20 騎士との交流・1

 この世界における騎士は貴族階級に限った話ではなく、平民からでも志願して試験に合格すればなれるらしい。

 トロルまんを食べながら、私はそんなことをクリスフォードさんから聞き出していた。


 そして、どうもファンタジーにありがちな冒険者というものが存在していない。魔物がいるけどもそれを倒すのは軍隊組織である騎士の仕事。別にお宝が出るダンジョンなどは存在しないようで、そこらの認識のすりあわせに多少時間が掛かった。

 

 ……なんだそれ、つまらないなー。

 とか思ったのは、口が裂けても他人には言えない。


 ひとつわかったこと。

 魔物は出るが、増えたという近年までは、馬鹿らしいほどの被害を周囲に与えていたわけではない。人里に近いところではせいぜい人が退治できるほどの魔物しか出ていなかった。


 さっき倒したトロルなんて、見たことも聞いたこともないらしい。

 それが私たちの近くにいたということは、私たちに向かって移動中だったのかもしれない。運悪くそれに遭遇してしまったのだとしたら、申し訳ないというかご愁傷様というか。

 トロルがざぶざぶと川を渡って来るところを想像して、私はげんなりした。

 


 私たちが話している間、子供たちの大半は騎士たちと遊んでいた。

 遊んでいた、というか、相手をしてもらっていた。


「先生、馬に乗せてもらって良いですか?」


 目を輝かせ、頬を紅潮させて桂太郎けいたろうくんが許可を取りに来る。騎士たちが移動に使っている馬は、当たり前だけどもサラブレッドのような馬ではなくて、もっと足が太くて体高が低い。

 桂太郎くんは動物が大好きだから、馬に興味を持ったのだろう。そして、興味全開で見ていたから誰かが乗せてくれると言い、許可を取りに来た。――というのはわかるんだけど。


「うわー、すげー!」

「ひゃははっ、揺れるー!」


 太一たいちくんと雄汰ゆうたくんは既に馬に乗せられていて、手綱を持った騎士がそんなふたりを笑って見守りながら横を歩いていた。


 許可を取りに来る子がいる一方、既に乗っている子がいる。この差!


「馬の持ち主がいいって言ってくれたらいいよ。桂太郎くんは大丈夫だろうけど、馬に向かって大声を出したりしないようにね」

「はい!」


 返事ひとつで桂太郎くんは駆けていく。彼があんなにはしゃいだ様子は初めて見たので、私は思わず笑みをこぼした。

 

「子供たちはみんな貴女を先生と呼ぶのですね。よろしければ、お名前を伺っても?」


 あくまでも穏やかにクリスフォードさんが尋ねてくる。そうだよね、先生って呼ばれるわけにはいかないもんなあ。


「もて……いえ、私の名前はミカコ・モテギと申します」


 咄嗟に西洋式で名を名乗った。この世界で出会った人たちに共通するのは、英語風の名前だったから。


「ミカコ様。なるほど、変わった響きですが貴女らしい」


 やめてー! 呼吸するように褒めてくるのは!

 

「おそらくこちらでは変わった名前だろうと思います。私たちの故郷は、とても遠いので。――そして文化が違いますので、様を付けないでもらえると助かります」


 私のMP《メンタルポイント》が削れるからな。それは隠しつつも、抉られる要素を少しでも減らそうと私は努力した。


「承知いたしました、ミカコさん。それでは私のこともクリスとお呼び下さい」


 ――努力したけども、倍返しされた!

 まあ、ここが妥協点か。


「……わかりました、クリスさん。私たちはそれぞれ別の組織を率いる長という立ち位置ですから、公平な立場でいきましょう」

「なるほど、そういう考えもあるのですね。我々騎士の立場からすれば、女性や子供は守るべき存在です。ですが、実際に守られたのはこちらですから」


 にこやかにそこまでを受け入れた後で、クリスさんは表情を改めた。キリリと引き締まった真剣な顔の中で、青い目がまっすぐに私を見ている。


「詳しいお話を伺えないでしょうか。見慣れぬ服に馴染みのない響きの名、そして、我々の知らぬ『スキル』や『ステータスオープン』など。故郷がとても遠いと仰っておられましたが、……失礼ながら、貴女方はこの世界の常識とはかけ離れたものをお持ちでおられる」

「……厳しいほど鋭いですね。わかりました、お話しします。その前に」


 私の目はこちらに駆けてくる聖那せいなちゃんを捉えていた。立ち上がりながら足に付いた草を払って、私はお腹に力を込めて呼び掛ける。


「みんな、集まって! モンスターだ!」



 もはや超能力では? と疑いそうになる聖那ちゃんの索敵に引っかかったのは、オークの群れ。距離は……うーん、現時点では「オークの群れ」とギリギリ目視できるほどの遠さがある。

 

「聖那ちゃん、どうやってあれに気付くの?」

「先生、虫嫌い?」

「ゴキブリとかは嫌いだな」

「私、小さい虫も嫌いなの。ここに来てちょっとは平気になってきたけど。だからね、嫌いな物にはすぐ気付くでしょう? モンスターも嫌いだから、遠くにいても嫌な感じがして気付くの」

「そういうもんかぁ……」

 

 私なんて学校のトイレでゴキブリがいるのに気付かずに個室に入ってしまい、思わず壁に蹴りを入れて潰した後でトイレットペーパーで摘まんで流したことがあるけども。

 嫌いだからすぐに気付く、は一理あるとも言えるかな。


「皆さんはそこを動かないで下さい。私たちが魔物を倒します」


 ちょうどいい。子供たちの戦闘能力を見せつけて、あの村人たちのようなやましい気持ちを抱かせない牽制になる。 

 私たちは騎士とモンスターとの間に展開した。


「横陣に、ひらけ!」


 私の掛け声ひとつで、子供たちが横一列に並ぶ。私の手を見ている子がいたから、一言注意する。大丈夫、まだ時間はある。

 

「先生の手を見なくていいよ。その為の『ファイエル』だからね。それが聞こえたら投げればいいよ。だから、みんなはモンスターの方を見てて。――椅子召喚!」

「「「「「「椅子召喚!」」」」」」


 だんだんはっきりとする、群れが大地を駆ける足音。レミングの群れのように、集団自殺に向かって突撃してくる叫び。

 背後で、誰かが小さな叫びを漏らしたのが聞こえた。私たちにとって見慣れた光景でも、騎士たちにとってはそうではないらしい。

 しかもモンスターを迎え撃とうとしているのは、彼らから見たら頼りなく見えるに決まってる6.7歳児と女の私。


 ――その認識は、ひっくり返させてもらう!


「ファイエル!」


 号令一発。そして椅子が一直線に放たれる。



 目の前で起きた一方的な展開に、騎士たちは改めて絶句していた。


「私たちは、こんな魔物がいない世界で生まれ、育ってきました」


 黄色いコンテナを確認して振り返り、立ったままで私は騎士たちに向かって告げる。今が私たちの力を明かす一番効果的なタイミングだと思えたので。

 

「私は教師。この子たちは私の教える学級の児童です。学校の行事で小さな山に行ったときに突然霧に包まれ、気付いたらこの平原にいました。1日に10回以上も魔物が襲撃してきます。それも、隠れる気もない異常としか言えない状態で。生き残ってきたのは、子供たちにこの『椅子召喚』という得体の知れない力があったから」

 

 クリスさんも含め、騎士たちは一様に驚きの様子を隠せないでいる。

 私は彼らに向かって頭を下げた。複数の息を呑む気配が伝わってくる。


「私たちは元の世界に帰りたいのです。幼い子供たちは父や母が恋しく、兄弟の元に帰りたい。……どうか、あなた方の力を貸して下さい」


 ……私のやり方汚いな。圧倒的な力を見せつけた後で、弱さを晒して情に訴える。

 頭を下げて表情を見せないまま、私は心の中でそう呟いた。

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