互いを思いやる
「…ふん。出来ないのであれば、約束など取り付けるべきではないし、出来るのであれば、つべこべ言わずに実行するのが賢明だ。それは分かっているんだろう?」
「…ええ、よーっく分かってますとも」
半眼で唯香が呻く。
続けざまにサラダの野菜を恨みがましく突き刺している唯香には、もはやテーブルマナーもへったくれもない。
「…で、カミュ」
「ついでのように人を呼ぶな」
間を置かずに、カミュが窘める。しかし唯香は、フォークに突き刺した野菜もそのままに、前方だけを見て話を進めた。
「今は結構、大丈夫そうだけど… 本当にその状態で、血は足りてるの?」
「…、貧血をおこしたばかりの奴が、いらぬ心配をするな」
カミュは、そのまま話を切り上げ、終わらせるつもりで外方を向いた。
…が、やはりというべきか、その返事では全く納得のできない唯香が食ってかかる。
「駄目だよ! また具合が悪くなったら大変でしょ!?」
「お前には、それと全く同じ言葉を返してやる。…人のことより、まずは自分の体を心配しろ」
「!…っ、だけど…」
「能書きはいい。…血を直接取られるぶん、お前の方が健康へのリスクは高いはずだ。…ならば、せめて俺が血を吸わない時に養生するしかないだろう?」
「…分かった」
それなりに納得したらしい唯香は、何故か次には、食べるために動かしていた手を止め、フォークを置いた。
その様子を見逃すはずのないカミュが、意外そうに尋ねる。
「どうした?」
「別に…何でもない」
「なら、何故食べるのを止める…」
どこか苛立ったようなカミュの口調に、唯香はびくりと身を竦ませた。
「…怒らないで聞いて。あたしには、カミュの気持ちはよく解るの。本当に、あたしの体を気遣って、そう言ってくれてるのは…すごく良く解る。
でも…カミュ、あたしはそれと同じくらいに、貴方の体調が心配なの」
「だから、俺のことは気に病む必要はないと──」
「分かってる。だから、無理に血を吸ってとは言わない。
だけど、体調がおかしくなったら、その時はすぐに言って。
でないと…安心して食事も出来ないから…」
そこまで話して俯いた唯香に、カミュは労るような目で、彼女を見た。
「ああ…、分かった」
唯香の気持ちがよく分かり、カミュはそこまで返事をするのが精一杯だった。
カミュの承諾の返事を聞いた唯香は、心から安堵し、再びフォークを手に取り、食事を始めた。
そんな唯香の健気な様子を見ながら、カミュは我知らず、自分の言動を振り返っていた。
…自分が心配する、それ以上に、相手も自分のことを心配している。
ヒトではないはずの自分の為に。
なのに、自分はそれを拒絶していた。
相手に、必要以上には関われないと、勝手に判断すらしていた…!
…それでも、唯香は自分を心配してくれている。
自分がどれだけ、他人に壁を作ろうとも、みな、それを乗り越えて介入してくる。
唯香、将臣、そしてフェンネルにカイネル…
全員がそうだ。
しかし、中でも親身になって、自らの赤裸々な感情をぶつけてまで、自分のことを気にかけてくれたのは…
他でもない唯香だけだ。
「……」
カミュの表情に、今までにはない種類の戸惑いが浮かんだ。
ここまで自分を気にかけてくれる少女に、この世界ではまるで非力な自分は、一体何をしてあげられるのだろう?
それに応えてやるのなら、単に話し相手になるだけでは駄目だ。
彼女を取り巻く、全てのものから護ってやらなければ。
…将臣もそうだ。
記憶のない、不安定な状態の自分を受け入れ、この場への滞在を許してくれた。
今なら分かる。
…今のこの環境を壊す者は、誰一人として許さない。
だからこそ自分は、人間嫌いのフェンネルや、始めは反発する素振りを見せていたカイネルに、皇子である権限を駆使し、命令してでも、この場を守ろうとしたのだろう。
…そう、今ならそれがよく解る。
あの時はさほど意識しなかったはずのこと…
“自分が、何を護ろうとしたのか”が。
「…唯香」
カミュが呟いた。その口元には、親しみを込めた笑みがある。
唯香はそれに気づかず、きょとんとした顔でカミュを見た。
「なに? カミュ」
「…何でもない。たくさん食べろよ」
「うん」
大きく頷いた唯香を、カミュは優しい光を目に湛えながら見つめていた。
…後に、この時に垣間見せた感情が、自らの弱点になるとも知らずに…
→TO BE CONTINUED…
NEXT:†失われた魔力†
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