舌禍

@sakazukioukou_yukkuri

舌禍

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                        酒月 桜紅

    

私は、昔からおばあちゃん子なもので、よくおじいちゃんと出かけていました。

それは十年ほど経っても変わらないもので、今もよくおばあちゃんとお出かけをします。

最近は、おばあちゃんもスマホを買ったので、連絡をとりやすくなりました。


 その日は、おばあちゃんとお蕎麦を食べに行きました。

最近は、ラーメンやパスタなどこってりとした味付けの麺類しか食べてなかったもので、

あっさりとしためんつゆにつけて食べるお蕎麦も良いものだな。なんて感じながら、たらふく頂きました。

「みて、またあの芸能人、失言だって。」

食後の蕎麦湯を飲みながらスマホを開いた私の目に飛び込んできたのは、そんなニュースでした。

「うわ、しかも差別発言だったらしいよ。炎上してる。」

「おやおや、それは良くないねぇ。」

おばあちゃんもスマホを開いて、ニュースを確認したようでした。

「まったく、こんなこと言ったら炎上するに決まってるのに。」

「『口は禍の元』っていう言葉もあるからねぇ。ちょっとした冗談だったり、解釈の違いですぐに禍を運んでくる。美香も気を付けるんだよ。」

「勿論。私、差別なんてしないもん。」

そこで、私はおばあちゃんが渋い顔をしているのに気が付きました。


 「どうしたのおばあちゃん? そんな渋い顔をして。」

「いやね、この発言を批判している人の中にも、禍を呼んでいる人がいるなぁと思ってね。」

「えっ、どこが? 悪いこと言った人をただ批判してるだけじゃない。」

すると、おばあちゃんは蕎麦湯を一口飲んで、ポツリと喋り始めました。

「確かに、今回この人は言っちゃいけないことを言ったね。それはおばあちゃんもよく分かるし、非難されて当然なのかもしれない。」

でもね……と、おばあちゃんは続けます。

「発言や考え方こそ批判されるいわれがあっても、その人自身の否定だけはしてはいけないよ。『馬鹿』や、『阿呆』もダメ。誹謗中傷なんてもってのほか! ……そんな言葉を使えば、人は信用を失うし、禍が追っかけてくることになる。だから、美香ちゃんも気を付けるんだよ。」

そう語るおばあちゃんの目は、どこか遠くを見つめいるようでした。

「……だけど、そんな大切なことを忘れてしまう時がある。生きるってことは難しいからね。

そんな時は、しっかり反省して、また一からやり直すのさ。何度も何度もね。」

そう言ったおばあちゃんは、優しい笑みをたたえていました。

おばあちゃんの言葉とその笑顔から発せられるエネルギーは、私の心を貫いて、いつの間にか私はしっかりと頷いていました。


 それから数分間、無言の時間が続きました。

「それじゃあ、出ようか。」

というおばあちゃんの言葉を聞いて、私は蕎麦湯を飲み切っていないことに気づきました。

すっかり冷たくなった蕎麦湯は少し塩辛くて、私は顔を顰めました。

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