まんじゅう①

 翌朝、三人は顔を突き合わせて今後について話し合っていた。

「蛇介が会計、虎丸が料理人、ならば俺は店長だな! 長男と言う触書だし!」

 龍之進は楽しそうに宣言した。

「余りもんが消去法で一番いい位置に着くの、納得いかねえ」

「まあ、なんだかんだ龍之進には統率力と言うか、引っ張る力みたいなのがあるし、決断力もあるから、良いんじゃないか?」

 蛇介が顔を顰めるのを、宥める様に虎丸が言う。

「ま、声がでかいのは認めっから、売り子にゃ向いてるかもな」

「うむ、客どもを店へ追い込むぞ!」

 龍之進は、蛇介の台詞に力強く頷く。

「よし、まずは客どもって言い方を辞めろ、お客様だ。追い込むって言うな、売り込め。多少の助け船は入れてやっけど、もうちょっと真面な喋り方を覚えろ」

「オキャクサマを、店に売り込む?」

「人身売買か」

 龍之進のぎこちない言い間違いに、虎丸は突っ込む。

「お客様に、店を、売り込む!」

 蛇介は、一単語ごとに区切って訂正を入れる。

「それで、店を始めるったって、何をすりゃあいい? 俺は飯の品目でも考えりゃいいのか?」

 仕切り直して虎丸が蛇介に尋ねる。

「ああ。仕入れ先と契約したり、備品を揃えるのに準備期間が必要だ。その辺りは俺がやるが、ある程度目途はついてるから……そうだな、長くても数週間だ。虎はその間に四、五品、量産できそうなものを考えといてくれ」

「おう」

「俺は接客の練習だけしてればいいのか?」

「いや、龍はその間に、いくつか短期労働で銭を稼いでくれ。生活費もそうだが、色々物入りだから、もうちょっと懐を温かくしておきてえ」

「分かった、任せろ。力仕事が良いな、日給も高いし難しいことが無くて楽だ」

「ああ、いくつか見繕ってある。林業、漁業、農業……この辺は仕事が多くて良い」

 蛇介は龍之進に求人募集の広告をいくつか手渡す。龍之進は紙の束を軽く捲ると、立ち上がった。

「よし、では行って来る!」

「ああ、どれにするんだ? なんかあった時、居場所が分かんねえと困るから、受ける仕事は教えといてくれ」

 蛇介の問いに、戸口に立った龍之進は紙の束を翳して笑った。

「この位なら、全部やれる」

 そう言い残してさっさと出て行く龍之進を、虎丸と蛇介はぽかんと見送った。

「……まあ、あいつ体力も腕力もすごいし、あれ位平気なのか」

 しばらく時間を置いて、虎丸が言った。

「それもそうだな。もとから経営について、あいつに相談することはねえし、得意分野をやりたいようにやらせた方がいい」

 そう言うと蛇介は何やら書きつけたり、算盤を弾いたりし始めた。それを見て虎丸も席を立ち、台所に入った。

 虎丸は、板の間に今ある食材を並べて献立を考え始める。旬の野菜や、保存の効く加工品、桶に放した魚や貝を検分しながら、彼は鍋に火をかけた。そして、魚を一匹まな板に引っ張り上げたところで、蛇介から声がかかった。

「とらー、ちょっと俺出かけるわ、なんか要るもんあるか?」

「砂糖とみりん、あとお酢が欲しい」

「分かった、行ってくるな。昼までには帰る」

「おう、飯作って待ってるぜ」


 蛇介はあちこちの店を回ったり、昨日の行商の客たちと話をつけたりと、半日忙しなく動き回っていた。昼過ぎになって漸くそれらに一段落着け、彼が家に戻ってくると、玄関を塞ぐように大きな荷箱がいくつも置かれていた。それ等を跨いで戸口を潜ると、龍之進が先に帰っていたのが見つかる。

「おお、蛇介、良く帰ったな」

「良く帰ったな、じゃねえよ。仕事はどうした、外の荷物は何だ」

「昼休みだから、虎の飯を食いに帰ってきた。その荷物は仕事の一つだ。船の積み荷らしいが、街に運んでほしいと言われてな。飯食いがてら運んできた」

「お。お前ら帰ってたのか」

 二人が話していると、台所から虎丸が出てきた。彼が手した盆には、淡く湯気を立てる鉢がいくつも乗せられている。それを見て二人は会話を中断し、行儀よく席に着く。

「少なめに色々作ってみたから、食べてみて考えてくれ」

 虎丸は台所と大部屋を行き来して、小皿を机に並べていく。主食には、小さなお握りや、味ごとに分けられたお茶漬けの小鉢、雑炊や粥があり、主菜には野菜の煮物や、魚料理など、他にも貝や海藻の汁物、漬物などが多様に用意されていた。

「うむ、美味そうだ、いただきます!」

 配膳が終わると、早速龍之進は手を合わせ、一番手近な器を手に取った。蛇介も負けじと握り飯を頬張る。そんな二人を見ながら、虎丸も箸を取り上げた。

「おお、これは美味いな、食べやすくていい」

「卵は美味いが、高いんだよな。商品にするには本が取れねえ」

「煮物とかは大鍋で作れば、量産できる。放って置いても味が馴染んで行くし」

「この混ぜご飯は、魚の身と梅干しと大葉か。あっさりしてて良いな。おい、そこの茶漬けも寄越せ」

「命令すんなよ。これは胡麻足すと、もっと美味いかもな」

「ああ、確かに」

「虎丸、おかわり!」

「食後に甘味もあるから、食いすぎんなよ」

 食事をあれこれ吟味しながら、三人はがやがやと昼飯を食べ進む。そして一通り食べ終わると、三人は空になった食器を台所へ運んだ。

「お前ら、洗い物を頼む。俺はその間に茶ぁ淹れて、菓子の準備すっから」

 虎丸に指示されて、蛇介と龍之進は流しに向かう。

「皿洗いだな、任せておけ」

 龍之進の威勢のいい返事と共に、パリンと皿の割れる音がした。彼の手の中で真っ二つになった皿を見て、蛇介が怒鳴る。

「てめえ、大事な備品を! ただでさえ店をやるには数が足りないのに、更に減らすんじゃねえ!」

「いや、しかしな、洗おうとすると、こう……」

 龍之進の弁明に、パリン、パリンと甲高い音が続く。

「加減を覚えろ、怪力野郎! もういいから、てめえは外の荷でも運んで来い!」

「うむ、そうしよう!」

 ばたばたと出て行く龍之進を見送って、蛇介は深くため息を吐く。

「ったく、あいつは……」

「あはは、あいつの力が強いのは、長所になるときと、欠点になるときと両極端だな」

 虎丸が軽く笑っていった。

「ああ、全くだ。あいつに細かいことは向いてないな」

「そうだな、あいつは自分で言う通り力仕事の方が向いて……あれ?」

「ん? どうした、虎?」

 虎丸の台詞が途切れたのに気付き、蛇介は彼を振り返る。視線の先で虎丸は、小さな皿を手に茫然と立っていた。その皿の上に、『ふじの』と焼き印が入った白い饅頭が三つ載っているのを見て、蛇介は笑った。

「へえ、そんな印字をするなんて凝ってるなあ。良いじゃねえか、店の宣伝にもなるし」

「……いや、違う」

 虎丸は首を振る。

「俺が作ったのは、串団子と蓬餅だ」

 虎丸は、気味の悪そうな、困ったような顔で蛇介を見て言った。

「こんなの、俺、作ってない」


  少し小ぶりの、つるんとした白い饅頭。まだ仄温かく、『ふじの』と象られた焦げ目が白地の中に鮮やかだった。

 荷運びを終えて帰って来た龍之進を迎え、三人は台所で顔を突き合わせて、そのまんじゅうを覗き込んだ。

「えっと、確認するぞ、虎。本当にお前が作ったんじゃないんだな?」

「おう」

 蛇介が念押しするように尋ね、虎丸も神妙に頷く。

「龍も心当たりは無いんだな? 帰り道で買って来てすっかり忘れているとか、ないか?」

「俺はそんな鳥頭じゃない。お前こそどうなんだ、蛇介。どこかに差し入れるつもりで買ったとか、取引先で貰ったとかじゃないのか?」

「この俺が、出費や収入に関する事柄を忘れるとでも思うのか」

 三人はまた無言になって饅頭を見つめる。

「……だとしたらもう、誰かがこっそり置いておいたとかか?」

 龍之進が思いついたように言う。

「まあ、勝手口は開け放してあったしな。虎、これはどこに置いてあったんだ?」

「そこの戸棚に。俺が作った奴を纏めて、埃とか虫よけに布を被せて置いたんだ。さっき見たら、その中に混ざってた」

「なるほど。となると、この饅頭の送り主は、虎が料理を終えて台所から離れている間に、こっそりと入ってきて、わざわざ他の菓子が置いてある場所を探して、これを置いたという訳か?」

「なんかだいぶ気持ち悪いな、それ。間違って食うのを狙った犯行か? ふじのって字を入れてる当たり、何かしらの意図を感じる」

 蛇介は嫌悪感を露に眉を顰めた。

「けど、俺はほとんどずっと台所に居たぞ。短時間離れることはあっても、置き場所を探すほどの時間は無かったと思う。正直、結構分かりにくい場所だったし」

 虎丸が、龍之進の言葉に対して反論をする。それを聞いて蛇介は言った。

「考えられるのはさっき昼飯を食ってる間か。まだ微妙に温かい所を見るに、まだそんなに時間は経ってねえだろ。それが妥当な気がするな」

「あるいは置き場所が予め分かっていれば、短時間でも出来るな。そいつはずっと虎の動きを見張っていたのかもしれない。それで虎が菓子を置くところを見ていたのやも」

「やめろ怖いこと言うな、ぞわっとする。料理に集中してたとはいえ、そんなことされてたら流石に気付くぞ。出入りもするし、こっちを見てる奴が居たら嫌でも目に付くはずだ」

「龍の意見も虎の意見も分かるが、どっちであっても、こいつは俺らに対してただならぬ感情がありそうだと考えられるな」

「そうだな。ふむ、試しに一つ割ってみるか。何か発見があるかもしれない」

 龍之進がそう言って竹楊枝を手に取った。

「おい、大丈夫かよ……」

「なに、切っていきなり爆発するとか、毒をまき散らすという事はあるまい」

 虎丸の心配を軽くいなして、龍之進は思い切りよく饅頭を真っ二つにした。ぱかりと割れた中から、餡が顔を出しふわりと良い香りが立ち上る。

 その香りに、虎丸は目を丸くした。

「えっ」

「どうした?」

「いや、この匂い……、ちょっと待っててくれ」

 虎丸はそう言うと、がさがさと台所を漁り始めた。あっちの壺を覗いたり、こっちの木箱を確認したり、そっちの藁袋を漁ったりと、忙しなく動き回り、最後に小さな鍋の蓋を開けたところで、彼の顔は僅かに青ざめた。

「……材料が減ってる」

「どういうことだ?」

「母ちゃんに教わったんだけど、俺は餡を作るとき、みりんを入れるんだ」

「餡子にみりん入れんのか?」

 蛇介が目を丸くする。

「ああ、代わりにいれて砂糖の節約にするんだ。こくを出すために醤油もいれるし、変な話じゃねえ」

「餡子に醤油が……? 餡子を食べることは少なくないが、気づかなかったな」

 龍之進が興味深げに唸る。それを制して、蛇介は虎丸に話の続きを促した。

「餡子の話はもういい、それで?」

「だから砂糖だけで作る奴と俺の作った奴は、ちょっと匂いが違うんだけど、この餡は俺のと同じ匂いがしたんだ。それで、もしかしてと思って今見てみたら……」

「材料が減ってる、と……。じゃあ、この饅頭は、ここにある材料と虎の餡子を使って作られたってことか?」

「ますます虎が作ったという線が濃厚に思われるな。色々作っていて、何を作ったか忘れてしまっただけなのではないか?」

 龍之進は改めて虎丸に尋ねたが、彼はきっぱりと首を振る。

「いや、それはねえよ。そうなら流石にここまで騒ぐ前に思い出す」

「んー、でも、人間の記憶力なんて、案外あてにならねえもんだしなあ」

 蛇介も龍之進に同調するのを見て、虎丸は主張した。

「普通の饅頭ならお前らの言う事も分かる。ただ、これに関しちゃ、俺が焼き鏝の在り処を知らない以上、俺には作れねえ」

「やきごて?」

 龍之進が首を傾げる。

「この字を押してる判子だ」

「手書きじゃねえのか?」

「だったら、三つともこんなに全く同じに書けねえよ。鉄の判を熱して、押し付けて焼き印を入れるんだ、こういうのは。だから、専用のがある筈だけど、少なくとも俺の知る限り、そんなのここには無かったはずだ。使った覚えもねえ」

 虎丸の説明を聞いた蛇介は考え込む。

「確かに、作ったことや、道具の存在をど忘れすること自体はあるかもしれねえが、両方同時にっていうのは考えにくいな。しかもこれだけ考えて、どっちも思い出せないってのも……。虎はこれ以外の献立や道具は、きちんと把握してる訳だし」

「そうだな、実際虎は、材料の量や仕舞った場所を、あんなにさっさと確認できるんだから」

「つまり、この饅頭を送り付けてきた奴は、俺らが昼飯を食ってる間に、焼き鏝を持って台所に入ってきて、そこに在った材料でこれを作り、判を押して帰ったと? ……気味悪さが増してくだけなんだが」

「菓子をこっそり置いてく以上に、何処に何があるか分かっていないとできない犯行だな。材料や道具をいちいち探していたら、多少散らかるだろう。けれどぱっと見て気付かなかったんだから、台所が荒らされている訳でもないんだろう?」

 龍之進の確認に虎丸は頷く。

「ああ、見た感じ、違和感があるほど何かが変わったりはしていない」

「そうなると、犯人は侵入してきてから物の位置を調べたんじゃなくて、入ってくる前から配置は分かってたってことだよな。龍が言っていた監視っつう説が、にわかに現実味を帯びてきやがった……」

「でもさっきも言ったけど、それなら分かりそうな気がするぞ。俺がどこに何を仕舞ったか、分かるくらい近くで観察されたなら。それに、誰かが隣で料理までしてたら、飯食ってたって、一人くらいは気付きそうなものだと思うぜ」

 蛇介が考えを纏めていくのに、虎丸は付け足す様に言った。

「うむ、俺も気配には敏感な方だと思うんだが、気づかなかったな」

 龍之進もその言葉に頷く。

「あと、饅頭って作るのにそこそこ時間がかかるし、作るだけなら俺らが飯食ってる間に出来ても、片付けして証拠隠滅してってなると、時間が足りねえ気もする」

「あー、えーっと、だから犯人は虎の作った餡子と、ここにある材料でこれを作ったってのは、大方間違いねえだろ? 疑問点としては、物の配置をどうやって知ったかとか、時間が足らねえとか、ここで作ってたなら気付くはずだとかだな。それから気になるのは犯人の目的だ。わざわざそんな手間かけて、『ふじの』なんて印を押して、俺らが食べるものと混ぜて置く。こうして一連の流れにしてみると、並々ならぬ主張を感じるぞ」

 虎丸の言葉を含めて、蛇介はそう総括する。

「埒が明かんな。何にせよ、俺らに食わせたいのは間違いないだろう」

 龍之進はそう言うと、切った饅頭の片割れを、躊躇いもなく口に含んだ。

「あっ、おい!」

 突然の行動に、虎丸が一拍遅れて静止を入れるも時すでに遅く、龍之進はすっかり嚥下した後だった。

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