4~6〈パーハース中央孤児院〉

まぁ、まぁ、取り敢えず上がっていけよ。

とレクリル達に声をかけたバルバドスは、建物の中にずかずかと入っていく。

態度からして、彼にとって見知った建物なのだろう。


「つ、ついて行くか」


多少億した様子だったものの、ヨハンが先陣をきって中に入っていく。その後にレクリルとルヴィアも続いた。


内部を奥に進むと、騒がしい声が聞こえてくる。角を曲がって騒がしさに目線をやると、子供たちに囲まれたバルバドスの姿があった。


「お前ら、元気にしてたかぁ?」


バルバドスが声をかけると、子供達は一斉に思い思いの返事をした。やがてルヴィア達の存在に気づくと、バルバドスの陰に隠れて、不安そうにこちらを伺っている。


「ああ安心しろ、お客様だ。もてなしてやれ!」


「「「「い、いらっしゃいませぇー!」」」」


バルバドスが促すと、子供達はまた一斉に口を揃えて言った。


「ど、どうも……ねぇバルバドス、いらっしゃいませってことは、この孤児院ってもしかして…」

「おう。紹介した奴限定で宿屋になる。ここはお布施と、宿屋の経営で生活してるのさ」

「なるほど…」


微妙ではあるが納得したところで、奥から老齢のシスターが現れる。


「よお、マザー。客を連れてきた」

「あらあら、ご苦労さま、バルバドス。皆様、こんにちは。私はモリザと申します」

「あ、こんにちは。レクリルです」

「ルヴィアよ」

「俺はヨハン…こ、こんにちは」


モリザと名乗ったこの女性は、厳かな雰囲気を纏っていながら母親のような柔らかな気配もあり、マザーと呼ばれるに相応しい貫禄があった。


「ほほほ。そんなに緊張なさらないで。おやまぁ、お荷物はあまりお持ちでないみたいね。なら…貴方たち、お客様を部屋にご案内して」

「はぁーい」

「こっちー!」

「こっちだよー!」


案内を頼まれた子供達は、一行を引っ張って2階へ連れていく。


「えっ!あの!」

「ごゆっくりどうぞー!」


泊まるか否か、それを決めたりする前に一行は案内されてしまう。


連れてこられた所は、部屋が数十も並んでいる廊下だ。おそらくその内の幾つかが、客用に空き部屋となっているのだ。


「おくー!」

「奥の7つ!」


子供達が言うには、奥の7つの部屋が空いているらしい。取り敢えず一行は、その内の1つの扉を開け、中を覗いてみる。


そこは清潔に整えられた空間で、本当にここに格安で泊まれるのかと不安になる部屋だった。



5



「お、どうだ?いい部屋だろ?」


着いてきたバルバドスは一行に追いつき、そう質問した。


「たしかにいい部屋だね。本当に格安かどうか不安になるくらいには」

「はっはっはっ。まぁ、初めて来たやつはみんなそういうさ」

「結局のところ、おいくらなの…?」

「なんと、銅貨4枚!!」

「ええ!?じゃあ4人あわせて、たった銀貨1枚と銅貨4枚!?」

「なにを言ってやがる。1人あたり銅貨1枚だ」

「ええええええ!?」


レクリルは驚き、驚愕の声をあげた。

さらにバルバドスは、「それで朝晩飯付き」と続ける。

これには流石にルヴィアとヨハンも驚き、「ええええ!?」と叫んでしまう。


「どうしてこんなに安いの!?」

「まぁ、いろいろある。もともと経営には困ってないから、小遣い稼ぎ程度にやってることだしな」

「それでもこの値段はおかしくないかしら」

「実は俺がこの孤児院に個人的に寄付しててな。こうして宿屋やってるのは、俺が経営に口出しして、子供たちに仕事っつーのを教えてやってくれって、マザーに頼んでんのさ」

「へぇー」


子供達のことを少しでも考えて、ということか。バルバドスはかなり立派な人間だった。


「面倒見がいいのね」

「よせよせ、そんなんじゃねぇよ」


バルバドスは手を振って謙遜した。

ちょうど子供たちも騒がしくなってきたので、一行はバルバドスを褒めそやそうとするのはやめて、部屋割りを決めることにした。


「取り敢えず、俺は奥に行くぜ。ここ、扉が大きくて使いやすそうだ」

「ヨハンはデカブツ、だもんね」

「うっせー」

「じゃあ私がその手前で、続いてレクリル、でいいかしら?」

「分かった」


レクリル達が部屋割りを終えると、バルバドスは子供たちに呼びかける。


「ほらお前ら、お客様が泊まってくれるってよ。請求しろ請求」

「お、おだ、お代をおねがいしましゅ」


少年が1人、トレイを掲げながら出てくる。


「はあい。じゃあ4人、ひとまず1泊!お願いしまーす!」


レクリルは笑顔で、トレイに銅貨を載せた。

少年はありがとうございます!と言うと、トレイを降ろし、銅貨を手に取った。

ほかの子供たちも、きゃっきゃっとはしゃいでいる。


「よし、お前ら解散!お客様の近くで騒ぐなよー?」

「「「はぁーい」」」

「そんじゃ、ごゆっくりー」


バルバドスは廊下を歩いて戻って行った。

レクリル達は体を休めるため、先程決めた部屋割り通り、各自部屋に入っていくのだった。



6



そして時刻は深い夜である。

子供たちは寝静まり、孤児院は静寂に包まれていた。

ベッドで横になったルヴィアは、夕食で出された野菜のスープが不思議なほど暖かな美味であったので、その美味しさを思い出していた。


こんなことを考えているのは、なぜだか寝付けず、やたらと目が冴えていたからだ。

転がっていても眠れないのでベッドから起き上がり、窓辺に近付く。

外を見ると、大きな月が1つ輝いていた。


「(何時もより明るくないわね)」


それは、裏町の明かりによるものだ。

地上の方が、空の月よりも輝いているから、その光が陰っているのである。

ルヴィアは景色を楽しみ、ぼーっと目線を街に投じた。

そうしていると、下の庭に誰かいることがわかった。


バルバドスである。


「(こんな時間になにしてるのかしら)」


気になって目で追っていると、彼は庭の地面にてをかけ、何かを引っ張りあげた。

それは、どうやら隠し扉のようだった。


「(…あんな所に…一体何…?)」


ルヴィアは腰に剣を吊るし、庭に降り立った。既に閉じられたが、先程バルバドスが開けたあたりを探る。


「(あった…)」


そこには隠れた小さな取っ手があり、これを引っ張って持ち上げることで、この隠し扉を開けられるのだろう。

ルヴィアはその取っ手にてをかけ、逡巡する。


「(開けて大丈夫かしら…やっぱり、やめておいた方が…)」


こんな所に隠しているからには、隠し通しておきたいものなのだ。

バルバドスは悪人には見えない。

何かを隠していたとしても、それは犯罪にまつわることなどではないかもしれない。


それに、この隠し扉のことを、マザーモリザは知っているのだろうか。

ここは孤児院の土地の中なのだから、地下室があるなら彼女は知っているだろう。

そして彼女は聖職者だ。まさか犯罪を匿うことはあるまい。

ちなみに、モリザは聖光教ではなく、別の教会のシスターだ。


「(…そうね。やめておきましょう)」


ルヴィアはそこを調べるのはやめることにした。そもそも、そんなに気になるなら、バルバドスがいない時にでも入れば良い。

犯罪関係の可能性が低いなら、彼に直接聞いてしまうのも正解だろう。


ルヴィアは自室に戻り、何事も無かったかのように眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る