19 とろるまん
「あ、あの、どうぞ立って下さい! えーと……私の故郷にそういう風習がなくて慣れていないので……」
チキンな私は、「自分に跪く騎士」という存在に秒で降参した。クリスフォードと名乗った騎士は、そんな私の慌てように「おや?」と不思議そうな顔をしたけども、すぐに立ち上がり、自分の胸に手を当てて礼をしてくる。その動作は先程の勇ましい戦いとは違い、流れるように優雅だった。
ひいい、駄目なやつ……騎士は立っても騎士だった……。当たり前か。
ちらっと横を見たら、桂太郎くんも自分が治した騎士に過剰に感謝されてタジタジになっている。わかる、わかるよ……。
目の前に立つ騎士の顔を私は見上げる。見た感じ、180センチくらいかな。180センチある3組の担任の瀬川先生を見上げるときと、自分の首の角度が近い。
「この辺りではあのような凶悪な魔物が出るんですか?」
先にこちらの正体を探られる前に情報を得ようと、私は先制で問いかける。彼は急に笑顔から顔を引き締めると真顔で頷いて見せた。
「なんと言うべきでしょうか。普段はあれほどの凶悪な魔物は出ないのです。最近急激にエガリアの森周辺で魔物が増えていると近隣の村から報告を受け、我々が調査に来たところでした。
騎士団長によると数十年前から魔物が増え始めていたそうですが、ごく最近になって突然その行動に変化が見られたとか。我々はあくまでも偵察が目的だったため少数で、討伐が目的ではなかったので予想外の襲撃に遭いこのような事態になってしまいました」
「――わかりました」
私は肩を落としてため息をつく。
ごく最近になって突然魔物の行動が変わった。多分、それって私たちの存在が関わっているんじゃないかな……。
普通に考えて私もずっとおかしいと思っていた。草原を爆走して襲いかかってくるモンスターは、「見つけて下さい、倒して下さい」と言わんばかりの違和感があったから。
――私たちは、モンスターを倒すためにこの世界に呼ばれた?
それも仮説のひとつに入れておこう。
だとすると、うわあああああ、本当に気持ち悪いよー!
モンスターに自滅に近い行動を取らせているのはどんな存在? もう、それは「神」としか言えなくなってくるんじゃないだろうか。
召喚の理由については、私は既にいくつか仮説を立てていた。
ひとつ目、宗教集団とかが何かの理由で大規模魔法みたいなものを使って異世界の私たちを召喚した。
ふたつ目、ひとつ目とは近いけど、個人で大賢者的な人が世界の危機のようなものを察して私たちを召喚した。
みっつ目、この世界の神様が私たちを召喚した。現状、これが一番ありそうだと思う。何故かというと、あまりに気持ち悪いシステムが、これは神様レベルじゃないとできないんじゃないかと思わせるから。
だけど、他のふたつの仮説を捨てられないのは、神様だとしたら、「何故」私たちを召喚したかが疑問だからだ。モンスターの異常繁殖による世界の危機とかなら、異世界に干渉するより自分のところで片付けられない? 神様なんだから、と思う。
私が自分の思考に沈んでいる間に、目の前の騎士はあくまでも穏やかに、するりと切り込んできた。
「失礼かとも思いますが、先程の――椅子? でしょうか。あれは一体どういったものなのでしょう。浅学ゆえ、あのような魔法があることなど耳にしたことはありませんでした」
あーーーー、やっぱり訊いてくるよね! そりゃあ、あんなもの見たら私でも訊くわ!
しまった、こっちから質問攻めにしてやろうと思ったのに、隙を与えてしまったわ。
ひとつ彼の言葉からわかったのは、「この世界には魔法が存在する」ことだ。先程の仮定で言うとひとつ目とふたつ目が可能性として存在しうるのを示唆している。
なんと答えるのが一番安全で、無難なのか。
それを私が必死に考えているとき――。
「せんせー! なんか肉まんみたいなの出た!! 食べていいー?」
太一、空気読めよ!!
倒したのだから開けるのが当然とばかりに、黄色いコンテナに子供たちが何人か群がっていた。その中から空気を欠片も読まずに大声で訊いてきたのは太一くんで。
ああ……もう……。
駄目、駄目だこれ。いろいろと余計な情報を相手に与えたわ。
私が「先生」であること、子供たちが倒したモンスターからは黄色いコンテナが出て、その中身を私たちが日常的に食べていること。
「もー! 食べていいよ!!」
私が少しイラッとしながらがなり返すと、目の前の騎士は驚き、子供たちははしゃいだ。
「魔物がいた場所に現れたあの黄色い容器は――中身は、食べ物なのですか? あれも初めて目にしました」
「ですよねー……」
もう私は取り繕うことを諦めた。言葉もいつもの調子に戻って脱力する。
「……『あの椅子がどういう物なのか』という点についてお答えしますと、実は私にもよくわかりません」
もうこうなったら、全部話してやるわ! 私が隠そうとしてても、きっと子供たちの誰かからバレるに決まってる。
「あれは『椅子召喚』というスキルです。魔物を倒す椅子以外にもいろいろな椅子を出すことができます。わかっているのはそれだけです。
そして、それは子供たちだけが持っているスキルで、私には使えません。私は教師で、あの子たちは私が教えている子供たちです」
「スキル? 初めて耳にします。それはどういった――」
「スキルをご存じないのですか!? も、もしかして……。『ステータス』というものはご存じでしょうか?」
「いえ、お恥ずかしい限りですが」
うわー、嫌な予感ー!
「ステータスオープン、と言っていただけますか」
「ステータスオープン。……これは何かの呪文でしょうか?」
目の前で小首を傾げる180センチの騎士。その顔はひたすら不思議そうで、驚いた様子はあまりない。
「乳白色の板が、突然見えたりはしていませんか?」
「特に視界に変化はありません」
私の質問に真摯に対応してくれていた騎士の言葉からは嘘は感じられず、私はへなへなとその場に座り込んだ。
「どうされましたか!?」
「い、いえ、立ちくらみが少し……大丈夫です」
ステータスオープンと言えば、ステータスが現れる。それはファンタジー異世界なのだから、当然の「仕様」だと思っていた。
私の認識は間違っていた。この世界の人にとっては、ステータスが見えるのは当たり前のことではないらしい。
「せんせー、これうまいよー! 食べないのー?」
「ちょっと太一くん!! 先生は今とっても大事なお話をしてるんだけどー!」
「これね、皮が抹茶味で中がカスタードだった! ほかほかだし美味しいの! すっごくたくさんあるから、おじさんたちも食べて!」
興奮気味に
ああああああああああ!! もう!!
ちょっとは自重して欲しいな! そのコンテナは本来、子供が4つ一気に持てるものじゃないんだよ!?
「こ、これは!?」
「湯気が上がっている……」
驚く騎士たち。凄く困惑しているけど、あなたたちの反応は至極真っ当なものです。おかしいのは、完全にそれに慣れたうちの子たちの方です。本当にすみません。
「ここにね、蒸すときにくっつかないように敷いてる紙があるの。これをはがして……」
お菓子作りに詳しい希望ちゃんが解説し、ニコニコとしながらグラシン紙をはがして2個目と覚しき緑色のものにかぶり付く。
「ん、おいしー! 今度ママに作り方教えてもらおうっと!」
彼女の笑顔が無垢だったせいか、騎士たちが困惑しながらも勧められるままに手を伸ばし始める。
「はい、先生の。そこのお兄さんもどうぞ!」
「んもー……はい、いただきます! あなたもどうぞ! 決して毒とかではありませんので!」
座り込んだままで自棄っぱち気味に騎士にひとつを差し出し、私は「緑色の何か」をしげしげと見た。
緑色の丸いお饅頭は先程倒したトロルの肌の色をしていて、何か付いてると思って回転させたら、コンビニが時々やるコラボまんみたいに可愛くデフォルメされたトロルの顔が描かれていた……。
トロルまん、か……。こうして見たら可愛いけど、さっきは簡単に倒せなかったからちょっと焦ったな。
グラシン紙を半分ほどはがして、私はばくりとトロルまんにかぶり付く。鯛焼きのように中に灼熱のカスタードクリームが入っていたらどうしようと思ったけども、それも適温だった。
一口で皮と中のクリームを一緒に食べると、香り高くて少し苦味のある抹茶の皮と、中のこっくりとした甘さのあるカスタードが絶妙だ!
その美味しさに思わず機嫌を直して、私は笑顔で食べ進めた。
「あ、本当に美味しいね! 熱々だったらどうしようかと思ったけど。これ、たくさんあるの? もう一個食べようかな」
つい今し方と明らかに様子が変わった私に向かって騎士は目を細め、自分も地面に座ってトロルまんを景気よく一口で半分くらい食べた。
「これは! 驚きました。初めて見る菓子ですし、味も初めてです。ですが、とても美味しい。それに――ええ、よかった」
「よかった、とは?」
ふたつ目のトロルまんを食べている私に騎士が笑いかける。
「美味しいものを食べているときは、誰もが笑顔になれます。それが、貴女方も一緒でよかった」
爽やかオーラを出しながら言わないで欲しいです。
トロルまんが喉に詰まりそうになりました。
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