10~12〈狩人〉

10



闘技場に辿り着くと、中に入る前から随分と賑やかな場所だった。

飲み物や食べ物を売る露店は一つや二つではなく、闘技場に続く幅の広い道の両脇は、そうした露店に完全に占領されている。

そしてそれを買い食い、食べ歩く者で溢れかえっていた。明らかな一般人や冒険者、旅人、傭兵など、集まっている人間は様々である。


とはいえ、ヨハンとクーリエのような全身鎧はありふれたものでも無い。当然のように人ごみの中でも目立っている。


「ヨハーンっ」


そうして目印のように立つヨハンに、レクリルが声をかけてきた。着いた途端声をかけてくるなど、ヨハンが見つけやすい証拠だ。


「間に合ったろ?」

「そうだね──うわ、鎧!?」

「お初にお目にかかる。クルーエルリエラという。ヨハン殿とは、先程知り合ったのだ」

「あ!女の人?ごめんなさい、驚いちゃって…私はレクリル!」

「うちの団長だ」

「なるほど、あなたが…」

「それと…」


レクリルが指さす方には、品物を持ってやってくるルヴィアの姿があった。


「あっちにいるのがルヴィアだよ」


ルヴィアは直ぐに合流し、何事か尋ねた。


「どうしたの?」

「ああ。途中でこっちのクーリエと知り合ってよ。闘技場を見に行くってんで、せっかくだから一緒に来たんだ」

「そうだったの。よろしくね」

「よろしくお願いする」


クーリエは兜を脱いで挨拶した。


「私達もクーリエって呼んでいい?」

「もちろんだ。ところで、団ということは他にも仲間がいらっしゃるのか?」

「ううん。うちはまだルヴィアとヨハンだけ。でも2人ともとっても強いんだよ」

「なるほど。私から見てもおふたりの強さは相当のものだ。だが、レクリル殿もなかなか」

「え?そう?ふふふ」


クーリエの眼はかなり力量を見る力に長けているようだ。事実、レクリルは攻撃力はともかく、剣を守りに使えばかなりの技を持っている。人間が相手なら、レクリルを剣で倒すのは苦労するだろう。

褒められたレクリルは、右手で頭を掻きながら笑った。


「そして装備も素晴らしいな。ルヴィア殿の服は、見たことも無い革でできているが…相当の魔導が込められた魔道具と見える」


クーリエは少し声のボリュームを落として言った。魔道具は基本的に高価なものであるから、そこを配慮したのだ。


「へぇ!凄いわね。見ただけでわかるの?」

「武具の知識に加えて、私の魔導はそういったものを見分けるのに優れた力を持っているのだ」

「そんな魔導もあるんだね」

「時にお二方。あなた方は魔剣をお持ちのご様子」

「魔剣…たしかにそうだけど…私も?」


クーリエはルヴィアとレクリルの持つ剣を魔剣だと判断し、そう切り出した。



11



「ああ。ルヴィア殿の持つ剣も魔剣だ」

「し、知らなかった…」

「どちらも不思議な剣だ。レクリル殿の持つ魔剣はまるで魔力の塊のようだが、一方でルヴィア殿の剣は、普通の魔剣が持つ量より魔力がだいぶ少ない。魔剣と分かりずらいのはそのせいだ。私でなければ気付かないだろう」

「少ないってどのくらい?」

「ふむ。半分ほどだろうか」

「詳しいのね」

「まぁ、少しな…」


クーリエは何かを隠すように言った。なにか事情があるようだが、ルヴィア達に危害を加える気があるようには見えない。

ならばあまり追求するものでもない。しかも、ルヴィアの剣が魔剣だと分かったのは彼女のおかげでもある。


「とにかく凄いよ!一瞬で見分けがつくなんて!」

「喜んでもらえたなら良かった。これくらいしか特技が無いものでな」

「おいおい、それなりに腕は立つんじゃないか?」

「ははは。せいぜい自分の身を守れる程度だ」


謙遜する彼女にルヴィアは気づいたことがあり、質問を投げかけた。


「もしかして、1人で旅してるの?」

「まぁ、そんなところだ」


クーリエはあっけからんと答える。

レクリルは目を輝かせて、彼女を勧誘した。


「クーリエも団に入らない?」

「ふむ…嬉しいお誘いだが…すまない。目的があってな。それを果たすまでは、己1人で道を進まねばならないのだ。暫くはこの町にいるだろうが…」

「そっか」

「なに、せっかくのお誘いだ。目的さえ果たせれば、もしかすれば加わることもあるだろう」

「ほんと!?じゃあ、クーリエのそれが叶うように祈ってるね!」

「それはありがたい」


クーリエはレクリルの勧誘を断りはしたものの、返事は明るいものだった。レクリルも上機嫌である。


「ところで、レクリル殿の団は何を目的に活動を?」

「目的…そう、それはね、人助け!困ってる人や悪い人を見つけて、助けたり懲らしめたり!」

「ほう…立派な目的だ。しかしこの町、今のところ仕事が無いのでは?」

「うっ!そうなんだよね…」

「クーリエはその辺りもちゃんと知ってるのね」

「まぁ聞きかじった程度だ」

「だがこんだけ人も集まってるしな。観光がてら暫く滞在してりゃ、なにか起きるかもしれねぇ」

「確かに、人集まるところに淀みありと言うしな」


クーリエは元貴族という出自だけあって、頭が切れるようだ。物覚えもよく、一方で武勇もあるのだから、いずれ彼女の目的も果たされるだろう。

ならばそれまでこの団も、目的通り活躍し続け、彼女を迎えられるように頑張る必要がありそうだ。


「ほら、そろそろ午前の戦いが始まるみてぇだぜ」

「入場は無料らしいから、早く席を取りに行こう!」


ヨハンの合図で、一行は観戦の舞台へ駆けていった。



12



席を取り観戦の準備を終えると、既に会場内のボルテージは最高潮だった。

まだ始まっていないのに、圧倒的な熱気に包まれている。

戦闘の舞台に司会と思われる男が現れると、会場は一気に静かになった。

見知らぬ人間達がここまで連携を取れているのも、この舞台の熱気が引き起こすものだろう。


「お待たせしました!午前の部への参加者をご紹介します!入場です!」


司会がそう言うと、軽快な音楽とともに3人の男が入出場口から現れた。いずれも鍛え上げられた剣客で、戦闘で魔導は使わないか、使ってもほんのわずかだろうと思われる。


「?…純粋な魔導士はいないのね」


純粋な魔導士というのは、アーリマンのような魔導のみを駆使して戦う者である。

ルヴィアのように魔導と剣を使うタイプの魔導士は、器用ではあるものの、1回の攻撃力が落ちるためかあまりいない。


今回は3人だけだし、たまたま居ないのだろうかと結論を付けた。


「それではお待ちかね!あの男の登場です!」


司会はもったいぶって叫んでいる。

大きな身振り手振りをしながら、その動きに合わせて口を開く。


「我らが【人類最強】!!

"ジャック・ザ・ハント狩人ジャック"──ッッ!!!」


会場が絶叫に包まれる。

建物を全てを揺らす、怒涛の歓声だ。

入出場口から、顔をマスクで隠した軽装の男が入ってくる。すらっとした長身で、フードを被っていた。

背には弓を携え、腰には鉈のような、刃の無い金属の塊を吊っている。


「(あれが…人類最強、ジャック…)」


一見強さを感じられないが、動きに一分の隙も見つからない。彼を眺めるルヴィアに、クーリエが言う。


「純粋な魔導士が居ないのはどうしてか」

「…え…?」

「ジャック・ザ・ハントには、純粋な魔導士では絶対に勝てない。だから純粋な魔導士は決して挑戦しない………なぜなら奴には…」


───魔導では一切傷をつけられないからだ。

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