まくあい

 付喪神たちとの長い騒動も終わり、忙しない日が暮れ、穏やかな夜が訪れ、三人は床に就いた。行燈の薄明りの下に寝転んで、虎丸はぽつりと言った。

「藤野夫婦の幽霊の正体も、あいつらだろうな」

「そうなのか?」

 その話に、龍之進は興味深そうに身を乗り出した。結局あの後、虎丸と付喪神たちは台所に籠り、喧々諤々と折衝を行っていた。蚊帳の外だった龍之進たちとしては、その話の内容が気になるところだ。蛇介も出納帳を捲る手を留めて彼を見る。

 虎丸は言葉を続ける。

「奴らとあの会話もどきを続けていくうちに、俺ら以外にも、ここで店を開こうとした奴らがいたらしいことが分かった」

「まあ、好立地だからな。設備も揃っているし」

「それで、そういう奴らがいる度に、あいつらはああやって料理を作ったらしい。当人としては藤野屋を継いでくれる奴らの手伝いをしたかったみたいだが」

「それは……逆効果だろ。奴ら自身もそうだが、藤野屋の面影のある料理だって、不気味以外の何物でもないだろ。まして夫婦の死後なら猶更」

「おう。それで藤野夫婦の怨念が道具に取り憑いたとか、幽霊が飯作ってるとか、そんな話になったんだろうな」

「幽霊の正体見たり、か。しかし、その正体が枯草じゃなくて妖怪だったてんじゃ、些か締まりがねえな」

「まあ、結局藤野夫婦がなんで死んだのかとかは分からねえがな。奴らの言い分じゃ、この家で死んだわけではないみたいだし」

「本当に自殺か、はたまたもっと不穏当に他殺か。まあ、事故や病気もあり得るし、そういった可能性の方が高いか」

 穏やかな倦怠感の中、疲れごと体が布団に溶け落ちて行くような感覚に身を任せて三人は微睡む。会話もやがて、切れ切れになり、ゆっくりと失速していく。行燈の明かりは燃え尽きた。

「なんでも良いさ。やはりこの世に、幽霊なんて居なかったのだから」

 最後に夢現に呟かれた言葉が空に立ち消え、三人の突拍子もない一日は、ようやく終幕となった。


 翌日から、物たちはただの物の様になり、以来人前はもちろん、三人の目の前でも彼らが生き物のように蠢くことも、意志を表することも無くなった。まるで鼻からただの物だったかのように、昨日のことなど幻だったかのように。

 けれどそうなっても虎丸は、彼らを仕事仲間として慈しむように丁寧に使う約束を忘れなかった。

 以降、月の区切りにだけ、虎丸が残しておいた食材から一品だけ、旧藤野屋を思わせる料理が、いつの間にか作られているようになるのだった。

 そして三人は、やがて藤色の腰巻と三角巾を身に纏い、新藤野屋として旗揚げする日を迎えた。

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