18 騎士との遭遇

 聖那せいなちゃんを先頭に、私たちは走って上流へと向かった。今まで索敵に関しては私にアドバンテージがあると思っていたけども、聖那ちゃんはジャイアントモスの時も凄く早い段階で気付いていた。

 今回も「どこから気付いたの!?」と思うほど遠距離の異変に気付いたので、もしかすると私よりも索敵能力が高いのかもしれない……。

 

「ステータス、オープン」


 走りながら私はステータスをチェックをして自分のLVを確認する。

 目の前に現れた乳白色の板状のものは走っていながらでもぶれることはなく、ゴシック体のフォントは簡単に読み取ることができた。

 


 茂木もてぎ美佳子みかこ

 LV 43

 HP 141

 STR 44 

 VIT 44

 AGI 44

 DEX 44

 スキル:指揮 LV4、指導 LV2


 やった! 指揮が上がってる! 陣形とかの効率化のおかげだろうか。

  

 

 先程見えた土煙が近づくにつれてはっきりとして、モンスターの唸り声や馬の嘶き、そして妙に硬質な音などが聞こえてくる。


「……なっ!」


 その戦いの様相がはっきりしたとき、私は思わず声を上げた。

 

 まず目に入ってきたモンスターはオーガよりも更に大きく、動きは鈍そうながらも丸太のように太い腕を振り回している。その他にはコボルトが複数いて、いつも戦っているコボルトよりも二回りほど大きい個体が鋭い爪で人に襲いかかっていた。


 その場にいる人間は、ざっと見た感じ20人ほどだろうか。見た目的に全員成人男性で、金属製の鎧と兜を身に纏っている。プレートアーマーではないけれど、首元から胴を覆うキュイラスのような鎧とチェインメイルが組み合わさったような見た目だ。防御力とある程度の動きやすさを両立させているんだろうか。実際には着たことないからわからないけど。


 しかし、その鎧を身につけていながらも、倒れている人が何人も見える。立っている人が相手にできているのもコボルトばかりで、大型コボルトと戦っている人だけは互角に見えた。 

 

 ガキン! と音が響くのは、コボルトの凶悪な爪を金属に見える盾で受け流しているから。おお、見事なパリィ《受け流し》! まさかこんなものを自分の目で見る日が来るなんて、思いもしなかった。

 うわー、あの装備間近で見たい!!

 

 ……じゃなくて、あれだけ装備が揃っている人たちなら、組織だった軍人の可能性が高い。にもかかわらず、倒れている人も見えるのは本当に敵が脅威だからだろう。それにオーガよりも大きいモンスター――肌が緑色だから仮にトロルと呼ぶことにするけども――が腕を振るう度に、人間どころか周囲のコボルトまで吹っ飛ばされている。戦っていたコボルトごと跳ね飛ばされた人すらいた。


 あれは、放っておいたらそれほど時を経ずに人間の方が全滅する。彼らを助けたいならば一刻も早く戦いに介入すべきだ。――私はすぐにそう判断した。 

 

 問題としては川のこちら側は小さいながらも河川敷があるけども、向こう岸は土手になっていること。つまり、こちらの方が位置が低くて、投擲武器とも言える椅子にとっては不利な戦場なのだ。

 位置が逆ならよかったのに!

 10メートルほどの川幅だから子供たちの椅子は本来軽々と飛び越える距離だけども、高い場所に投げるのはやったことがない。


「狙いにくいね……。みんな、人にぶつけないように気を付けて」


 ちょうど人間とモンスターとの戦いを川を挟んだ正面から見る場所に位置取る。少しでも投げる邪魔にならないように非戦闘員の子を後方に下がらせ、私はそう注意した。


「あっ、そうだ、椅子召喚!」

「おおおっ!?」


 一翔かずとくんが椅子を召喚した途端、足元がぐらぐらと揺れた。

 それもそのはず、私たちは大きな椅子の上にいたのだ。するすると椅子の脚が伸びているのか、どんどん視界が広がっていく。最終的に、椅子の高さは学校の三階くらいまでいった。

 

 つまり、一翔くんは地形の代わりに椅子を利用して強制的にこちらに有利な状況を作り出してくれた! 軍師だ、さすが孔明リスペクトなだけある!


「高いところから投げる方が投げやすいです。弓と同じで」

「そうだね! 一翔くん凄い!」


 ――そう、思ったのだけど。


「ぎゃー、高い!」

「こわいよぉ」


 戦闘要員の中でも椅子の高さにビビる子供たちが続出した。背もたれのパイプの部分にしがみついたり、ダンゴムシのように丸くなって震えたりしている……。

 た、確かに、柵も何もなしでこの高さはちょっと怖いかも。高所恐怖症ではない私すら、足が震えそうになるのだから。


「動ける子は手を挙げて!」


 バラバラと上がった手の主は10人もいない。というか、当の一翔くんがそもそもパイプに掴まってるよ。戦力ガタ落ちやないかーい!

 でも、人にぶつけるよりはマシだ! うっかり人に当てたりして殺したりしたらとんでもないことになる。


「陣形はどうでもいいから、危なくない場所に立って。椅子召喚!」

「「「「椅子召喚!」」」」

「そこの戦ってる人たち、全力で後退して! 今から武器を投擲します! 全速退避!」

 

 私はこれでもかと気迫を込めた大声で向こう岸に指示を出した。あちらはあちらで、突然対岸に現れた巨大な椅子と、いきなり割り込んで指示をしてきた私に慌てている。

 けれど、指揮LV4が効いたのか、単に私の声に逆らえない響きを感じ取ったのか、ありがたいことに彼らは素早く退避し始めた。

 

「全員下がれ! 負傷者は引きずってでも距離を取れ!」


 喧噪の中から力強い男性の声が聞こえた。それは変異種らしき大型コボルトとまさに刃を交えている人のもので、彼はコボルトの脚を切りつけると左手に構えた盾をかざして体当たりをした。

 そして、コボルトが体勢を崩している間に素早いバックステップで距離を取る。敵に対する警戒を怠らないまま下がるのか……凄いな。

 

「モンスターのど真ん中を狙って! ファイエル!」


 多少ばらついたけども、高さを活かして椅子は凄い速さでモンスターにぶつかっていった。もうもうと上がった煙幕がモンスターを覆い尽くしたけども、今まで見たことのないような強力そうな敵に対して攻撃力が足りているか不安だ。


「椅子召喚!」

「「「「椅子召喚!」」」」

「ファイエル!」


 ためらうことはないと、私は2撃目を敵に叩き込むよう指示を出す。


「一翔くん、この椅子出したままで八門遁甲はちもんとんこうの椅子出せる!? できるならモンスターを移動できなくするように出して!」

「で、できます。椅子召喚、八門遁甲の陣!」


 駄目押しで巨大な八門遁甲の椅子を出してもらい、私は目を凝らしながら煙幕が晴れるのを待った。


 煙が晴れると、黄色いコンテナの中にふらふらになりながらもまだ立っているトロルが見えた。やっぱり火力が足りなかったのか……。

 八門遁甲の椅子の中で、トロルはぐるぐると同じ場所を回っている。八門遁甲大正解だ。なんというチート技!


 そして私たちはトロルに引導を渡すために、3撃目の椅子を容赦なくトロルに向かって撃ち込んだ。

 それで完全にモンスターは沈黙する。八門遁甲の椅子が消えると黄色いコンテナの山だけが残っていて、戦っていた人たちは驚いたようにそれを見ていた。



 さて、どうしよう。

 さっきの隊長らしき人の言葉から、怪我人が向こうにいるのはわかる。

 ……どこまで踏み入るべきだろうか。


「僕は向こう側に行きたいです。怪我した人を治さないと」


 私たちが乗っていた巨大椅子がスススと下がる。途端に駆け寄ってきたのは桂太郎くんだ。

 そうだよね、私がどうしたいかじゃないんだ。「この子たちがどうしたいか」なんだ。


「桂太郎くんならそう言うと思ったよ。でも、どうやって向こうに渡ったらいいかな」


 見渡す限り橋はなく、川は子供が歩いて渡れるような浅さでもない。


「橋? 橋を作ったらいい?」


 結菜ゆいなちゃんが私を見上げて尋ねてくる。私が頷いてみせると、結菜ちゃんは川に向かって手を掲げた。


「椅子召喚、かささぎの橋!」


 わあ、なんだか凄く雅な言葉が聞こえたな?

 何をするつもりかと思ったら、普通の大きさの椅子が川の上に緩いアーチを描いてずらりと並ぶ。それは合体ロボのように崩れることはなく、試しに私が端っこに足を掛けてみたけどもびくともしなかった。

 

「かささぎの橋、なの?」

「うん、七夕の時に天の川に掛かる橋なの」


 ああ、そうか。どこかで聞いたことがあると思ったら、「かささぎの渡せる橋におく霜の」か! 七夕伝説を元にした小倉百人一首の歌にも出てくる。

 そういえば、結菜ちゃんは去年ふたご座流星群を見たって言ってたっけ。星が好きなんだろう。

 


 ちょっとおっかなびっくりで橋を渡りながら、私は向こう岸に声を掛けた。


「今からそっちに行きます! 怪我した人は治療しますから動かないで!」


 これは先に言っておかないといけない。普通の人から見たら、あれだけ苦戦したモンスターを倒した私たちは恐怖の対象になりかねないから。


 私に続いて橋を渡った桂太郎くんが、椅子を投げて怪我人をどんどん治していく。癒やしの椅子の力で治癒した人たちはその奇跡のような力に驚き、いつかの村人とは全く逆の神様でも見るような顔で私たちを見ていた。


「加勢に感謝いたします。――勇敢なる淑女と、御使いのような子供たちよ」


 例の隊長っぽい人が、兜を脱いで私の前に跪いた。思っていたよりもその顔は若々しく、明るい茶色の髪が汗で額に張り付いているけども目は他の人たちのようにキラキラとしていて。

 

 ひ、ひえええええ……。

 顔、顔がいい……。

 どうしよう、顔がいい人が跪いて私を見上げているよ! 生まれて初めて淑女とか言われたんですけども!?

 

「私はクリスフォード・ディレーグと申します。エガリアナ辺境騎士団の第二分隊長で、彼らは私の部下です。

 あなた方が現れなければ我々は全滅していたでしょう。心よりの感謝を」


 ひええええええ!!

 騎士、騎士だー!!

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