7~9〈町中〉

7



明くる日、レクリルの団は闘技場に向かってみることにした。噂に名高い、「人類最強」の戦闘を、彼女らも見ようと思ったのだ。


孤児院は食事が非常に美味で寝床もよかったので、今夜も宿泊する旨を伝えて料金を支払った。昼の時間は闘技場でつぶすことになる。

なお、今の時刻は8の時である。


「あれれ?バルバドスは?」

「バルバドスなら、朝早くから狩りに出かけましたよ」


尋ねたレクリルに、モリザはそう返した。


「バルバドスも誘おうと思ったのにな」

「まぁ、そういうのには興味無いのかもしれないぜ。それに前から住んでるなら一度くらいは見たことあるんじゃないか」

「それもそっか」


結局、レクリル達は三人で裏町の方面へ歩いていく。そこには入らないが、闘技場は裏町にほど近いのだ。

孤児院は治安の良い中央にあるため、距離はそこそこある。

しかし聞いた話では戦いは10の時から順次始まるとのことなので、徒歩で向かっても時間は十分にある。

なお、武器は一応携帯しておくことにした。


「お、ありゃいいな」


途中、鍛冶屋を見つけたヨハンは、店先に置いてある武具の質から、腕のある店主であると見抜き、興味を持った。


「ちょっと覗いていっていいか?すぐに追いつくから、先に行ってていいぜ」

「ヨハンったら、そういうのに目がないね」

「まぁいいわ。もし変な時間まで長居しちゃったら、孤児院に戻ってよ?」

「信用ねぇなぁ… ははっ」


ヨハンは乾いた笑いをこぼし、鍛冶屋に向かっていった。

レクリルとルヴィアはそれを見送ると、再び先に進んでいった。

しばらく行くと、大きな川が街の一部を抉りとるように流れている場所が見えてきた。


川の向こう側には巨大な屋敷があり、見るからに立派で、富豪の持ち物なのだろうとわかる。


「すごいねー!誰が住んでるんだろう?」


レクリルが感嘆していると、通りがかった男性が声をかけてきた。


「おや、嬢ちゃん達、知らないのか?ここは魔道具商のアーグリードの屋敷さ」

「魔道具商!?」

「魔道具を売っているの?」

「そうさ。そこにデカい店があるだろ?」


男性が指さした川の手前側には、確かに大きな建物があった。厳重な警備に守られてはいるが、確かに出入り自由の店であるようだ。


「あれが、アーグリードの商店さ。最も、一番利益を得てるのはここでの商売じゃなくて、オークションらしいけどね」

「へー!」

「優秀な探検家を抱えてるらしい。そいつらに魔道具を見つけさせては、それを売りさばいてるのさ。店に置いてあるのは、オークションに出す程ではない魔道具さ。それでも、目ん玉が飛び出るくらい高価だけどね」

「なるほど…そうやってパーハースでも指折りの商店になった。という感じかしら?」

「そうとも」


男性は、朗らかに笑った。



8



「この町では一二を争う権力者さ。屋敷に入れるのは、世話の者と招待された者だけだ。あの川を越えるには、跳ね橋を下ろしてもらう必要がある。飛べでもしない限り、盗みに入ることすらできないんだ」


男性が見やる所には、跳ね橋を管理していると思われる場所がある。


「そっかー。じゃあもしかして、闘技場の景品の光の羽って…」

「ああ、そうとも!アーグリードが用意したものだ。おっと、もしかして闘技場に行くところだったか?呼び止めて悪かったな」

「ううん!色々聞かせてくれてありがとう!」


礼を言って男性と別れる。

レクリルは、店の方をじっと見ていた。


「もしかして、入りたいの?」

「え!?あ、もしかして顔に出てた?」

「ええ」

「あはは…確かに入りたいけど……ねぇ、闘技場で観戦した帰りに寄ってもいいかな!」

「もちろん。私も興味があるしね」


ルヴィアが頷くと、レクリルも飛んで喜んだ。一方で、ルヴィアも確かに魔道具商のことが気になっていたが、別のことも考えていた。


「(空を飛べたら…か)」


自身の魔導で空を駆けることを研究しているが、まだ実用は出来ていない。

もしこの川を越えようとしても、途中で落ちてしまうだろう。


魔導は、基本的には狙った場所に魔力の塊を飛ばすものだ。

それが思い通りの場所で、想像した効果を発揮することで完成する。


これを想像することが下手な人間は、例えば、目の前の岩の裏側に魔導を発生させるといったようなことは出来ない。魔力が岩を回り込むという作業を想像できないからだ。


ルヴィアはかなり魔力の扱いは上手い方で、魔力を靴の裏に飛ばし、そこに付いた小石や塵を〈停止〉させて足場を生み出して、空を2歩か3歩歩いている。しかし、空を走る方法は今のところ思いついていない。



「どうしたの?考え込んで」

「ううん。なんでも無いわ。行きましょう」

「うん!」


一旦難しいことは忘れて、観光を楽しむ方が良いだろうと再び歩き出した。



9



その頃、ルヴィア達と別れたヨハンは、鍛冶屋を覗き終わり、店を出たところだった。

しかし、少し歩いた所で足を止め何かをじっと見つめている。


彼の目の前には、身長はヨハンに及ばず、全体的に細身なものの、武威をしかと感じられる全身鎧の人物がいた。幅は狭いが全長は長く、それでいて肉厚な剣身を持つ、特徴的な剣を腰に吊っている。

黒く立派な鎧を纏うそちらも、ヨハンをじっと見つめている。兜をしているため、そのように見えるというだけだが。


「うーん……その鎧。凄く立派だな!あまりお目にはかかれない品だ」


ヨハンは、彼自身が見惚れていた相手の黒い鎧を褒めた。

すると相手はぐっと首を動かし、


「そちらこそ。年季があるが実に素晴らしい鎧をお持ちだ」


と返答した。

やけに高い声に、ヨハンは驚いた。


「もしかして、女か!?」

「ああ。私はクルーエルリエラと言う」

「俺はヨハンだ。あんた、いい名前だがちと長いな」

「好きに呼んでもらって構わない」

「なら、クーリエって呼ばせてもらうぜ」

「承知した。ヨハン殿」


それぞれ短いやり取りだったが、2人の気分は明るそうだった。


「随分腕が立ちそうだな。この町には、例の闘技場を見に来たのか?」

「ああ。そうだ。とすると、ヨハン殿も?」

「おうよ。今から行くところだったんだが、ちょっと仲間と離れて、そこの鍛冶屋を覗いてたんだ」

「仲間がいらっしゃるのか」

「頼りになる奴らだぜ」


ヨハンは誇らしげに言った。


「私もこれから闘技場に向かおうとしていたところだ。良ければ道々させて貰えまいか」

「ほう。それならちょうどいいな。武具談義でもしながら行こうぜ」

「願ってもない」


出会ってほんの数分であると言うのに、2人は性格を理解し、打ち解けてしまった。互いに兜を脱いで、改めて挨拶した。

兜を取ったクーリエは、美しい紫紺の髪を短く切りそろえた若く見目麗しい女だった。


「クーリエは随分格式ばった喋り方をするな。こっちは口が悪くてすまん」

「気にする事はない。実は私は元貴族でな。喋り方だけが抜けんのだ」

「へぇ。そうだったのか」


ヨハンはそれだけ聞いて、それ以上は追求せずにおいた。喋りたければ勝手に喋ることを、わざわざ聞く必要は無い。


「ところでその鎧なのだが…」

「ああ、こいつは父親が残したもので…」

「ほう、とすると保存状態も素晴らしい…」

「この斧も云われのあるやつらしい…」

「ほお!とすると…」


2人はマニアックな武具談義に花を咲かせながら、ルヴィア達に遅れて闘技場へ向かっていった。

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