13~15〈影〉
13
クーリエの言葉はすぐに会場の叫びにかき消されてしまった。
ぱっとふりかえると、舞台ではジャックと挑戦者一人を除いた他の人物たちが退場したところだった。
司会は舞台をより近くで見られる場所に備えられた特別な観戦席に立ち、大声を張り上げる。
この会場にこれだけ届く声だから、そういう技能の持ち主か、はたまた魔導持ちなのだろう。
「本日最初の挑戦者はぁ!!数々の魔獣をその細剣で屠ってきた、
気合の入った紹介に、挑戦者ストローハットは細剣を抜いて応えた。
使い込まれた良い剣だった。
司会は、彼のこまごました経歴の紹介に移った。
「ルヴィア殿にも見えるか。目が良いのだな」
剣の様子がクーリエにも見えたようだ。そしてこの距離から剣を観察するルヴィアに関心した。だが、クーリエの方も見えていることにむしろルヴィアが驚いた。
「さっきの…魔導が効かないって、どういうこと?」
クーリエが話しかけてきたことで、お互いの話を聞ける程度に喧噪が収まってきたのに気づき、ルヴィアは尋ねた。
「そのままの意味だ」
クーリエが、兜の内側で眼光を鋭くしているのが見える。
彼女は一呼吸おいて、一度に吐き出すようにつづけた。
「多くの魔導士がジャックに挑んだが結果は散々だった。見ていた魔導士たちはあれがジャックの魔導に違いないと考えたものの結局対策が思いつかず挑むのをやめたそうだ」
なぜか、そう語る彼女は不思議な感情を湛えているようだった。
それにどこか違和感も感じたが、よく分からなかった。
ストローハットが静かに武器に手を添えて、ジャックを見据えた。
ジャックは変わらず自然体で、構える様子はない。
「……」
喧噪とは裏腹に、静かでありながら剣呑な雰囲気にルヴィアは思わず息をのんだ。
時が止まったかのような緊張感を、司会の声が引き裂いた。
「試合!開始いいぃぃぃぃぃ!!!」
14
合図と同時にストローハットが動き出す。
キンッ
まず響いたのは、固い鉄の音。
それは彼が剣をジャックにつき込んだ音だ。
目にもとまらぬ速さで迫った突きを、ジャックは片腕を使っていともたやすく逸らしたのだ。
腕についた装備が、剣にこすれて甲高い音を立てている。
「なっ……!!」
まさに、必殺の一撃だったのだろう。
ストローハットの突きは、いままで相対してきたどの魔獣もその急所を一突きにして仕留めてきたに違いない。故に、
しかしジャックはそれを弾いてみせたのだ。ストローハットの顔は驚愕に染まっている。
だがさすが異名持ちの男。ストローハットは直ぐに次の攻撃に転じた。
渾身の突きを避けられた時のことも想定し、何度も訓練していたのだろう美しい連撃が、ジャックに向けられた。
連撃の最初の横薙ぎを、ジャックは身をかがめ舞台に手を付けて避ける。
回転しながら繰り出される次の突きは、すっと手を添えて
ストローハットが一度剣を引き戻し、体勢を立て直したすきに、ジャックは僅かに後ろに飛び去った。ストローハットが踏み込めば届く距離である。
隙だらけに見えるその着地際に、ストローハットは連撃の最後、渾身の突きを放った。
「あっ!!」
早くも、決着がつく。
ルヴィアはストローハットの足元を見た。
彼が突きのために踏み込もうとしているそこにある、罠を見た。
ストローハットは気付かず、前に出てしまった。
「ぐっ!?」
連撃は続かず、思い切り出した足が盛大に滑る。
踏み込んだせいで距離が詰まった彼は、素手の攻撃が十分な威力を持つ範囲にいた。
そして大きく体勢を崩したストローハットに向かって、ジャックが蹴りを放った。
ジャックの蹴りはストローハットの顔面に炸裂し、明らかなダメージを与える。
そのままストローハットは石の舞台に倒れ込み、起き上がることはなかった。
「け、決着ぅぅぅ!!!挑戦者ストローハット!ジャックに武器を抜かせることもできませんでしたぁぁぁ!!!」
どっと、爆発したように歓声が響き渡る。
ジャックの圧倒的な勝利に、すべての観客が酔いしれた。
こんな戦いが、あと二回も待っていると興奮していた。
一方で、ルヴィアも震えるような感動を味わっていた。
「(すごい…あんなの、普通じゃない)」
ヨハンも同じだったようで、すぐにルヴィアに話しかけてくる。
「すげぇな!ジャックもストローハットが突き自慢ってすぐにわかったんだな」
「ええ。だからあえて突きをあんな方法ではじいたのね」
目にもとまらぬ突きを、正面から、しかも一歩も動かずにはじかれたストローハットは、おそらくプライドに傷を入れられた。
連撃中も突きだけは同じようにはじいたため、ますますストローハットは挑発された。
「そんで、わざと隙を見せて踏み込ませて……」
「罠にかけた」
舞台には油がてらてらと光っていた。ほんの小瓶一本分程度の油が。
そこはジャックが屈んで手をついた場所である。
ジャックに突きを入れることに夢中になっていたストローハットはそれを見落とし、まんまと引っかかってしまったのだ。
「こりゃ残りの奴にも勝ち目はねえだろうな」
「そうね」
見たところ、挑戦者の中ではストローハットが一番強かった。
そんな彼が手もなくひねられてしまったのだから、もはやジャックの勝ちはゆるぎない。
一回の試合でこの程度なら、スタミナ切れも狙えはしないだろう。
「あれ?クーリエは?」
レクリルが気づいて言った。
ルヴィアが振り返ると、クーリエの姿はなかった。
「あれ……帰っちゃったのかしら…」
「黙っていなくなるような感じはしなかったがなぁ。急用でも思い出したのかも」
「うんうん。きっとそうだよ」
見渡してもあの不思議な女性の姿はなかった。本当に帰ったのかもしれない。
彼女は腕が立つはずだし、心配すべきことになってはいないはずだ。
レクリルやヨハンもそう考えているようだし、と、ルヴィアも気にしないことにした。
15
その日の試合が全て終わり、日も傾いてきた時間。
クーリエの姿は町の中にあった。
そして彼女は、石畳に伸びる影を踏みつけるように、ある人物の背後に立った。
「……ジャック……どうして……」
「……なぜ…ここに?」
今はまるで違う装いをしているが、クーリエが声をかけたのは、ジャック・ザ・ハントだった。
「なぜここに、じゃないだろう!それはこちらのセリフだ!それに…ジャック、あなたはこんなことに力を使わなかったはずだ……それが……」
「分かるだろう?……あの頃と同じだ。……俺には、決して見捨てられないものがある」
「あの頃というのは…私を拾ってくれた時のことを言っているのか?子供が、絡んでいるのか?私では、力になれないのか?」
「……」
クーリエが肩を震わせる。
実のところ、クーリエの真心はジャックにもはっきりと伝わっていた。
しかし——ジャックが出す答えが変わることはない。
「そうだな。お前に頼ることはできないんだ……」
「突き放さないでくれ!ジャック!!」
「……突き放すなんて、そんなことはしないさ。お前が嫌いなわけじゃない。信じられないなら……もう少し近くに来てみるか?」
ジャックは町の中央に向かって指をさす。
「パーハース、中央孤児院に行け。そして院長に、【
そういって、ふっと姿を消してしまう。
クーリエは相変わらず肩を震わせていた。それは悲しみや怒りではなかった。
悔しさである。
「私だって……私だってわかっている…!……自分が、あなたの助けになるには、あまりにも未熟だということくらい……!」
だんっ!と一歩、地団駄をふむ。
そしてその足で、彼女は町の中央へ向かっていったのだった。
ウォーロック─War lock─ まだら尾のシユウ @Madarao_siyuu
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