34 魔王、この世界にいるってよ

 1年1組の児童34人、それに私、レティシアさん、クリスさんの第2分隊18人、商人とその護衛が5人。

 ううーん、凄い大所帯だ……。


 砦の入り口付近に集まった人混みを見て、私は思わず唸った。

 ちょっと前まで子供たちと騎士たちとで一緒に行動はしていたけど、やっぱり外のひらけたところで見るのと、砦の中という場所で見るのとは受ける感じが違う。


 まして、商人は荷馬車を連れているので、かさばり感が凄い。

 そして改めておかしいと思うのは、商人ですら護衛を連れているのに、レティシアさんはひとりで王都から馬で3日ほど掛けて突っ走ってきたということ。

 

 やばくない? 絶対あの神の御加護の安全とかないよ。

 モンスターとか盗賊に襲われたらどうなっていたことか……。

 ぼそっとクリスさんに呟いたら、凄い真顔で意味深なことを言われた。


「千里眼の聖女レティシアの名は大陸中に広まっていますからね……。それに手を出す怖いもの知らずの盗賊はいませんよ」


 それって、どういう意味で広まっているんだろう! 神の恩寵を受けた聖女に手を出したら罰が当たるという意味か、それとも物理的に危険人物だから手を出すなって意味か!?

 それ以上追求してはいけない気がして、私は一度体を震わせて口をつぐんだ。



 移動ペースは商人もこちらに合わせてもらって、馬のだく足のスピードで進む。子供たちにとっては早足ときどき駆け足だけども、多分全員馬以上のスタミナを持っているので問題ない。

 私も今回はクリスさんの馬に同乗ではなく、子供たちの後ろを歩いていた。


 王都王都とみんなが呼んでいたけれども、これから向かう先はこのフロードル王国の王都・フロードル。日本人が「日本の首都東京」ってわざわざ言わないように、みんな当たり前に国名とかを省略していた。


「王都へ向かう道のりでは、もしかすると魔物が強くなるかもしれません」

「辺境よりも王都近辺のほうが魔物は強いんですか?」


 クリスさんの言葉に私は首を傾げた。てっきり、人里離れている方がモンスターは強いのが出るものだと思っていたから。


「王都近辺が強いというよりも、南に行くほど森が増え、強い魔物が出やすくなります」

「森ですか、なるほど」


 そういえば砦付近よりもエガリアの森近辺の方がモンスターが強かった。魔物の元々の主な生息域が森だとすると、クリスさんの言葉も頷ける。


「はい、更にこの大陸の中央南部には魔の森と呼ばれる広大な森があり、その中心に魔王が鎮座する城があります。おそらくもっとも魔物が強いのはそこでしょうから、目的地は魔王の城ということになるのではないかと」 

「ま、魔王!? 魔王がいるんですか!?」


 驚きのあまりに大声を出してしまった私を、逆に驚いた顔でクリスさんが馬から見下ろしてくる。


「ミカコさんの世界にはいないのですか?」

 

「いませんね!」

「魔法がない世界でしょうか?」

「魔法もないですね!」

「なるほど、それならば納得もできます」


 どこかすっきりとした顔でクリスさんは頷くけど、私は一向にすっきりしない。


「すみません、私全然わかりません! 私たちの世界には魔王はいませんが、お話の中には魔王という存在がよく出てくるんです。魔物を操って世界を滅ぼそうとしたり、世界を支配しようとしたり、人間の領域の方に攻め込んでくるような存在として」 

「ああ、そちらではそういう存在なのですね! やはりお互いの思う『魔王』に認識の違いがあったようです。南に御座おわす魔王は、この世界の魔力を司る存在です。当然周囲は魔力の密度も濃く、魔物が強くなります。――実際は私も魔の森にすら行ったことがないので、あくまで私も聞き伝えられた話でしかありませんが」


「なるほど、魔力を司るから魔王! それは神様とは違うんですね?」

「神はこの世界の表には現れない存在です。魔王とは明確に違いますね」

「なるほどー」 

「それで、ミカコさんたちの旅の目的地は魔王城になると思いますが、そこに至るまでにこのフロードルだけではなく、南に領地を接するオルミア王国を通ることになります。……まあ、見ておわかりになるかと思いますが、都市が点在しているだけですから明確な国境がなく、都市がどちらの国家に属しているかで国境線が変わると思っていただきたい。フロードルとオルミアの境にはふたつの大きな都市がありますが、ここ50年ほどはオルミアに属しています」

「……ということは、その前はフロードルに属していたんですね」


 クリスさんの話から、私はフランスとドイツの国境になるアルザス=ロレーヌ地方を思い浮かべていた。

 アルザス地方とロレーヌ地方は資源の産出があるために度々二カ国の間での係争地になり、どちらの国にも属していた歴史がある。ドイツに属していた間はフランスにある各地方を象徴した女神像のうちアルザスとロレーヌの女神像には喪服が着せられていたとか、そういう話を以前に本で読んだ。

 きっとその2都市も、度々争いに巻き込まれているんだろうなあ……。


「……つまり、その2都市をフロードルからきた人間として訪れるのは危ないんですね?」

「さすが、察しが早い」


 横から口を挟んできたのはレイモンドさんだ。昨日の夜、砦では最後だからと一緒にお酒を飲んで、飲み負かしたんだけど私だけじゃなくてレイモンドさんも朝から平然としてた。

 一緒に飲んで愚痴り合うという趣旨のはずだったのに、途中から飲み比べ勝負になってしまったのが少し恥ずかしい。


「わかりました。国王陛下から勅諚ちよくじようをいただいてもまずはフロードル国内で魔物がよく出る地域を回って、その後は状況次第で魔の森まで突っ切るのも有りですね。幸い私たちの場合は水も食料も魔物を倒せば手に入るので」

「ええ、そうですね。場合によってはそれも視野に入れて下さい。この大陸の中央を南北に走る山脈の近くも森林地帯ですから、そこを通るのがいいかと」 

 

 クリスさんとレイモンドさんから与えられる情報を頭に叩き込む。

 ミカルさんの話では「国王陛下は若いながらも手堅い統治をしている」と言っていたから、それなりに話が通じると思っていいんだろう。そうでなければ謁見を勧められたり手紙を託されたりしない。


「王都には王都の騎士団があるんですよね?」

「はい。フロードル王国の正規軍と国王陛下直属の近衛騎士団が」

「クリスさんは顔が通じますか?」

「遺憾なことに通じます」

「遺憾なんですか!?」


 なんで王都の正規軍と近衛騎士団に顔が通じるのが遺憾なのかな!

 私の顔には「なんでって聞きたい」といううずうずした気持ちが表れていたんだろう。レイモンドさんが馬を寄せてきてそっと囁く。


「隊長の実家は王都にありますし、レティシア様の弟として……」

「あーあ!」 

「聞こえてます。そもそも、顔が通じなくても所属が違うだけで、国に剣を捧げたフロードルの騎士であることは同じですから、団章を見せれば普通に詰め所に行って話をすることはできますよ」


 まっすぐ前を向いたままクリスさんがきっぱりと言い切った。


「王都の騎士団に何かお話が?」

「フロードル国内を自由に安全に――あ、人に絡まれないという意味での安全ですけどね。安全に移動できるようになったら、集落の近辺で魔物被害が多いところにどんどん行く必要がありますから、そういった情報は騎士団の方が把握しているのかなと思って」

「確かにそうですね。それに関しては我々の方で確認しておきましょう」   


 そんな風に道々この世界の情報を仕入れ、王都に着いてからの予定を立てつつ私たちは移動した。

 モンスターを迎え撃ちながらの移動なので、移動自体はそれなりにハイペースだけども一日に換算すると馬で走るよりかなり遅い。

 商人さんたちはモンスターの群れを初めて見るようで最初は恐怖に強張っていたけども、椅子投げで子供たちが撃退するところを見て目が点になっていた。護衛の人たちもだ。驚かせて申し訳ない。


 馬を飛ばせば王都へ3日。

 その道のりを、私たちはおよそ6日掛けて移動する予定だった。

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