#2 前世として引けない所もあるのでしょう

-7-


父から剣術を学び取り始めたのは奇しくも、封印環を施されてひと月程たったある日だ。


「俺の素振りを見ると言い、見るだけだ。」


父はそう言った、上半身裸になりゆっくり素振りをする。今まで父が剣を振った所を一度も見た事が無く、ましてや戦った姿も無い。当たり前であるが。

剣を振る

という行動自体、滅多にない。前世にだってない、なんせ人が死ぬって事は・・・あ・・俺死んでいたんだっけ?


数回振った、この頃になるとボンヤリと考える。サークの教え、それは虚空に何を描き、何に対峙、何を見るか。己の足場に考えず人の足場に考えなさい。サークの利発な考えは他人がどう動くかに基づく心理学的なモノだ。


では父は何を見て、何を切ろうとしているのか?


一回振る、また振る、もう一回振る・・・父の素振りの動きは一見理解しがたいものだった。一回見るたびに呼吸は、腕は、足は・・・・。


何を切ったのだろう。何を意識したのだろう・・・そう思うと考えがまとまらない。雁字搦めの様に脳味噌がゴチャゴチャになっていった。


「何が見えたか?」

「全然・・・」

「それでいい、それでな今はそんな事を忘れなさい。大したことではないからな。最初は俺もそうだった、だから安心しなさい。」


ラグナの言葉はさも当然だった、きっと父ラグナも当初はそうだったのだ。剣の握った事の無い小童が分かる訳がない、そう思うと胸のつっかえが取れた。



-8-


俺は8歳になった、封印環は父と同じ三つになった。それを切っ掛けに父との剣術もいつしか模擬戦を交える様になっていった。


家の手伝いに加えた後の最後の締めが模擬戦の日課になっていた。

封印環一つで丸々一年剣の素振りの観察する日々だった。

封印環二つで丸々一年剣を素振りを共にした。ぼんやりと何かが見える様になったが思い込みだろうと思った、そんな事を父に言ったら

「それは違う、剣術は戦術のそれ、相手の考えを読み取る為には必要な観察眼だ。」

ベタ褒め甘々な父ではあった、だが成る程って思ったのは父と同じ素振りを繰り返す事で立ち位置になったんだと、サークも言葉を父に同調し諭す言葉を後々聞いた。

封印環三つ付け、それから実践的な剣術を1年ほど前から行っていた。


父の模擬剣術は想像を絶していた、同じ立ち位置に並んで分かる父の尊厳。一撃目でのされる事も多々あった。丸っと一年素振りを観察し、同じく一年肩を並べて素振りをし技を盗んだつもりだった。しかし、それを実践でならすのは途方もない経験が必要と知った。


暫くは血尿が垂れる事もあり、ある日、たまらず母が父を怒鳴る一幕もあった。それを、サークやガラムでなだめる光景を眺めていた。俺を診ているアージュが治癒をかけていた、その日はオマリーが薬草を持ってきてくれた。薬草をシップ代わりに回復の魔法と重ね掛けで治癒に専念する。その時初めて回復魔法というのを実経験した。


そんな折母の言葉で一同は凍った。

「貴方はこの子を使って世界に復讐でもするつもり?!!」


思わず母は口をと塞いだ、サーク、ガラム、アージュ、オマリー、そして父ラグナ。一同、初めて見せた表情だった。


初めてだ、こんな空気になったのは。異常だ・・・。

父は母に問い詰められても何一つ弁明をしなかった、きっと自分でも罪悪感を抱いでいるに違いない。しかし、父の顔は神妙というより苦悩という言葉が似合っていた。


「まだやれる・・・」


俺は言葉を発した、母は想像を超える様な表情をした。アージュは俺をなだめる、何を言ったか覚えていない。


「俺は強くなりたい・・・」


父に向かった言葉、前世の不甲斐ない感情が後押しした。父ラグナはお前は何を言っているっていう顔だった。


「俺は強くなりたい・・、なれるなら・・・出来るなら出来るだけ・・・俺は弱音を吐きたくない!!」


前世の不甲斐ない半生の中にある後悔の渦中で死んだ俺自身の感情が突き動かす。再び凍り付いた空気を氷解させたのは、オマリーだった。


「坊ちゃん、今日はお休みなさい、アージュさん、坊ちゃんをよろしくお願いします・・・。」


アージュは、辛辣な表情で俺を連れていく。きっと不気味に思っているのだろう、強くなる事を追求する俺を。きっと父は俺の正体に気づいているのだろう・・・。そう思った。


だが翌日父は飄々としていた、しかし、頬にはでかい湿布が張られている。聞くのをやめようと思った。

「聞かんのか?息子よ・・・」

「一応聞くけど・・・何があったの?」


聞けば母の鉄拳制裁がすっ飛んだらしい、母もああ見えて相当な魔法抜きでも相当な手練れ。ともかく、母が父直伝での剣術で学ぶ事は続ける事を渋々了承した。



-8-


9歳のある日。

事件と言うのは唐突に起こる、麓の街「アラヤット」へのお使いの通り道で魔獣が現れた。それは最悪なタイミングだった、アラヤットの町娘が襲われている光景だった。


俺は驚いた、どうすればいいか考えた。だが体はそのプロセスを同期させていたはずが、バカみたいに前世の記憶と同じ道を歩んでいる。父親との模擬戦を繰り返しても、異形との戦闘はこれが初めだ。言い訳、弁明そんなのは二の次だった。迷いなく駆け出す。


「クソ!!・・・間に合わない!!」


俺は毒突いた。相手は長爪猿という魔獣、爪の切っ先は鋭くそれを踏まえた距離を保つ厄介な魔獣だとサークから聞いていた。だが痛みを与えた対象に強い怒りを覚える魔物だとも聞いた・・・禁を破る!!


光弾が魔獣の側頭にぶつける。母直伝の無詠唱のマジックブラスター。


間に合った抱きかかえた町娘は無事、俺の腕の中で泣いている。娘の母親に渡し叫ぶ。


「逃げろ!!此処は俺に任せて!!・・・はやく!!」


抱きかかえ母親に抱きかかえさせ。もう一発低能な魔獣に目玉を狙った。今度は詠唱を仕掛けた強烈な奴だ。

「氷結!!」

右目に小粒で鋭い氷柱が直撃し潰れる。猿の汚い悲鳴を上げると、母親はそれを切っ掛けに村へ走り出した。


ヨシ、長爪猿はこっちに走り出す。しかし、その速さは狼の様な素早さだ。しかもリーチが長い、易々と間合いに入り三又の槍を振り回す様に襲い掛かった。ガリンと嫌な感触を覚える。顔の横一線の傷が入った、いやな所を狙う。


カチンときた、その理由は顔が前世で俺をひき殺したあの爺にそっくりだった。赤ら顔に酒臭い息も交わってむかっ腹が湧いた。


「クソが!!」


怒号の抜刀からの一閃の振り上げマシラの毛並みが真っ赤に染まる。奴はそれでも乗りかかる、俺の顔がお嫌いな様子で顔を目掛けて腕を振り上げる。背中に衝撃を覚えて背面に激痛を覚えるも、俺に圧し掛かった遺恨の爺面の片目に逆手にした剣を突き立てた。いやな感触が走る、しかし・・・。


「ぐぉおおおおお!!!!」


殺したい感情とはこう言うモノなんだと感じた、こいつも道連れだ!!


猿は不快な呻きを上げる、血と涎が飛び散り暴れまわった。離すものかという感情だけが俺の脳裏に走った。


動かなくなるまで俺は突き立てた剣を押し込み続ける。ブチブチ何かが切れていく感覚が掌に走る。


人を殺すと言うのはこういう事かもしれない、そう感じながらも放そうとしなかった。死ぬもんか!!死んでたまるか!!


「・・・ちゃん!!・・・」

「坊ちゃん!!」


我に返る、気付いたらマシラはダランとなっていた。死んでいるのか?


「坊ちゃんもう大丈夫ですよ!!!坊ちゃん!!」


声の主がオマリーと気づいた瞬間、俺は安堵と共に意識が薄れていった。

薄れゆく中思った事は、母にどやされるに違いない・・・そんな不安がよぎった。

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