けってい

 二人はまず、割れ物を拾い集めていく事から始めた。

 どれも安物ばかりだが、三人の貯金と龍之進が稼いだ金から、質や見た目を虎丸が吟味して、蛇介が値段交渉をして、そんな風に食卓へ迎え入れた食器たちだ。日は浅くとも愛着はある。それ等がたった一夜で、余りにも簡単にがらくたになり果てたことに、虎丸の中では悔しさよりも悲しさが先行した。

 沈痛な面持ちで黙々と作業する虎丸に倣いつつ、龍之進は彼に語り掛けた。

「なんだろう、こういうのは俺よりお前の方が詳しいだろうが、割れ物を継ぐ技術があるのではなかったか」

「……ああ、金繕いの事か。漆で繋ぎ合わせて、金粉で飾るやつだろ」

「金紛を使うのか、すると値が張るだろうな。直るなら直したいものだが。ふむ、蛇介の言う通り、金は大事だな」

「漆で継ぐだけなら、手ごろな値段でやってもらえるかもしれねえけど、それも割れちまったの全部は厳しいな。それに、そんな継ぎ接ぎじゃあちょっと客には出せねえ」

「そうか。でも、せめて特に気に入ってた奴の幾つかくらいは直そうか。なに、店に出せんなら私用に使えばいい。せっかく選んだものだしな、俺は繋ぎ目なんぞ気にせんぞ」

「そうだな」

 虎丸は頷き龍之進を振り返ると、彼の気配りに対して頭を下げた。

「ありがとよ。悪ぃな、気を遣わせちまって」

「……いや、気にするな。お前だけの問題じゃないからな、これは」

 虎丸の強張った笑みに、龍之進も引き攣った笑顔で返す。

「で、これはどうするのだ」

 話を逸らすように、龍之進は集めた破片を見やる。

「とりあえず避けて置いて、後で泥を洗い落とそう。それから、直したいのの破片と捨てちまうののを選り分けなきゃな」

「分かった。ならばこれは一旦置いておくとして、次はなんだ? 土間の水の始末か? 勝手口の修理か? 何でも任せろ」

「頼もしいな。じゃあ、まずは……」

 そうして二人は着々と台所を片付けて行った。しばらくして、まだ思い悩むような顰め面のままの蛇介も混ざり、昼を少し超す頃には、台所は何とか役目を果たせる程度には復活した。

 そして虎丸はすっきりとした調理台で昼食の準備を始め、龍之進と蛇介は板の間の修理を続けていた。

「なあ蛇介、まだ言葉は纏まらないのか」

「……」

「この際、どんな頓珍漢な話でも構わん。犯人の特徴や逃げた方向だけでもいい。それ位なら話せるだろう?」

「……いや」

「蛇介、俺は今怒髪天を衝く思いだ。締め落とされたことも悔しいが、それ以上に、この犯人の悪質さに腹が立つ。俺らが見張ってたのが気にくわなんだか知らんが、逃げるなら逃げるでここまで物を壊したり荒らしたりする必要があるのか?」

「……」

「よもや庇いだてなど、しておらんだろうな。それともお前は仕方ないと思うのか? こんなことをされるのは俺らの方に理由があって、犯人の方に正当性があるとでも? だから黙るのか? ならば説明してくれ、俺とて納得がいくことなら大人しく怒りを治めるさ。だが、何も分からぬまま受け入れろというのは無理な話だろう」

「……俺だって腸煮えてる、仕方ないなんざ思っちゃいねえ。あのしょぼい皿や湯呑を気に入ってたのは、お前らだけじゃねえぞ。俺は例え相手に正義があろうと、しおらしく裁きを受け留める質じゃねえ。こんな舐めた真似されたんだ、地の果てまでだって追って行って報復してえ気分さ」

「ならば構わんだろう、何もかも洗いざらい話せばいい」

「……もう少し待ってくれ」

「またそれか、待った所でどうなるというのだ。起こった事実が変わる訳でもあるまいに」

「それはそうだがよ、こっちだって混乱してんだ!」

 詰め寄る龍之進に苛立ったのか、蛇介は木槌を強く振り下ろした。

 途端、ばきっと嫌な音が響いた。

 力任せの八つ当たりに耐えかねたのか、床板が割れたのだ。虎丸が二人を振り返る。

「なんだ今の」

「蛇介が折角塞いだ床に穴を開けおった」

「え、珍しいな、龍之進じゃなくて蛇介が?」

「あー……畜生、済まねぇな……ん?」

 蛇介は決まりが悪そうに視線を床に落とした。瞬間、板の隙間から見える土の中に、何かが光を弾き煌くのを認めて、彼は首を傾げた。

「どうした?」

「龍之進、ちょっとそこどいてくれ」

「なんだ、急に」

 脈絡のない指図に不満そうな顔をしながらも、龍之進は腰を浮かす。蛇介は、床板を何枚か改めて取り外し、縁の下から奇妙な道具を取り上げた。

 木の柄に細長い鉄が付いており、その先端はくの字に曲がって、小さな扁平な楕円の細工が付いている。その楕円には判子の様に、鏡文字で『ふじの』と浮き彫りがされていた。

「これ、虎丸が言ってた焼き鏝じゃないか? 饅頭に字を入れるやつ」

「ああ、そうだ、こんなのだ。俺も知ってるだけで詳しくないけど、この先の判部分を熱して使うんだ。にしても、土に埋まってた割には劣化してねえし、昨日のどさくさに紛れて、犯人が投げ捨てってたのかな」

 虎丸は首を傾げる。龍之進もそれに同調して言った。

「ならば犯人は、また、饅頭を作りに来たのか? こんな物をわざわざ持って来た、という事は」

「ん……でも、今うちに饅頭の材料はねえぞ。小豆も小麦粉も米粉も、この前使い切っちまった。家の中の事をあんなに完全に把握してた奴が、材料がない所に道具を持ってくるか?」

 虎丸の疑問に、蛇介がぽつりと呟く。

「だから、うちにあったんだろ、最初っから」

「いや、少なくとも俺の知る限り無かったぞ、こんなの」

 虎丸はその言葉を否定して首を振る。しかし蛇介はそれが耳に入っているのかいないのか、独り言のように続ける。

「俺らはずっと虚仮にされてたんだよ。ああ、さぞかし良い笑いものだっただろうさ」

「なんだ、何か言う気になったのか?」

 龍之進は彼の様子が変わったことに気付いて、身を乗りだした。

「いや、口で言うのはやっぱり止めておく。こんな馬鹿々々しい事態で、お前らの信頼まで失ったら笑えねえ。百聞は一見に如かず。虎、飯は出来たか?」

 すぐに本調子を取り戻した蛇介は、脈絡なく虎丸に尋ねた。

「え? ああ、簡単に梅干しのお握りとか、味噌汁くらいだけど」

 急な問いかけに戸惑いつつも、虎丸は頷く。

「よし、食ったら出かけるぞ」

「出かけるって、何処に何しに?」

 まだ口を閉ざすという彼に、露骨に面倒くさそうな顔をしている龍之進を、蛇介は悪い笑顔で見返し言った。

「山狩りだ、犯人引きずり出すぞ」

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