まよひが奇譚

スズヤ ケイ

まよひが奇譚

 昔々、とある山中に、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。


 お爺さんはきこりを生業とし、お婆さんは家の近くの畑で野菜を作る事で生計を立てて、裕福と言う程ではないものの、不自由のない暮らしぶりでした。


 お爺さんとお婆さんは長年仲むつまじく寄り添ってきましたが、二人の間には子宝がついぞ恵まれず、それだけが残念だと嘆いておりました。



 そんな老夫婦の家に、ある冬の日、薄汚れた一匹の猫が迷い込んできました。

 寒さをしのぐために暖を求めたのでしょう。


 土間の隅っこでうずくまっているその猫を見つけたお婆さんは、大層仰天してしまいます。


 なんとその猫の尻尾は、二本に分かれていたのです。


 お婆さんも見るのは初めてですが、そのような猫又という化け物がいるという噂は聞いた事がありました。


 慌てて追い出そうとするお婆さんですが、ふと思いとどまります。

 猫又は、その前足の間に小さな子猫を抱いていたのです。


 心の優しいお婆さんは、猫又親子が寒さに震えているのを見て、いたたまれなくなりました。


 追い出すのをやめ、優しく声をかけたのです。


「そんなところじゃ寒いだろう。さあ、囲炉裏の近くへおいで」


 初めは警戒していた猫又ですが、お婆さんの優しい声とまなざしを信用したのか、やがてそろそろと近寄り、その言葉に従いました。


 しばらくして、仕事で外出していたお爺さんが帰ってきました。

 当然びっくりして腰を抜かしてしまいます。

 戻ってみれば、猫又が火のそばで丸くなっていたのですから。


 それでもかたわらにいる子猫を見、お婆さんの話を聞いて、猫又達を家に置く事を承知しました。

 その時は渋々という感じでしたが、数刻後にはわざわざ釣ってきた魚を親猫に与え、食べる様子に目を細めるところなど、人柄がよく出ております。


 子宝に恵まれなかった老夫婦は、二匹の珍客を大歓迎しました。二人にとっては、子と孫を一辺に得た気分だったのです。


 親猫はその美しい三色の毛並みから。子猫は尻尾が三本だったのでと名付け、それは大層可愛がりました。


 猫又達も、世間で言われているような怪しい行動を取ったりはせず、二人によく懐きました。


 二人の世話のお陰で、来たばかりの頃は弱り切っていたみおは、自分の脚て立ってみけの尻尾にじゃれついて遊ぶ程まで元気になりました。

 みけはそうして遊んであげながらも、みおの毛を舐めてつくろってやります。


 そんな二匹を穏やかに見守る事が、お爺さんとお婆さんの新たな楽しみとなったのです。


 老夫婦にとって、今までにないくらいの幸せな日々が訪れてしばらくした春の事。

 天井から、ごそごそと何かが這い回るような不気味な音がするようになりました。


 初めはただのねずみか、猫達だろうと思いました。

 ですが、鼠にしては音が大きすぎますし、猫達が一緒に布団で寝ている時にも音がします。では一体なんなのでしょう。


 そんな折に、お爺さんが薪を売りに村へ降りた際、嫌な噂を聞いてしまいました。

 近頃この辺りで、人を食べる大鼠が出るのだと。

 天井裏に隠れ潜み、夜になると降りてきて、家人を襲うのだそうです。


 話を聞いて不安になったお爺さんは、家に戻るなり梯子をかけて天井裏を覗いてみました。

 するとどうでしょう。暗がりの中に、お爺さんの体と同じくらいの大きな黒い塊がうずくまっていたのです。


 お爺さんが意を決して手にした鉈を振り上げた時、大鼠が顔を上げました。


「待って下さい、お爺さん!」


 つぶらな瞳を向けて突然かけられた声に、お爺さんは耳を疑ってしまいました。


「なんと。お前は人の言葉がしゃべれるのかい?」


 しっかりその声を理解している様子で、大鼠は大きく頷いています。


「はい。私は危害を加えるつもりはありません。どうか話を聞いてもらえませんか?」


 元々争いごとが苦手なお爺さんが、話し合いを断るはずがありません。

 先を促すと、化け鼠はこれ幸いとばかりに話し始めました。


 彼は最初はもっと麓の方の村に住んでいました。農家のごみ捨て場や納屋に潜り込んで、人間や家畜の残り物を食べて暮らしていたのです。


 ただ、その体の大きさが災いして、段々と食べるものが足りなくなってしまいました。


 我慢しかねた彼は、夜中に家の中に上がり込んで台所に置いてある野菜をかじり始めました。そうしている内に、ある日起き出して来た家の人に見つかってしまったのです。


 その体の大きさを見て、家の人は自分達を食べようとしていると勘違いしてしまい、大慌てで彼を追い出しました。

 逃げ出した彼は、他の家に行っても同じような事を仕出かしては追い払われ、段々と山の上の方へと追いやられていったのです。


 そうしてこの辺りへたどり着いた時に、他の動物達から猫又を飼っている老夫婦の話を聞き、それならば話が通じるかも知れないと思って訪れたのだということでした。


「ここを追われては、もう行く場所がありません。どうか置いて下さい。けして悪さはしませんから」


 そう言って大鼠は頭を深々と下げました。


 ただ大きいというだけで化け物扱いされるとは、憐れな事だとお爺さんは同情しました。

 その上で必死の懇願を聞いてしまっては、お人好しなお爺さんは断る理由が思い付きません。


「夜中はうるさくするんじゃないぞ。あまりごそごそやられてはかなわんからな」


 そう釘を刺すのが精いっぱいでした。


 感動した大鼠は、それ以来必要以上に音を立てなくなりました。

 そればかりか、お礼として毎日夜の内に小枝を拾ってきては、薪に足してくれるのです。


 老夫婦も大いに喜び、大鼠も正式に家族として迎えました。

 猫又とも似たような境遇だったこともあり、すんなりと馴染んでいきました。


 そのことがあってから、この家には珍客の到来が増える事となります。


 噂を聞き付けた諸国の化生けしょう達が、安住の地を求めてやってくるようになったのです。


 化け狸に化け狐、やらやら、色々な動物の化生が訪れましたが、共通していることがありました。

 それは住処すみかを人間達に追われた者達ばかりという事と、皆それぞれに宿賃として宝物をたずさえて来る事でした。


 老夫婦は見返りを求める事などありませんでしたが、どうしてもというのでそれらをありがたく頂く事にしました。


 居候いそうろうが増えたので、いっその事それらの宝物を売ったお金で新しく家を建ててしまおうと思ったのです。


 そうして山の中に出来上がった立派なお屋敷では、様々な化け物達が仲良く平和に暮らすようになりました。

 その様子はまるで、化け物達の孤児院といったところです。


 化け物達がそれぞれ自分のできる範囲で仕事を手伝ってくれるようになったので、老夫婦の暮らしは大変に楽になりました。


 近くの村の人々は、化け物達と暮らす老夫婦の事を気が触れてしまったのだと言い合って、近寄らなくなりました。


 しかしお爺さんとお婆さんは幸せです。

 何故なら、こんなにも多くの子供達に囲まれているのですから。


 いつしかお爺さんとお婆さんは、持ち寄られた宝物の一つのお陰で歳を取らなくなり、段々と若返っていきました。

 同時に、お屋敷一帯の森は、他の人間が入ると絶対に迷ってしまう迷路のようになりました。


 そのため近くの村々では山への立ち入りを禁じるようになり、それ以降老夫婦の姿を見た者はおりません。




 それからしばらくすると、時折言いつけを破って山へ入った村の子らが姿を消し、数日してからふらりと無事に戻る、といった事が起こるようになりました。


 戻った子らは、決まって立派なお屋敷で優しい若夫婦に遊んでもらった、などと言い出します。

 その証拠として、この辺りでは見かけないような高価なお菓子等をお土産に持たされていたりするのです。


 村の人々は、すぐに老夫婦の事を思い浮かべました。


 しかし確認をしようと血気盛んな若い衆が山に入り込むと、絶対に迷ってしまい、疲れ果てて山を出る事になるのです。


 これは化生けしょうの力に違いない。


 化け物達と暮らす内に、二人もその仲間入りをしてしまったのだと口々に言い合いました。



 それから長く経った今日こんにちでも、その山は入れば必ず迷うと語り継がれ、手出し無用とされております。


 夫婦は多くの化け物達と共に、今でも幸せに暮らしているのでしょう。


 いつの頃からか。近隣の人々は山の中の屋敷の事をこう呼ぶようになっておりました。


 さまよう化け物達のつい棲家すみか

 妖怪屋敷──「迷ひ家まよいが」と。

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