かくしん

 帰り着いた藤野屋は、不吉なほど静まり返っている。

 龍之進は店を見上げた。店じまいはとうに済んでいるし、大部屋の明かりが落ちているのは当たり前だが、普段夜を過ごす二階も暗い。常ならば、一階にも、なんだかんだ夜遅くまで蛇介が勘定をしていたり、虎丸が仕込みをしていたりして、小さな光がちらほらと灯っているはずだ。しかし、辺りを飛び交う蛍以外に、藤野屋を照らす光も、藤野屋から漏れだす光も無い。

 龍之進は引き戸を開け、店内に踏み入る。静かだった。つまり気配が無かった。予想していた様な、虎丸の怒気も感じられないし、自己弁護を行う蛇介の弁舌も聞こえない。

 よもや蛇介の奴本当に、台所で死体になっていたりはするまいな。

 龍之進は、台所の暖簾を潜った。幸い、そこに細長い躯が転がっていることは無かった。と言うよりも、伽藍洞だった。死体も無ければ、虎丸も蛇介も居ない。

 調理台は虎丸が飯を終えて、片付けられた時のまま、流しには三色の茶碗が並んでいた。思ったより荒れていない。殺されないにしても、取っ組み合うくらいのことはしているだろうと思っていたから、拍子抜けだ。

 龍之進がそんなことを考えていると、勝手口の方で何か音がした。龍之進は、振り向きつつ身構えた。あの人斬りが、詐欺師を始末してきた可能性は、まだ否定できない。彼は、すり足で勝手口の引き戸に近づく。

引き戸は、何かを憚るようにそっと開かれていく。戸の隙間が手首を通るほどに広がった瞬間、龍之進は先手を打って、その隙間から手を通し、扉の向こうの人物の腕をつかんだ。手首の主が、悲鳴を上げた。

「ぎゃあっ!」

 その声に覚えがあって、龍之進は手を離す。

「……蛇介か?」

 ややあって、今度こそ引き戸が開け放たれた。その向こうには、蛇介が立っていた。

「なんだ、龍之進か。脅かせやがって」

 彼は、悪態を吐くと、きょろきょろと辺りを見渡す。そして、声を潜めて龍之進に尋ねた。

「虎丸は?」

「いや、見ていない。大部屋にも台所にも居なかった。帰ってきていないのか?」

 逆に問い返され、蛇介は頭を搔いた。

「一回、帰ってきた」

「そうか。なら、また出かけたのか?」

「知らねえ」

「何か話さなかったのか? というか、お前はどこに何をしに行っていたんだ?」

 蛇介は、しばらく言葉を迷ってから、言った。

「……話はしてねえ。俺は虎丸から逃げてたんだよ」

「ああ、やはり追い掛け回されたのか?」

「いや、そういうんじゃない。帰ってきたあいつの面を見た瞬間、やばいって直感してそのまま逃げた」

「脅かされた鳥か? どうしてそこまで。余程怒り狂った顔でもしていたか」

「いや」

 蛇介は、眉を顰めて言った。

「そういう分かりやすい顔をしてなかったのが、むしろ危ねえと思った。殺されるかもしれねえって感じたんだよ」

「ふむ、まあ、確かに俺も、あいつには殺されるかと思ったな。久しぶりだ、そんなことも思ったのも、一発喰らったことも」

「結局、お前はあいつと会えたのか? その口ぶりだと、会えたみてえだが。出ていく時はあそこまで火ぃ点いてなかっただろ。まさかお前が焚き付けたのか?」

「そうなるのかもしれん。お前が犬を殺したことを伝えたら、ああなった」

「はあ?」

 さらりと告げ口をされたことに、蛇介がひっくり返ったような声を上げた。

「てめえ、ふざけんなよ! 何ばらしてくれてんだ!」

「拙かったのか?」

「当たり前だ! 嘘ってもんが何のためにあると思ってんだよ!」

「何のため? いや、分からん」

「ことを丸く収めるためだ! あっちこっち立つ角を、円滑にするためのもんだ! それをばらしたりしたら、収まるものも収まらねえだろ!」

「しかし、吐いたばかりに、もっと拗れるものもあるだろう」

「それは、ばれた時の話だろ。嘘って言うのは、突き通すもんなんだよ! ばれるもんだと思って吐く嘘は、嘘に値しねえ! 一生ばれなかった時、嘘って言うのは真になるんだ! それを途中でばらすって言うのは、嘘を台無しにするってことだ!」

「そうか。そうかもしれんな」

「ったく、こんなことなら、俺一人で吐けばよかった!」

 蛇介が、やり場のない怒りを地にぶつける様に、強く地団太を踏んだ。その様を見て、龍之進はふと思う。

「そうだ、なぜお前は、俺に話を通したんだ? 俺は結局、犬殺しに対して協力した訳でもない。何か助けになる訳のも無いのに、なぜ俺に?」

「はあ? ……そりゃ、俺の見当違いだな。てめえの頭の出来を見誤った。多少は利口だと思ってたが、どうせてめえは、うっかり口を滑らす程度の奴だったってことだ。それを測り損ねた俺の落ち度だ」

 蛇介はそう吐き捨てて、龍之進を睨みつける。しかし、その言葉の裏の悪意は刺さらなかった様で、龍之進はやや考えながら言った。

「俺は、話すべきだと思ったから話した。虎丸の話を聞いて、黙っているのは良くないと思った。うむ、そうだな。つまり、それは不義理だと、裏切りだと思った。あいつの犬を殺したことと、あいつの事情を知ったうえで、それを黙り通していることは、奴に対する裏切りだと思った」

「……裏切り? 何言ってんだ。裏切りって言うのは、あれだろ? 約束を違えたりして、自分の目的のために、味方を犠牲にすることだろ。俺は、あいつを裏切ってなんかいねえ」

 蛇介の言葉に、龍之進は顔を上げた。何か引っかかるものを感じ、龍之進は彼の言葉を、脳裏で反芻した。そして、暫くして、龍之進はふと何かが頭で繋がるような気がして、定かではないまま口を開いた。

「お前は、虎丸を裏切っていないのか」

「当たり前だろ」

「お前が俺に犬殺しを通謀したのは、俺がそれに賛成すると思ったからか?」

「当たり前だろ?」

 蛇介は龍之進の問いかけに、訝しげに答える。

 そこで龍之進は、犬殺しを思いついた時の蛇介を思い返してみた。自分は正しいと、間違っていないと、断じていた蛇介。

 龍之進はその時、彼の提案を聞いて、はっきりと言葉にはできなかったが、そのやり方は『良くない』と思った。彼に賛成しているだけではいけないという直感があった。

 しかし蛇介が、龍之進に賛同してもらえると思っていたのなら、そこに何か食い違いがあるのではなかろうか。龍之進は、確かめるように聞く。

「金の管理や、飯の在庫のことなら、お前の言うことは正しいだろう。犬が居なくても虎丸は死なん。だが、犬を殺せば、奴は傷つく」

「傷つくったって、一時のことだろ」

「虎丸の犬に対する愛着は、俺らの感じるものとは違う。犬が居れば、あいつは幸福だ。犬が居なくなれば不幸だ。俺たちが犬を殺すというのは、俺たちが虎丸を不孝にするということだ」

「どうせ放っておいても、野良犬なんて、その内どこかでおっ死ぬ」

「天変や余所者の仕業と、俺たちの仕業では、あいつにとっては意味が違うだろう」

「意味?」

「裏切りと言うのが、約束を違えたりして傷つける事なら、それは約束をするような間柄で起こることだ。俺たちは、あいつにとって、うむ、だから、俺や、お前であって、天変や余所者とは違う。俺たちのしたことだからこそ、裏切りとなるのだろう」

 龍之進の台詞に、蛇介はむっとしたように言う。

「だから、裏切りじゃねえって。だってあれは、あいつの為にしたことだ」

 蛇介の言葉に、龍之進は、やっと何か事の実態が見えた気がした。こんがらがった解れの中に、すっと一筋見えた糸の切れ目を掴む様に、龍之進は呟いた。

「そうか、お前は、正しいと思ったのか」

 蛇介はいよいよ困惑したように、首を傾げた。

「だから、ずっとそう言ってんだろ」

「そうだな。帰ってきたら、お前のを聞こうとしていたのだった」

 龍之進は、蛇介に向き合って言った。

「お前は何故、自分を正しいと思った?」

「……どういう意図の質問なのか、さっぱり意味が分からねえんだが」

「お前は、己を正しいという。犬を殺したのは、虎丸のためだと」

「ああ、そうだ」

「つまりお前は、犬殺しが虎丸の幸福に繋がると考えているのだな? だが、俺にはそう思えなかった。虎丸にとって、あの犬は必要なものだ。それを取り上げて余りある利があるのだとして、お前の考えるその利が、俺には分からん。それを俺は知らねばならん」

「はあ? そんなの、言うまでもねえだろ。飼う不利益の方が大きいからだよ。まずもって餌代が無駄だ。それに、一応兄弟で通してんだ。末っ子が何時も腹空かしてるなんて外聞が悪いだろ。倒れられでもしたら面倒だし、それから……」

 そこでつらつらと淀みなく回っていた蛇介の口が、一度止まる。それから、やや言いにくそうに彼は言った。

「きちんと飯食って、家業が安泰した方が、あいつだって幸せだろ」

「だが、虎丸はあの犬が居なければ、不幸だ」

 龍之進の言葉に、蛇介は首を振った。

「あの犬が居るのは、虎丸の為になんねえよ。たかが野良犬のために、あんな風に腹を空かす必要が何処にある。わざわざそんなことをするなんて、自傷みたいなもんだろ。そんな原因になるもんは、遠ざけてやるべきだ」

「自傷……?」

 思いがけない単語に、龍之進は首を捻った。蛇介は、軽く頭を掻いて言った。

「お前が変なことを言い残して言ったから、一応ちゃんと考えてみたんだよ。あいつ、全然、怒らねえじゃねえか。あのクソ警官にも、権太にも。後なんか、その辺の奴らに気持ち悪いって言われても」

「ああ、そうだな」

 髪の色が違うという理由で殴られても、文句を言わない子供だった男だ。

「なんかあいつ、そういう所ちょっと病的だろ。あいつ掴みどころねえし、俺もまだきちんと分かってねえけど、なんていうか、自責症って言うか、自傷癖って言うか、そういう性格してるだろ。何でもかんでも、背負い込みがちって言うか」

「確かに、そうかもしれん」

「けど、そうやって自分が金髪だから仕方ねえって言ったところで、それで傷つかねえ訳じゃねえんだろ。だって、俺があの警官に怒ったら喜んだじゃねえか。庇われたら救われたって思うんだろ。だったら、きっちり傷ついてるんじゃねえか」

 蛇介は、どこか苛立ったように言った。そういえば、彼が犬を殺そうと言い出したのは、あの白い警官が現れてすぐのことだった。

「傷つくくらいなら近寄らなきゃいいし、嫌なことなんて他人のせいにすりゃいいのに、あいつはそうできない性格なんだろ。だったら、無駄な悩みの種は遠ざけてやった方が良いじゃねえか」

「そうか」

 龍之進は思わず頷いた。

「犬が居なくなりゃ、そりゃ多少は傷つくだろうけど、それは一時のことだ。近くに置いて、ずっとずぶずぶ背負い込む方が、よっぽど傷が深くなる」

「そうか」

 蛇介の言葉に、龍之進は深く頷く。やっと、拗れていたものが開けた気がした。

「お前は、虎丸を思いやったのだな」

 蛇介は、蛇介なりに、虎丸を思いやったのだ。犬殺しは、金のことと飯のことと虎丸のことを勘定した末の、この男なりの結論だった。だからこそ、彼はあんなにも無邪気に、龍之進が己の提案に賛同するだろうことを疑わなかった。

「当たり前だろ。あいつは一応、身内なんだから」

「身内」

「共犯者って言った方が、近いのかもだけどな。兄弟だって嘘を吐いたんだ。気を配んのは当然だろ」

 龍之進は、暫く考えて言った。

「人を殺すのに恨まれる覚悟をする虎丸も変わっていると思ったが、嘘を吐くのに真にする覚悟を持っているお前も大概だな」

「そんな事ねえよ。嘘をつくのに、はなから暴かれるつもりでいる方が変だろ」

「お前が白色に怒ったのも、『身内』だからか」

「当たり前だろ」

 蛇介は、何回目かのその言葉を、迷いなく言い切った。

「お前が、自分を正しいといった意味が分かった」

 それだけ考えて出した答えならば、迷いが無くなるのは当然だ。

「お前の考え方は正しい。だが、そうだな、間違っているのは多分、読みだ」

「読み?」

「お前は、読み違えた。だから、答えが行き違った」

「俺が何を間違ったって言うんだよ」

「多分虎丸は、母親に黒豆が飼いたいとは言わなかった」

「なんでいきなり豆の話が出て来るんだ?」

「なんだろうな。奴には今まで、背負う荷を押し付けられる相手が、己の他に無かったのだろう。だから、殴られるのも寂しいのも、自分のせいにするしかない。たぶん、うむ、お前の言うのは、的を射ていたんだろう」

「なんで過去形だ?」

「だが、恐らく、今回の犬は違う。あいつにとって、お前の嘘が一区切りだった。あいつは、天狗の子としてでなく、人として生きようとし始めていた。あの犬は、奴にとって藤野虎丸を始める皮きりだった」

「おい、会話しろ」

 次から次へと脈絡のない龍之進に、蛇介が抗議の声を上げる。龍之進は、薄暗い境内を思い返しながら言った。

「虎丸に、なぜそこまであの犬が大切か聞いて来た。虎丸は子供のころ、天狗の子だと虐げられて、可愛がっていた黒豆と言う犬を殺されたらしい」

「……」

 蛇介が黙って龍之進の顔を見た。じっと探るような目に、龍之進も向き直る。

「毛皮の色を理由に殴られたこともあったと言っていた。母親は虎丸を産んだことで職を失って、山の向こうまで働きに行ったらしい。どれも、自分の形のせいだと言っていた。母親のせいだとも、村の連中のせいだとも言わなかった」

 安心して怒りを向け、責め立てることのできるものを、己の感情をぶつける先を、己以外に知らなかった。遠慮なく傷つけて良いものも、遠慮なく頼って良いものも、虎丸にはなかった。

「虎丸は、母親に迷惑を掛けたくないと言っていた。奴は母親に寂しいとは言わなかった。だからきっと、黒豆が飼いたいとも言わなかっただろう。だとすれば、俺らに対して、あの犬が飼いたいと言ったのは、自傷ではなく、むしろ」

 虎丸の味方であり、彼を愛したであろう母親にすら、零すことの無かった我儘。それを出会って一年そこらの共犯者達に向けた理由があるのなら、それは。

「甘え、と言うのだと思う」

「甘え?」

「うむ、だから、そうだな。奴はお前の吐いた嘘で、心を許した。だから、お前に我儘を言ったのだと思う。奴は俺たちに、甘えたのだと思う」

 我儘を言って、駄々を捏ねて、喧嘩をする。本人がそれを自覚しているのかは分からないが、虎丸は龍之進と蛇介を、遠慮なく迷惑をかけて良い相手だと認めたのだ。

 それは恐らく、蛇介の言う『身内』という感覚、共犯者というもの。一蓮托生の悪党同士、だからこそ、庇い合い隠し合いの碌でもない絆は、きっと血よりも濃ゆかろう。

 龍之進は、勝手口の方に目を遣った。もう半月近く、そこにいたはずの子犬の姿が、さして愛着の無かった龍之進の記憶にすら、しっかりと残っている。その傍らで、愛おしそうに犬を見つめる虎丸の姿も。

「あの犬は奴にとって、己を傷つけるためでなく、傷を埋めるためのものだ。だから俺は、それを奪ったことを黙っているのは良くないと思った」

 蛇介は黙って唇を尖らせる。そんな彼に視線を戻して、龍之進は言葉を続ける。

「俺は、虎丸の話を聞いた時、髪の色が変だという理屈が良かろうが悪しかろうが、虎丸が悪かろうが、村人が正しかろうが、虐げられて腹が立つなら、叩きのめしてやればいいのにと思った。正しさなど、些末なことだと思った。だが、お前の話を聞いて、お前の言う正しさにも価値はあると思う」

 その根底にあるものが、彼なりの思いやりであったのなら、それは普遍の道理ではなくとも、少なくとも、この藤野屋において価値のあるものだ。

「だから、多分、どちらが間違ったかという事ではなく、すれ違いなのだと思う。お前は、虎丸の心を読みとった。だが、それは、以前の虎丸としては的を射ていたのかもしれないが、虎丸の心変わりまで見抜けていなかったから、今となってはずれている」

 虎丸は確かに、天狗の子であるという負い目から、背負い込みがちな気があるようだ。その点で、蛇介の読みは慧眼だった。だが、その頑なな心が、ほんの少し和らいでいたことに、そのきっかけたる蛇介自身が気付いていなかった。

「だから俺たちは、初めから読み取ろうとするのではなく、聞き取ろうとすべきだった。権太の言う通り、初めからきちんと、話し合うべきだった」

 蛇介は、何か唸るような音を喉から零したが、言い返そうとはしなかった。

「良かれと思って、という言葉が嫌いだと、お前から聞いたことがある気がする」

「……ああ、だってそうだろ。大事なのは、やる側の気持ちじゃなくて、やられる側の気持ちなんだから」

「そうだ。だから俺たちは、虎丸の気持ちを聞かねばならなかった。はじめから、きちんと。やっと分かった。俺が、足りないと思っていたのは、それだ。虎丸の心や価値観を、お前が決めてしまっていることが、多分俺が『良くない』と思ったところだ」

 言葉を返されて、蛇介はすこし呆気にとられた様な顔をし、そしてばつが悪そうに首を垂れた。

「俺にはここまでしか分からん。だが、お前も俺も奴も、話し合わねばならんと思う」

 龍之進はそうして言葉を切った。暫く沈黙が台所に落ちる。風でも吹いたか、付喪神でも身じろいだのか、ことりと微かな音がした。風が戸口を揺する音が不規則に響く。遠くから、虫の鳴き声も聞こえてくる。

 ややあって、唐突に、蛇介は深くため息を吐いた。そして、ぱっと顔を上げる。

「はあ。あいつは本当に掴めねえな。普段はまともなくせに、いきなり頑固になったり、わがまま言いだしたり。埋め火みてえな性格だ。大人しいくせに突然爆発する」

 蛇介の突然の言葉に、首を捻りつつ、龍之進も同意を示す。

「そうだな、突然鍋を投げつけてきたりする」

「そうだった。そう思うと、最初っから割と変な奴だな。猫かぶりが」

「虎なのにか?」

「猫かぶった虎とか悪夢だろ」

 蛇介は頭を掻いた。そして、やや口調を直して言った。

「もうお前がばらしちまったんだ。今更どうしようもねえな。真っ向勝負は得意じゃねえが、明日、きちんと始末を付ける。あいつがいくら面倒くせえ性格してても、どうせこの先も、三人でやってかなきゃ、ならねえんだからな」

「うむ、殺されるなよ」

「滅多なこと言うな。……一応、お前も同席しろよ。なんかあった時の為に」

「ああ」

 大分夜も深まった。二人は会話を終えると、床に就こうと二階に上がった。

 すると、なぜか龍之進の布団で丸くなっている虎丸の姿が見えた。微かな寝息も聞こえる。どうやら、蛇介が逃げ出した後、虎丸はそのままふて寝したらしい。

「なぜ俺の布団が」

 三人の寝床は決まっている。部屋の奥から龍之進、虎丸、蛇介の順だ。けれど今夜は、虎丸が一番奥の龍之進の布団を占領している。

「ああ、俺の隣が嫌だったんだな。仕方ねえ、お前が虎丸の布団使えよ」

「うむ」

「お前、寝相と鼾が酷いから、本当は嫌なんだがな。こっち転がってくんなよ」

「寝ている間のことはどうしようもない」

「そのまま虎丸の方に転がって行って、もう一回殴られろ」

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