、マリィを連れてその場から少し離れ、わざと大袈裟に話しかけた。


「…マリィ様、この下に大きな屋敷が見えますよね?」

「? …ん、見える」

「実は、兄上のカミュ様は、今はここにおられるのですよ」

「!兄上が…ここに?」

「ええ」


どうやら、マリィの意識を、うまく屋敷の方に誘導することに成功したカイネルは、フェンネルの方へと逆に目配せした。

フェンネルは頷くと、マリィには聞こえないような低い声で、サリアに尋ねた。


「どういうことだ、サリア」

「どういうことって…、さっきも言ったわよね? マリィ様が、カミュ様の妹君なのは本当よ」

「それは聞き飽きた。…言われなくとも、マリィ様から感じられる魔力の規模は、間違いなく皇族の持つものだ。マリィ様が皇族であることは、カミュ様に似たあの面差しからも疑いようはない」


間髪入れずに切り返されて、サリアは一瞬、返答に詰まった。


「そこまで分かっているなら、別に今更聞くことも…」


「勘違いするな。納得がいっているのは、あくまでもそこまでだ。…俺が知りたいのは、マリィ様が既に存在していたのであれば、何故、今になって、このタイミングで姿を見せられたのか…

それと、我々すら今まで知らなかったはずのマリィ様の存在を、お前がどこから知ったのかだ」


「さすがに鋭いわね、フェンネル」

「世辞などはいい」


フェンネルは、いつになく冷たく言い捨てた。その様子に呑まれたサリアが、ごくりと唾を呑む。


「わ…、分かったわよ、白状するわ。

私は始め、貴方の言った通り、カミュ様に外見のよく似た女の子を捜し出し、操って、カミュ様に接触させるつもりだったのよ」

「…やはりそうか」


フェンネルの目の奥に、鋭い光が浮かぶ。

それを気配で察しながらも、サリアは口早に話を続けた。


「ところが、その計画をサヴァイス様に報告した後…、少しして、サヴァイス様ご本人が、奥の空間から、マリィ様を…」

「…ということは、その前までは、お前もマリィ様の存在は知らなかったんだな?」


フェンネルのさり気ない問いに、サリアはこれ以上なくムキになって答えた。


「当然でしょ! カミュ様の教育係とお目付け役とを兼ねている貴方が知らないことを、何で私が知ってるのよ!?」

「…それもそうだな」


フェンネルは、そこはあっさりと納得し、サリアに話の先を促した。

サリアは、そんなフェンネルに、どこか釈然としない表情を見せている。

それが嫌というほど分かっているフェンネルは、もうひとつ気にかかっていたことを尋ねた。


「…それで、お前が未だにマリィ様の傍にいる理由は何だ?」

「え?」


「とぼけるな。…マリィ様はカミュ様の実妹…ということは、お前が操る必要はないはずだ。そして、その上でこの世界に連れてくるのであれば、既にカミュ様に面の割れている俺たちが、お目付け役になるのが最良というものだろう」


「何が言いたいの?」


「分からないか? 今まで、マリィ様の存在が表沙汰になっていなかったこと…

カミュ様と接触させる上で、あえてそのマリィ様を持ち出してきたこと…

さらに、お前が我々にマリィ様を任せることもなく、また、自らも今だに戻らずに、マリィ様の傍へいること…

以上の事実から読み取れば、大体の予想は付こうというものだ」


「!…」


要点を、ピンポイントでまとめられた挙げ句に見抜かれて、さすがにサリアが絶句した。


「…さっきのもお世辞なんかじゃなかったんだけど…、その洞察力、さすがはフェンネルね」

「…、事実を元に、少し考えれば分かることだ」


フェンネルは、しれっとして答えた。

すると、向こうの枝の方から、カイネルの、何やら慌てふためいたような声が響いてきた。


「!…ま、マリィ様っ! さっきも説明しましたがね、今のカミュ様には、精の黒瞑界にいた頃の記憶がないんですよ!?」

「うん…、それは良く解った。…でも、それでもいいから、マリィは兄上にお会いしたいの」

「!い…今のカミュ様にですか!? それは危険です!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る